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幼馴染でセフレのあの子はボクが先に好きだったのに!  作者: 星の内海
第四章 太陽みたいに明るい未来
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進路

 結局年を越してからもセックス三昧になってしまった冬休みが終わり、ボクらの性欲も、まあ、人並み程度には落ち着いてきた。

 三学期が始まり、気づけばもうすぐ三年生だ。ボクらの頭上には『進路』という二文字が否応なしにのしかかってくる。


 そんなある日曜日の昼下がり、スズの部屋。

 こたつに入り、お互い無言で別々の課題を広げていた時、不意にスズがカタリとシャーペンを置いた。


「私、芸大行くわ」


 唐突に、スズがそう宣言した。

 ボクは参考書から顔を上げ、ポカンとした顔で彼女を見た。


「芸大って……芸術大学? なに、絵画にでも目覚めたの?」

「そっちじゃないわよ。文芸学科に行こうと思ってね。脚本の勉強したいの」

「脚本って、前に映画撮った時みたいな?」

「そう」


 スズの瞳は、真っ直ぐで、真剣だった。

 ふと、文化祭で映画を撮った時のスズの横顔を思い出す。

 マリちゃんや真魚ちゃんが演技している時に見せた、あのギラギラした瞳の輝き。同じ熱量のものが、今のスズに宿っているように見えた。


「なんていうか……自分が考えた話が、どんどん『映像』って形になっていく過程に、めちゃめちゃ感銘を受けたのよね、私。それでまあ『ああ、もっとこの感動を味わいたい』って思ったわけ。だから脚本家。あるいは作家。とにかく、物語を創る職業につきたい」

「へぇ……」


 あの脚本を書いた時の熱量が、彼女の中で冷めるどころか、確かな種火となって燃え続けていたらしい。

 自分のことのように嬉しくなるのと同時に、少しの寂しさと、焦燥感が胸を掠める。

 てっきり大学も、ボクと同じところを目指すと思っていたからだ。


 『ボクも芸大行くよ』とは、とても言えなかった。言ってもスズは反対しただろう。

 映研では監督をやっているし、これから引退まではしっかりやり切るつもりだけれど、ボクは由比先輩という()()を目の前で見てしまっている。

 部活は真剣にやっているけれど、あの背中を追うことはとてもできない。あくまで『趣味』の領域であって、それを一生の仕事にするなんて覚悟は、ボクにはなかった。


 ボクにはボクに合った場所がある。

 そこそこの偏差値で、そこそこの就職率がある、ここから通える範囲の私立大学。堅実で、面白味はないけれど、失敗のない道。

 でも、そこに行けば、スズとは別々の生活になる。

 今までと同じようには、いかないだろう。少なくとも、放課後スズに晩御飯を持っていくことはなくなるかもしれない。生活リズムが変わるとはそういうことだ。

 

 寂しいけれど、仕方ないのかもしれない。結局、スズとは家が隣同士だから、いつでも会いに行くことは出来る。夜になれば帰ってくる場所は同じだ。

 そんな風に自分を納得させようとして――けれどその納得は、次のスズの言葉に粉々に打ち砕かれた。


「それで、芸大ってここから一時間半くらいかかるのよね。どうせなら家を出ようと思って。だから――」

「えっ――」


 呼吸が、止まった。

 何の誇張もなく、スズの一言でボクは心停止しかけた。


 そんな。大学が別なうえに、家まで遠くなる?

 いやだ、そんなの。スズが遠くに行っちゃうなんて。


「ちょっと、聞いてる? ネコ」

「――」


 いやだ。聞きたくない。

 唐突な現実を突きつけられて、ボクの頭は真っ白になってしまった。

 いやだ。いやだ。スズと離れ離れなんて絶対嫌だ。


「――い、やだ」 

「――え?」


 息が上手にできない中、必死に言葉を絞り出す。

 スズは目を丸くして、意外そうな表情を浮かべてボクを見ていた。


「え、嫌なの?」

「嫌に決まってるでしょ! スズと離れ離れなんて! 死んじゃう!」

「はあ。アンタ、話聞いてた?」


 スズは唖然としながらボクを見ている。あれ? 何その反応。

 なんか、なんか違う? ボク何か重要なところを聞き間違えた?


「え、ごめん。スズが家出るって言った瞬間、ショックで耳が聞こえなくなった」

「ぷっは、アンタねえ。どんだけ私のこと好きなのよ」


 スズが噴き出した。ボクは内心でまだ動揺していたが、スズの笑顔を見て呼吸が少し戻ってくる。

 スズはこたつの下で、ボクの足を自分の足で挟んで捕まえた。


「もう一回言うわよ? 家を出て、一緒に暮らさない?」

「え」

「ルームシェアよ。お互いの大学の中間地点くらいにアパート借りてさ。それなら通学も楽だし、『会えなくなる』なんて心配をする必要はなくなるでしょ」


 ルームシェア。同棲。二人暮らし。

 その甘美な響きに、ボクの脳内は一瞬で沸騰した。

 今だって家は隣同士だし、ご飯も一緒に食べているけれど、誰の目も届かない「二人だけの城」というのは、全く意味が違う。

 毎朝「おはよう」が言えて、毎晩「おやすみ」が言える。今日の出来事を話して、同じご飯を食べて、同じベッドで眠る。

 それは、ボクが夢見ていた『世界一の幸せ』の形そのものだった。


「する! 絶対する! ボク、バイト頑張って敷金礼金ためる!」

「今泣いたカラスがもう笑った。……ったく、気が早いわよ。家を出るとなれば、私もアンタもちゃんとご両親を説得しなきゃいけないんだから」

「大丈夫だよ! ボクのお母さんなら絶対にわかってくれる!」


 その時のボクは、未来への希望に満ち溢れていた。

 スズと一緒に暮らすためなら、どんな困難だって乗り越えられる。そう信じて疑わなかった。


 ――そんな風に、甘く考えていたのだ。

 現実という壁は、浮かれたボクらが考えているより、ずっと高くそびえたっているとも知らずに。

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