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幼馴染でセフレのあの子はボクが先に好きだったのに!  作者: 星の内海
第四章 太陽みたいに明るい未来
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夕餉

 その日の夜。

 ボクはいつものように、タッパーに入れた晩御飯を持ってスズの家を訪れた。

 今日のメニューはスズの大好物。ボクのお母さん特製、牛のしぐれ煮だ。


 生姜の千切りと醤油、砂糖で甘辛く煮詰められた牛肉の香りが、リビングにふわりと漂う。それはボクらにとって、平穏な日常の象徴のような匂いだ。

 いつものように二人で食卓を準備して、いつもの椅子に座る。

 湯気を立てる炊き立ての白ご飯と、飴色に輝く牛肉。付け合わせの根菜の煮物。完璧な布陣だ。

 けれど、二人の間に流れる空気だけが、いつもと違って重苦しい。


 スズは箸を持ったまま、どこか上の空だ。

 この沈黙を、ボクから打ち破る。


「今日、マリちゃんと話したよ」


「……そう」


 スズの箸がピクリと止まる。


「スズ」


 ボクはスズの目をまっすぐに見据え、そして口元をニヤリと歪めた。


「フラれてやんの〜」


 プークスクスと、口から思わず漏れ出そうになった意地の悪い笑いを抑える。


「なっ、フラれてない! わ、私がフったの!」


 スズはバンとテーブルに手をつき、顔を真っ赤にして立ち上がった。


「マリちゃんは『たまたまスズ先輩の方が切り出すのが早かっただけ』って言ってたよ? あの子も別れるつもり満々だったんだから、実質フラれてるのと同じじゃん」


「そ、そうだけど! タッチの差でも私が先だったんだから、私がフッたってことでいいでしょう!」


「でも文化祭の時、『ボクにだけは見捨てられないように』って泣き言言ってたよね? あれってつまり、マリちゃんに見捨てられた自覚があったってことじゃんね」


「ぐっ……」


 目を瞑って胸の前で腕を組むスズだったが、ボクの正論パンチにぐらりとよろけた。


「っていうか、結局マリちゃんをフるんだったら、最初にボクが告白した時にフってくれたらよかったのに」


「うぅ……あの時は必死だったのよ私も。高校入ってやっとできた彼女と、大事な幼馴染なんて天秤にかけらんないし……」


 スズは椅子に座り直し、しょぼん、と小さくなった。その姿を見ると、責める気持ちも霧散していく。体の輪郭がどんどん小さくなっていくようで、守ってあげたくなる。


「……でも、楽しかったよ。三人でいるの」


「……そうね。私も、楽しかった」


 ボクの言葉に、スズも弱弱しく、けれど優しく微笑んだ。

 三人で過ごした、短くも濃密な季節。歪だったけれど、確かにそこには幸せがあった。思い出が、しぐれ煮の湯気と共に溢れ出す。


「……食べよ。スズ。冷めちゃう」


「うん……いただきます」


 スズは箸を伸ばし、しぐれ煮をひとつまみ口に運ぶ。

 同じようにボクも一口食べる。

 噛みしめるたびに、牛肉の旨味と生姜の爽やかな辛み、そして甘辛いタレの味が口いっぱいに広がる。白ご飯が無限に進む、最強のおかずだ。


「おいしい……」


「美味しいね」


 思い出を噛み締めるように、僕らは夕食を進めた。


「そういえばあの時も、この牛のしぐれ煮だったね」


「あの時?」


「スズが十四回目の告白に失敗して、ボクが慰めてやった日」


「あぁ……」


 思い出したのか、スズは若干遠い目をする。

 あの時もこうして、失恋の味を甘辛い肉で誤魔化していたっけ。


「あのちょっと後くらいだったなー。スズの近くにマリちゃんの影がちらつくようになったの」


「あの頃は、可愛い後輩に懐かれたくらいにしか思ってなかったんだけどね」


「そのくせ、告白されたその日にセックスしたんでしょ。ボクが前の日つけたキスマーク残ってるのに」


「ウッ……! その、あの時は浮かれてて。ネコにつけられてたのすっかり忘れてたのよ」


 スズは全力で目を逸らし、白ご飯をかっこむ。

 彼女が欲望に忠実でなければ、ボクとスズのセフレ関係がマリちゃんにあんなにあっさり露見することもなかっただろう。良くも悪くも、この女は動物的なのだ。


「アレがなかったら、バレずにセフレ続けてたのかな」


「それはそれで、今よりしんどいことになりそうじゃない?」


