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幼馴染でセフレのあの子はボクが先に好きだったのに!  作者: 星の内海
第四章 太陽みたいに明るい未来
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告解

「そう。お母さんに反対されちゃったか」

「うん……ごめん」


 翌朝の登校中。ボクはため息混じりで昨日の件をスズに報告した。

 お母さんの正論に対して、ボクは何の反論もできなかった。

 優しく諭されるような形であったものの、完全に言いくるめられてしまった。

 我ながら、本当に情けない気持ちになってくる。


「しゃあない。家出るのは諦めるか」


 スズは首筋を掻きながら、こともなげに言った。


「えっ……でも、芸大行くんでしょ?」

「それなりに時間かかるけど、ここからでも通えはするもの」

「往復だと三時間じゃん。朝も早起きしなきゃいけないだろうし……」


 今のマンションからスズの志望する芸大まで、駅までの時間を含めて片道一時間半。

 自宅から通う大学生としては一般的な通学時間かもしれない。けれど、ボクからしたら大問題だ。スズと一緒にいられる時間が一日あたり三時間も追加で削られてしまう。


「……私だって、アンタから離れる気はないんだから」


 スズが頬を赤らめているのは、冬の寒さのせいじゃないことがわかる。

 スズが、ボクと一緒にいることを最優先に考えてくれていることは、嬉しい。


 嬉しいけれど、それじゃダメだ。


 スズに甘えてばかりでは、いつまで経っても対等なパートナーとは言えない。

 スズは平気そうな顔をしている。実際、そこまで苦になることでもないのかもしれない。

 それでも、ボクばかりが彼女に負担をかけるわけにはいかないんだ。


「いや、やっぱり、もう一回お母さんを説得してみる」

「それはいいけど……どうやって?」

「……一個だけ、方法があるんだ。最悪家出って形になっちゃうかもしれないけど」

「あんた、まさか」


 スズが目を見開く。

 ボクらのルームシェアについて、お母さんを納得させる方法。

 そんなの、もう一つしかない。

 結局、覚悟を決めて対峙するしかないんだ。お母さんにとっての『普通』という名の常識と。


「お母さんに話す。ボクらが付き合ってること」

「……いいのね?」


 スズが心配そうな目で、ボクを覗き込む。


「……スズこそ、いい? キミのこともバラすことになる。お母さん、最悪の場合二度と晩御飯作ってくれなくなるかも」

「私のことは気にしなくていいわ。アンタと最初に付き合った中学二年生のあの日から、もう覚悟はできてる」


 ボクらは視線を合わせ、互いに深く頷き合った。

 ボクにとって、人生で一番大きな戦いが始まろうとしていた。




―――




「あのね、お母さん。話があるんだけど」


 学校から帰って一番に、ボクは台所に立っていたお母さんに向き合った。

 お母さんは目をきょとんとさせて、意外そうにボクの顔を見つめている。


「昨日言ってたルームシェアの話? どうしてもって言うなら考えなくはないけど……やっぱりおすすめはしないわよ?」


 お母さんは何でもないことのように料理を再開する。


 ……あれ?


 ボクが思っていたより、お母さんの態度は軟化しているようだった。

 思い返してみると、昨日も軽い調子で否定されたのは最初だけで、『おすすめはしない』とか、『よく考えて』と言われて、お母さんとしては最後の判断はボクにゆだねてくれるつもりのようだった。

 完全にだめだと思い込んでいたけれど、断固反対というわけでもなかったらしい。


 どうしよう。せっかく覚悟を決めて来たのにちょっと出ばなをくじかれてしまった。

 これなら、わざわざカミングアウトしなくても、このまま押し込めば同居を認めてもらえるのでは?


 決めて来た覚悟が、急速に揺らいでいく。


 ……いや。


 拳を強く握る。

 それじゃダメだ。

 きっとスズは「なあなあで決めても良かったのに」って言うだろう。

 だからこれは、ボクのエゴでしかないのかもしれない。

 けれど、一人の人間として、対等なパートナーとして、ボクが自信を持ってスズの隣にいるために。

 単なるルームシェアじゃなくて、恋人との同棲であることを、お母さんに認めてほしい。


「母さん。ボク――」


 緊張で喉がカラカラになる。胸が苦しい。

 怖い。

 母さんが不思議そうな顔でボクを見ている。

 誤魔化すなら今しかない。


 それでも。


「スズと付き合ってるんだ」


 目を閉じて、喉の奥から言葉を一気に絞り出した。


「……」


 驚いているのか、母さんからの反応はない。

 どんな顔をしているのか、見るのがあまりにも怖い。

 手が、小刻みに震えるのを感じる。

 ああ、言うんじゃなかった。もっと適当にそれっぽい理屈を並べて押し切れば良かったのにと、早くも後悔が押し寄せる。


「祢子、あなた」


 すぐ前に気配を感じて、おずおずと目を開ける。

 同時に、ボクの体が温かいものに包まれた。


「……っ、良かったわねぇ……っ」


 ……え? お母さん、泣いてる?

