性夜
「こうしてると、なんか初夜みたいね?」
お風呂から上がってスズの部屋に入ると、ベッドにちょこんと座ったスズが、照れ臭そうに笑いかけてきた。
スズが着ているのは、ボクが今日プレゼントしたパジャマだ。
淡いパステルカラーの、もこもことした手触りの生地。普段、大人っぽい服装を好む彼女が絶対に着ないような、可愛らしさに全振りしたデザイン。
いつもなら、ソファでテレビを観ながらだったり、日常の延長線上のように始まるボクらのセックス。
けれど今日は、ボクの提案で先にお風呂に入ることにした。
交代で入って、身を清め、新しいパジャマに着替える。
ボクはスズの隣に寄り添うように、ベッドに腰かけた。湯上がりの火照った肌と、シャンプーの香り。いつも以上に、心臓の鼓動が早くなる。
「パジャマ、似合ってるよ。スズ」
「そう? ありがと」
スズは少し恥ずかしそうに、頬を赤らめて髪の毛の先をくるくると弄る。
その仕草が、あざといと分かっていても可愛い。普段の凛とした美人なスズも好きだけど、この無防備で柔らかい雰囲気は、ボクの庇護欲と――それ以外のドス黒い欲求を、強烈に刺激した。
「それでね、実はもう一個プレゼントがあるんだ」
「え? 本当に? アンタどれだけバイト代つぎ込んだのよ」
「たいしたことないよ。スズがくれたブレスレットだって結構高かったでしょ?」
「私は……お小遣い貯めて買ったけど、もとは親のお金だし」
「それじゃ、働く様になったらたくさん返してくれたらいいよ」
ばつの悪そうな顔をするスズに、そう言って微笑む。
油断している今がチャンスだ。
「ほら、目を閉じて。ボクがいいって言うまで開けちゃだめだからね」
「ん? ……はいはい」
スズは素直に従い、長い睫毛を伏せた。
無防備な彼女の肩を押し、優しくベッドに仰向けに倒す。
「なに? 『プレゼントはボク』とか言っちゃうやつ?」
スズは目を閉じたまま、ニヤニヤと余裕のある笑みを浮かべていた。
その余裕が、これからどんな風に崩れ、染まっていくのか。想像するだけで、ゾクゾクと背筋が震える。
ボクはスズの両手首を掴み、バンザイさせる様に頭の上へと誘導する。
そして、枕元に隠していた冷たい金属を取り出し――。
ガチャン。
硬質な金属音が、静かな部屋に響いた。
「は!?」
スズがカッっと目を見開く。
「こら、いいって言ってないよ」
「いやちょっと待ちなさいよアンタ……マジ?」
スズの両手首には、ボクが買ってきた二つ目のプレゼント。
銀色に輝く本格的な手錠がかかっている。チェーンをベッドフレームの柵に一度通してかけたので、スズは両腕を完全に頭の上で固定され、身動きが取れない状態となっていた。
「今日はボクが、スズのことを気持ち良くしてあげる」
「ちょ、ちょ、ちょっと待っ――」
スズの抗議を無視し、前開きになっているパジャマのファスナーに指をかける。ジジジ、と音を立ててそれを下ろすと、素肌の上に直に着ていた真っ白なキャミソールが露わになった。
ボクはスズの上に覆いかぶさり、その薄い布地の中に手を滑り込ませる。
「ね、祢子、本気?」
「本気。いつもしてもらってるもん。今日はお返し」
ガチャガチャとやかましく手錠の鎖が鳴る。スズが腕を動かして抵抗しようとしている証拠だ。だが、その抵抗こそがボクを興奮させる。
インナーをたくし上げると、たわわに育った胸が毬のように弾んで現れた。白く、柔らかく、きれいな形をしたそれを、両手で惜しげもなく掬い上げる。
「なんか、スズのってけっこうおっきいよね。ちょっと分けてほしいなあ」
「あ――っ」
不意打ち気味に先端に吸い付くと、スズが甘い嬌声を上げた。普段、攻める側の彼女からは決して聞くことのない声。その響きだけで、ボクの中の何かが弾け飛ぶ。
「ね、いこ――っ!」
「もっと名前呼んで。スズ」
唇を重ね、強引に舌でこじ開ける。いつもスズがボクにしてくるみたいに、口の中や舌の感触をじっくりと、執拗に味わう。
「今日はボクがしてあげるから。だからスズは全部僕に任せて。何にも考えなくていいから、ね」
「う、ん――」
唇を離すと、そこにはとろとろに蕩けたようなスズの表情があった。
潤んだ瞳、紅潮した頬、乱れた呼吸。何よりも淫靡なその顔は、ボクの理性を完全に焼き切るのに十分だった。
