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幼馴染でセフレのあの子はボクが先に好きだったのに!  作者: 星の内海
第四章 太陽みたいに明るい未来
50/60

喫茶

 文化祭の熱狂から、一カ月と少しが過ぎた。

 季節はもうすっかり冬。年末の足音が地かついてきた頃、ボクの周りでもいくつかの大きな変化があった。


 一つ目。

 映研部長に就任した桂樹さんが、ついに由比先輩に告白した。

 文化祭が終わったら告白すると息巻いていた彼女だったが、完全に覚悟を決めるにはもう少し時間を要したらしい。

 結果は――残念ながら、実らなかった。

 由比先輩は、一人きりでアメリカに渡る覚悟を決めていた。「映画監督」という夢を叶えるため、修行にすべてを捧げるつもりらしい。しばらく恋愛はしない、と。だから咲良先輩ともヨリを戻すことはなく、あっちはあっちで二人で話し合ってきちんとお別れしたそうだ。

 それから数日間の映研の主な活動内容は、ボクと真魚ちゃんの二人で、部室の隅でうずくまる桂樹さんを慰めることだった。


 二つ目は、スズがオカ研の部長に就任したこと。

 本人は『部長なんてめんどくさいだけ』などとブツブツ言っていたけれど、なんだかんだ新体制で部活に打ち込んでいるスズは、忙しそうだが充実しているように見えた。


 三つ目。ボクは大叔母の経営する駅前の喫茶店、『ふーでぃえ』でバイトを始めた。

 目的は来年の映画編集に耐えうるハイスペックPCを購入するためだが、『バイトしてる間はお小遣いナシね~。ウフフこれも社会勉強よ~』とお母さんに笑顔で通告されてしまったので、PC代金とお小遣いのバランスを考慮して、当初の予定より長く労働の日々が続きそうだ。

 シフトは土曜日も入れて週四日。映研とバイトの二足のわらじ生活が始まった。


 そして四つ目。これが一番びっくりする出来事だったのだが、なんとマリちゃんがオカ研から映研に移籍してきた。

 理由は『真魚との時間をもっと増やしたいから』とのこと。

 ボクは別に構わないし、人手が増えるのは大歓迎なんだけど、失恋したての桂樹さんの前でラブコメみたいにいちゃつくのは控えてあげてほしい。

 まあ、なんやかんやみんな幸せそうなので良かったけど。


 そんなこんなで本格的な冬将軍が到来し、マフラーが手放せなくなってきた頃。

 マリちゃんが、ボクのバイト先の喫茶店に一人で遊びに来た。


「ネコ先輩~、こんにちは」


「マリちゃん! 来てくれたんだ」


「えへへ~。ここがネコ先輩のバイト先ですか。すごくキレイなお店ですねえ」


 カランカラン、というドアベルの音と共に現れたマリちゃんは、店内を見渡して感嘆の声を上げた。

 『ふーでぃえ』は結構な老舗だが、五年前に大規模なリノベーション工事を行い、今ではコンクリート打ちっぱなしの壁にアンティーク家具を合わせた、めちゃめちゃおしゃれなカフェに変貌を遂げている。

 大叔母(ばーちゃん)によれば『ウチは生涯現役や。これからもバリバリ働くで』という意思表示らしい。

 カウンターの奥で、黒いVネックのバリスタエプロンに身を包んだばーちゃんは、七十という歳を感じさせないほどに背筋を伸ばし、若々しくスラっと立っている。エスプレッソマシンを操る手つきも鮮やかだ。

