怪物
「……その、真魚にセックスの経験積ませたいので4Pしませんか?」
「なんて?」
「あ、スワッピングに抵抗あるなら、見学だけでも良いんですけど」
「……」
ボクはようやく、マリちゃんがドスケベセックス大好きな変態だったことを思い出し、呆れと衝撃を受けて両手で顔を覆った。
いや待て、まだだ。まだ聞き間違いの可能性もある。人間の聴覚なんてあてにならないものだ。
「ええっと、4℃でショッピングって言った?」
「いえ、4Pでスワッピングです」
だめでした。聴覚は正常でした。
いや、しかし、ここまでヤバいやつだっただろうか。
確かに最初に3Pを提案してきたのは彼女だったし、性への興味は人一倍強かったが、そんな感じになるのはあくまで「三人でするときだけ」だったはず……。
その3Pというのも、ボクのスズへの想いを尊重してくれての提案だったと、ボクは美しく解釈していたのだけど……。
さっきまでの恥じらいはどこへやら。マリちゃんは目をらんらんと輝かせている。
まあいったん事情を聴いてみるべきだろう。頭を抱えつつ、ボクは恐る恐る話を続けることにした。
「ええっと、もしかしてマリちゃんの中では複数プレイが当たり前になってて、真魚ちゃんとの普通のセックスに満足できてない感じ?」
「いえ! 真魚とのセックスが不満というわけじゃないんですよ。私を頑張って気持ちよくさせようとしてくれるところとか、一生懸命でめちゃめちゃ可愛いですし。ただ……」
「ただ?」
「わたしに、経験がありすぎるのが問題で」
「うん?」
「その、もっとここをこうしてとか、アレしてコレしてとか要求しまくってたら、ちょっと引かれてしまいまして……」
「あーね……」
なるほど、真魚ちゃんが下手というより、マリちゃんがマニアックすぎるのか。
初心者の真魚ちゃんに対して、歴戦の猛者(主にスズに鍛えられた)であるマリちゃんが要求を突きつければ、そりゃあ萎縮もするだろう。
「ですのでこう、真魚をレベリングして『このくらいのプレイ普通だよ』と思わせる必要があって。そのためには経験豊富な先輩方の協力が不可欠かと!」
「マリちゃんステイ、ステイ」
ボクは右手で顔を覆ったまま、左手でマリちゃんを制止した。
どうしよう。この子、ボクらと3Pしすぎたせいで倫理観のネジが数本弾け飛んでるのかもしれない。
最初はボクを思いやっての提案だったかもしれないけど、行為を重ねていくうちに性欲の沼に沈み切ってしまったのだ。
「とりあえず、4Pはナシで」
「そんな!」
そんな風に、この世の終わりのような絶望的な顔をしないでほしい。
普通嫌だよ。
「多分、真魚ちゃんが色んな意味で壊れちゃうよ、そんなことしたら」
「そうでしょうか……。新しい扉を開いてくれそうな気がするんですけど」
「開かなくていいからそんな扉。一生閉じてて」
頼むからマリちゃんには、これからも普通のセックスで満足出来るようになってほしい。切実な願いだ。
「別にボクらに頼らなくても、真魚ちゃんのタチ力を鍛える方法はあるよ」
「本当ですか!?」
内心でタチ力ってなんだよとセルフツッコミしつつ、興味津々に身を乗り出してきたマリちゃんに、ボクは一つの解を提示する。
「簡単だよ。マリちゃんがタチ、やればいい」
「私が……タチ?」
「そう。スズにやられたことを、そのまま真魚ちゃんにやってあげればいいんだよ。……っていうか、初めて3Pした時はボクらでスズを襲ったの覚えてない? あと、ボクのことも抱こうとしたでしょ一回」
マリちゃんがボクと違って根っからのバリネコではないことは、これまでの経験からわかっていた。
彼女には、タチの素質がある。襲われかけたボクが言うんだから間違いない。
「そういえば最初に三人でした時は、ネコ先輩も結構攻めてましたね」
「ボクとスズだって、最初から上下が決まってたわけじゃないよ。最初の頃はしょっちゅうリバしてたし。いつの間にかボクがバリネコになってたけど」