「スズ。可愛いよ……スズ」
興奮で視界が揺れる。ボクは左手で胸を弄んだまま、右手をゆっくりと下腹部へと滑らせた。もこもこのズボンのゴムに指をかける。
「……っ、まって、パジャマ、汚れちゃう」
スズが僅かに正気を取り戻し、抵抗の言葉を口にする。
だが、それも想定内だ。
「お願いしてくれたら、脱がせてあげてもいいよ?」
あえて意地悪な言い方をして、スズの反応を見る。
実際、このパジャマも今日、この日のために用意したものだ。スズなら、ボクがプレゼントしたばかりのパジャマを汚すまいとしてくれるはず。スズの心理的な防御力を下げるための作戦だ。
効果は――抜群だった。
「お、ねがいします……。脱がせて、ください」
頬を染めて、目を逸らしながらも、スズは小さく懇願した。
その言葉に、ボクは震えるほどの優越感を覚える。
ボクはスズのお腹から下へ下へとキスの雨を降らせながら下半身に移動し、下着ごとスウェットパンツを足首まで引き下ろした。
そして両手で持ち上げる様にスズの太ももを掴み、割り込もうと顔を寄せる。
だが次の瞬間、いつかのボクと同じ立場になったスズが、反射的にボクの顔を両足で挟んで抵抗してきた。
「ちょっと待って! そこまでする!?」
「するよ? スズはお風呂入ってないのにしたじゃん。ボクの方が有情だよ」
「そうだけど……っ!」
「嚙んじゃうよ? スズ」
スズの太ももの内側にチロチロと舌を這わせる。
「ん、もう……」
あの時に自分がしたことを思い出したのか、諦めたようにスズは両足から力を抜いた。
「……いいけど、優しくしてよ」
観念して目を閉じるスズ。
その姿は、ボクへの最高のクリスマスプレゼントだった。
―――
「……やりすぎた」
事後。
ボクは自分の指を見つめながら、思っていた以上に自分にタチの才能があったことに驚いていた。
あれから何度目かの絶頂を迎えたスズは、両手は鎖に釣られるに任せ、両足をだらしなく投げ出し、全身から力を抜いてぐったりと横たわっていた。荒い呼吸だけが部屋に響いている。
キスマークについては、見えるとまずいので肩の周りだけに控えめにつけておいた。これならボクの良心も痛まない。
「まあ、今日はこのくらいで――」
今日学んだのは、攻めるほうも結構体力を使うということだ。
でも、心地の良い疲労感だった。あのスズを完全に支配してやったという達成感。たまにはこんな風にリバしてみるのも、マンネリ防止にいいかもしれない。
ボクは枕元からカギを手に取ると、スズの両手にかかった手錠を外してやることにした。
まずは右手。ガチャリ。
ベッドフレームからチェーンを外し、左手へ。
ガチャリと、二つ目の手錠が外れた、その瞬間だった。
眼下で目を閉じていたはずのスズの瞳が、かっと見開かれた。
その奥で、ギラリと猛獣のような光が宿るのを、ボクは見た。
「――へっ」
ガシャン。
聞こえるはずのない、三度目の金属音。
一瞬だった。
本当に、瞬きする間もなかった。
ボクの手首が掴まれ、視界が回転し、気づけば背中にマットレスの感触があった。
そして、頭の上で冷たい感触が走る。
「えっ、うそっ」
状況を理解するより早く、ボクの両手はさっきまでのスズと同じように、手錠でベッドフレームに厳重に固定されていた。
「ネコ」
甘い声で、けれど絶対零度の威圧感を放つ笑顔を浮かべて、スズはボクの上に馬乗りになっていた。
乱れた髪、はだけたパジャマの上着、紅潮した肌。その全てが、今は彼女が支配者であることを際立たせる装飾に見える。
「ふふ、ありがとうね。おかげさまでと~っても気持ちよかったわ」
スズの手が、ボクの頬を艶めかしく、ゆっくりと撫でる。
まるで、これからいただく獲物の品定めをするかのように。
「お礼に、三倍にして返してあげる」
「ちょっ――」
そこから先は――語るまでもない。
そもそもスズとのフィジカルの差を覆すための手錠が、今はボクを拘束し、無力化しているのだ。逃げ場など、どこにもない。
宣言通り、きっちり三倍。いやそれ以上だったかもしれない。
徹底的に、骨の髄まで愛され、しっかりとお返しされてしまった。
本物のタチの底力を見せつけられてしまったボクは、しばらくはまた、大人しいネコちゃんに戻るしかなさそうだった。