「最悪、刀傷沙汰があり得たね」


「どっちがどっちを?」


「うーん、最悪の場合……スズがマリちゃんとめちゃめちゃうまくいって全然ボクのことを見てくれなくなった場合ね? ボクがセックス中にスズを刺して自殺したかも」


「性欲に忠実で良かったぁ……」


 顔面蒼白になって箸を皿の上に取り落とすスズ。

 殺して自殺はさすがに冗談だけど、まあこう言っておけばこの女の罪悪感も多少は晴れるだろう。


「っていうか、そんなに私が好きなら、十四回も告白失敗する前に止めなさいよ」


「正直三回目くらいまでは気が気じゃなかったけどさ。スズの告白って、関係構築したりせず勢いでいきなり『好きです付き合ってください!』って突撃するだけじゃん。普通にうまくいくわけないんだよね」


「だってアンタの時は、それでうまくいったし……」


 スズが口を尖らせる。


「そりゃ、ボクが君をずっと好きだったからだよ。バカ」


「……バカで悪うござンしたね」


 照れ隠しのように、がつがつとスズは白ご飯をかきこむ。

 口の端にご飯粒がついている。取ってあげたい衝動に駆られるが、今はやめておこう。


「正直、マリちゃんと仲良くなれたのは、ボクにとっても予想外の出来事だったよ。お母さんにカミングアウトを失敗した相談を受けたときから、何となく仲良くはなったけど……距離が縮まった一番の切っ掛けは『ユニパ』だったな」


「私が風邪ひいたときのやつね。一緒に行ったのよね、マリと」


「そうそう。その帰りに、マリちゃんにキスされた」


「はぁっ!? それ初耳なんだけど!?」


 スズはまた驚いて立ち上がった。椅子がガガガっと床を引きずる派手な音を立てる。


「別にキスくらい、3Pしてた時いくらでもしたじゃん」


「セックスの時のキスと通常時のキスは別カウントでしょうが!」


 どういう倫理観だコイツ。


「まあ、『先輩とキスしてもドキドキしません』って言われちゃったよ、その時は」


「むぅ……それならいいけど」


 むくれつつも椅子に座りなおすスズ。いいのかそれで。


「あの時から妙に二人でイチャコラするようになったと疑問に思ってたけど、そういう切っ掛けがあったわけね」


「まあね。……って言うかさ、スズって実は嫉妬深いの? 最近まであんまそういうの出さなかったよね」


 マリちゃんに対する態度と、ボクに対する態度。その差が気になっていた。


「ん~。まあ、茉莉也と別れるきっかけの一つが、これっていうか」


「?」


「……。ほら、アンタが映研に入部届けだした時、私、ちょっと妬いちゃったじゃない」


「ああ、『由比先輩が好みなのか』って聞いてきたやつ」


「その時、アンタに『マリと真魚がくっついてたのには嫉妬しないのか』って指摘されて……初めて気づいたのよ。マリが何されても、私、全然嫉妬してなかったことに」


 そうだったのか。

 あの時は『本当は嫉妬してた』なんて誤魔化してたけど、実のところは自分の感情の偏りに戸惑っていたんだ。


「今思えば、アンタがマリにお腹噛まれた時も、マリに対してじゃなくて、アンタが手を出されたことに腹立ててたと思うし。……それで、私が本当に本心から好きなのはネコだけなんじゃないのって、悩み始めて」


 スズは俯き、空になったお茶碗を見つめる。


 ……残酷だけど、スズの二心がそこまで偏っていたのなら、この結果は必然だったのかもしれない。

 対等なパートナーとしての独占欲は、最初からボクに傾いていて、そのことをマリちゃんも見抜いてはいたけれど、結局最後まで変わらなかった。

 二人がどちらとも別れを切り出さなければ、いつか関係は破綻していただろう。


『三人一緒がいいかもね』


 ユニパの時、パレードを見ながらマリちゃんに言った言葉が蘇る。

 結局、夢物語だったのかな。

 寂しさがぶり返してくるけれど、それを表に出すことはしない。

 短い間だったけれど、誰も傷つけ合うことなく、綺麗に終わることが出来たのなら、それでよかったのかもしれない。


「ごちそうさまでした」


 ボクは手を合わせた。

 スズも慌てて「ごちそうさまでした」と手を合わせる。

 空っぽになったお皿とお茶碗。

 もう、マリちゃんが泊りに来ることもないだろう。

 これからはまた、二人分だ。

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