 母さんの声は震えていた。

 震える手で、ボクの頭を優しく撫でてくれる。


「ほんと、良かった……。だって、もう10年くらいになるでしょう? ずっと想い続けて……そっかあ、やっと報われたんだね」


 ……???

 なんか、想定してた反応のどれとも違う。

 っていうか、これって……。


「知ってたの? ボクがスズを好きなこと……」

「当たり前じゃない。何年あなたを育ててきたと思ってるんですか」


 まじか。え、じゃあもしかしてあんなことやこんなことまで全部バレてたり……?

 ぞくっと怖気が走った背中を、しかしお母さんは優しく撫でてくれた。


「はぁ……本当に良かった。毎日あなたに晩御飯もって通わせた甲斐があるってものよ」

「……まって、そこからなの?」


 ボクが毎日スズの家にご飯を持って行くこの決まり……もしかして、これ自体がボクをスズとくっつけようとしていた、お母さんの作戦だったってこと?


「当たり前でしょう? スズちゃんに晩御飯食べさせるだけなら、うちに通ってもらうほうが合理的なんだから」

「い、言われてみれば……」


 今まで何の疑問も持たずスズの家にご飯を持って行っていたけれど、確かに毎日三人でこの家で食べたほうが、家事の効率はずっと良かったはずだ。


「本当に、それくらいしか出来なかったから……。叶わないかもしれない恋だから、せめて長い時間二人でいられるようにって……。だから、頻繁に外泊するのも許してたでしょう?」

「じゃ、じゃあ何で昨日は反対したの?」

「昨日言った通りよ。スズちゃんと生活リズムや人間関係が変わっちゃったら、『友達』としてずっと側にいることは難しくなる。目の前でスズちゃんに彼氏なんかできちゃった日には、あなた死んじゃうでしょう?」

「そうれは……そうかも。っていうか、いつから知ってたの?」


 ボクがスズの家にご飯を持って行くようになったのは中学生の頃からだったけど……。


「あなたが小さい頃からよ。あなたはずっとスズちゃんにべったりだったけど、それがだんだん恋する乙女みたいな顔になって行くのをお母さんずっと見てたんだから」

「さ、最初からってコト!?」


 流石に予想外すぎた。

 お母さんはずっとボクの恋心を知っていて、ずっと陰ながら応援してくれていたんだ。

 最後の戦いのつもりで今日カミングアウトしたけれど、違った。お母さんは最初からずっと、ボクの味方だった。


「よし、そうとわかれば祢子! 今日はお寿司とりましょうお寿司」

「え、でも晩御飯作ってたんじゃ」

「いいの。朝ごはんにして残りはお弁当に詰めます。ほら、スズちゃん呼んできて。久しぶりに三人で食べましょう」


 お母さんはやっとボクの体を離してくれた。

 浮かべてくれている優しい笑顔の目尻に、涙の跡がキラキラと光っている。


「じゃ、じゃあスズとルームシェアは」

「良いに決まってるじゃないの! お父さんは適当に説得しておくから心配しないで! ほら、その代わり今日は色々聞かせてもらうわよ」

「……! うん!」


 ボクは嬉しさで舞い上がって、急いでスズを呼びに隣の部屋へ走った。

 本当に、良かった。温かい気持ちで胸が一杯になって、自然と涙が溢れてくる。

 お母さんが、認めてくれた。応援してくれていた。こんなに嬉しいことはない。


 ……だが、この時のボクは大事なことに気がついていなかった。

 この後に待ち受ける三人での団欒こそが、真の意味での最大の戦いであったことに。


 何しろお母さんは、ボクとスズのことを純粋な気持ちで応援してくれていたのだ。

 嬉しそうな笑顔で根掘り葉掘り聞き出そうとしてくる彼女に対し、ボクらは『二股』『セフレ』『3P』などの爛れたワードを全力で回避しつつ、清廉潔白で甘酸っぱい、夢のような純愛青春ストーリーをその場で構築しなくてはならなかったのだから。

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