ボクは人差し指を立てて、力説する。
「要するに、セックスはコミュニケーションなんだ。絶頂出来るかどうかが大事なわけじゃない」
「コミュニケーション……」
「行為の中で、ちゃんと心を通じ合わせることが出来るかが大事なんだよ。そうして通じ合った先で、二人の立場や役割が決まっていくものだと思う。そりゃあ歴戦のビアンの人は自分がどっちか決めているかもしれないけど、セックス若葉マークの高校生が自分の立ち位置を決めるのは早いと思う」
「私が、真魚を……」
顎に手を当てて考え始めるマリちゃん。
しばらくすると、どんどんその表情が色めき立ってきた。
「あり、かもしれません。どうして思いつかなかったんだろう……私、真魚を支配してみたいかも」
「でしょ。まあ一回リバでやってみなよ」
「わかりました! ありがとうございますネコ先輩! 私、真魚をヤります!」
「うん。言い方には気を付けてね」
何か危険なスイッチを押してしまった気もするが、4Pを回避できたなら安いものだ。
「こうしちゃいられません」
マリちゃんは勢いよく立ち上がり、帰る準備を始めた。
「今週末、真魚とお泊りなんです。早速薬局でフィンドム買ってきます! 指使いのイメトレもしなきゃ!」
「……ああうん。行ってらっしゃい……」
マリちゃんはここの代金を半分置くと、嵐のようにカラオケルームから去っていった。
残されたボクは、静かになった部屋でひとり、ウーロン茶をすする。
「……まあ、初々しくていいか」
ボクはマイクを手に取り、しばらくヒトカラを楽しんだ後、一人きりで家に帰った。
―――
あれから数日経って、週末の夜。
なんとなく眠れなくて、隣で寝ているスズを起こさないようにスマホの画面を見ていると、マリちゃんからアプリに写真付きでメッセージが届いた。
「……ぶっ!?」
そこには、首筋や鎖骨に大量のキスマークをつけられ、白目を剥いてノビている真魚ちゃんをバックに、ピースサインで自撮りするマリちゃんの姿があった。
そして『真魚を3回も逝かせてやりました!』『先輩! 私、タチやれます!』という、興奮冷めやらぬメッセージ。
『うん。とりあえず勝手に裸の写真撮って送るのはやめてあげようね』
と冷静に返信すると、『あ、すみません! 嬉しくてつい! わかりました!』というメッセージとともに、先ほどの画像は無事ボクらのトーク内からは送信取り消しされた。
まあ、もう保存したんだけど。
「ン……なに……?」
さっきのボクの声でスズが起きてしまったようだ。
背中に柔らかい感触を感じる。彼女は裸のまま、後ろからボクに抱き着いてきた。
「見て、スズ。ボクらが産んだ怪物だよ」
「……えぇ……」
先ほど保存した画像を見せると、スズが困惑の声を上げた。
立派な性欲モンスターに成長しつつあるマリちゃん。これからもちょいちょい相談に乗って正しい方向に導いてあげるのも、元三角関係としてのボクらの責任かもしれない。
真魚ちゃんは……どうか強く生きてくれ。
それにしても……。
ボクはもう一度、写真の中のマリちゃんの笑顔を見る。
適当に言ったつもりだったけど、まさか本当にタチに開花してしまうとは。その晴れやかな、支配者の悦びを知ったような笑顔を見ていると、なんだか僕も負けてられない気持ちになってきた。
そう。マリちゃんにも言ったけど、最初の頃はボクがタチをやったこともあったのだ。
今ではすっかりネコが定着してしまい、スズに翻弄されるばかりだけれど……。
ボクは寝返りを打って、スズの無防備な寝起き顔を見つめた。
「……何?」
スズが不思議そうに首を傾げる。
この余裕ぶった顔を、ボクの手で快楽に歪ませたい。
泣かせて、懇願させて、めちゃくちゃにしてやりたい。
そんなサディスティックな願望が、ひそかにボクの中で芽生え始めていた。