 純粋にかっこいいと思う。理想の老後だ。ボクもこんな感じで歳を取りたい。


 平日の夕方前。この時間帯はまだ客足が少ない。

 ボクはマリちゃんを窓際のテーブル席に案内し、お冷を置いてオーダーを取る。なんとなく、文化祭での執事喫茶を思い出す光景だ。

 この子がスズと別れてからもう、一カ月以上もたったのか。


 マリちゃんが紅茶とチーズケーキを注文すると、カウンターからばーちゃんが声をかけてきた。


「祢子。お友達来たんやろ。他のお客さん来るまで喋っとってええで」


「ばー……マスター、ありがとう」


 バイト中は普段の呼び方(ばーちゃん)は禁句だ。それからママさんと呼ばれるのも嫌らしく、マスターと呼ぶことになっている。

 ともあれ、ボクはマスターのお言葉に甘えることにした。

 ボクは紅茶とケーキをトレイに乗せて運び、マリちゃんの前に置いた後、エプロン姿のまま対面に座った。

 マリちゃんがスズと別れてからも部活で絡むようになったけれど、こうして学校の外で、二人きりで会うのはけっこう久しぶりだ。


「ん~、紅茶美味しいですね~」


 マリちゃんは相変わらずニコニコといい笑顔を浮かべて、湯気の立つカップを口に運ぶ。


「もっと純喫茶みたいな、アンティークなお店を想像してましたけど、すごくおしゃれで、それでいて落ち着く感じ。いいお店ですね」


「五年前まではけっこうボロボロだったんだよ。昔はスズとよく、ここのドライカレーを食べに来てたんだ」


「へえ……お二人の思い出のお店でもあるんですねえ。じゃあ今度、真魚を連れてドライカレー食べに来ようかな」


「うん、ぜひ来てよ。ボクが奢ったげる」


「やった。楽しみにしてます」


 そんな他愛ないやり取りをしつつ、ボクらは、このゆっくりと平和に流れる穏やかな冬のひと時を楽しんでいた。

 はずだったのだが。


「……そういえばネコ先輩。折り入って、ご相談がありまして」


 フォークを置いたマリちゃんが、急に改まった口調で切り出した。


「相談? ボクに?」


「はい……実は」


 マリちゃんは若干言いづらそうに、頬を人差し指でポリポリと掻き、視線を泳がせる。


「その、良かったら今度……ダブルデートしませんか?」


「ダブルデート?」


「はい」


 聞き返すと、マリちゃんはコクリと首を縦に振る。


 ダブルデート。二組のカップルが同じ場所に遊びに行って、それぞれイチャコラするアレのことだろうか。

 メンバーは当然、ボクとスズ、そしてマリちゃんと真魚ちゃんということになるだろう。

 ボクもスズも、もうマリちゃんへのわだかまりはない(と思う)から問題ないとは思うけど……。


「うーん。ボクは構わないけど、真魚ちゃんは大丈夫なの?」


 真魚ちゃんとしては、恋人になったばかりのマリちゃんの前に、元カノであるスズが現れるのは複雑なんじゃなかろうか。


「真魚のことは、なんとか説得します」


「説得が必要なら、まだやめた方がいいんじゃない? 別れてからそんな経ってないし、不安になっちゃうでしょ」


「うぅ~っ……でも……」


 マリちゃんは何とか食い下がろうとするが、その態度はどこか不自然に感じる。

 いつもの余裕がないというか、何かに切羽詰まっているような。

 どうして今、無理をしてまでダブルデートなんかする必要があるんだろうか。


「……マリちゃん。真魚ちゃんと何かあったの? ボクで良かったら相談乗るよ」


「あっ、その、ええと……」


 マリちゃんは顔を赤らめて、視線をテーブルの下に向けた。

 その顔は、ただ恥ずかしがっているだけではない、もっと深刻な悩みを抱えているように見えた。


「マリちゃん、もしかして、ここで話しづらいこと?」


 ボクの問いかけに、マリちゃんは小さく頷いた。

 周囲には他のお客さんはいないけれど、カウンターにはばーちゃんがいる。確かに、あまり人には聞かれたくない話なのかもしれない。


「わかった。じゃあさ、ボクのシフトが終わるまで待っててくれる? あと二時間くらいで上がるから、場所変えてゆっくり話そう」


「いいんですか? ありがとうございます!」


 マリちゃんはパッと顔を輝かせた。


「それじゃあ、私、学校の課題やって待ってます」


 そう言って、マリちゃんは通学鞄からノートと参考書を取り出した。

 ボクは一度厨房に戻り、仕事に戻る。


 それから二時間。

 マリちゃんは本当にお行儀よく、ずっとテーブル席で勉強をしていた。

 外はすっかり暗くなり、街灯が窓ガラスを照らす頃、ようやくボクのバイトが終わった。


「お待たせ、マリちゃん」


「お疲れ様です、ネコ先輩」


 着替えを済ませて店を出ると、冷たい夜風が頬を刺す。

 ボクたちは駅前を歩き、歌わずに話をして出ていくことが定番になりつつあるいつものカラオケボックスへと向かった。


 流石にあの日と同じ部屋……ということはなかった。

 扉を閉める。隣の部屋からアニソンを熱唱する声がほんのわずかに聞こえるが、普通の声で話す分には誰かに聞かれる心配はない。


「それで、どうしてダブルデート? 真魚ちゃんと何かあった?」


 ボクはソファに腰を下ろし、真正面からマリちゃんに向き合った。

 マリちゃんはドリンクバーから取ってきたオレンジジュースを一口飲むと、ふう、と息を整えてボクと視線を合わせた。


「ええっと……その、引かないで聞いてほしいんですけど」


「うん? まあ、内容によるかもだけど、とにかく話してみてよ」


 なんだろう。センシティブな話題だろうか。でも他ならぬマリちゃんの相談だ。大抵のことは真剣に悩んで、真剣に答えてあげようじゃないか。


 そう思っていたのだが、この時のボクは、とても重要なことを忘れていた。

 マリちゃんはボクら三人の中でも、人一倍()()()()()女の子だったことを――。

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