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幼馴染でセフレのあの子はボクが先に好きだったのに!  作者: 星の内海
第三章 幼馴染のアイツはオレが先に好きだったのに!
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文化祭その五 〜お気に入りの執事とチェキ〜

「このモンブラン美味しいわ。執事(バトラー)。シェフを呼んで頂戴」


「こちらネット通販で購入した業務用モンブランでございますお嬢様。これを作った名高きパティシエたちは、埼玉県の工場におられます」


 あわや修羅場喫茶と化すところだった危機を、見事に回避してもらった功績を讃え、ボクとスズでマリちゃんに紅茶とケーキをご馳走することになった。

 特別なお客様として振舞うマリちゃんは、実に楽しそうだ。


「へー、業務用。こんなにおいしいのに。企業努力の賜物ですねえ」


 マリちゃんはフォークで切り取ったケーキを口に運び、ニコニコと頬を緩める。

 その様子は、餌を与えられた小動物のように愛らしく、見ているこちらの胸の奥までじんわりと温かくなるような心地よさがあった。

 さっきまでの、胃がキリキリするような緊張感が嘘のようだ。ああ、幸せってのはこういう、なんでもない平穏の中にこそあるんだろうな。


「そうだ、ネコ先輩。最後にこのチェキっていうの撮りたいんですけど」


 メニューの端を指さし、マリちゃんが上目遣いで言った。


「うん? いいよ。あとでスズ呼んでくるよ」


「いえ、ネコ先輩とがいいです」


「ボクと? 構わないけど……」


「やったー」


 マリちゃんは花が咲いたような笑顔を見せ、モンブランの続きを食べ進める。

 なんでだろ? せっかくの文化祭、執事服とかレアな格好してるのに彼女よりボクを優先する理由あるのか?

 一瞬、また二人の間に何かあったのかと勘ぐりそうになったけれど、さっきのやりとりを見るに関係は良好そのものだったはずだ。

 まあ、単にボクにも気を使ってくれているだけかもしれないけれど。


 そういえば、スズもあれから調理場に引っ込んで出てこなくなってしまった。

 スズは普段からあまりボーイッシュな格好をしたがらない。もしかすると、執事服という男装で愛しい恋人の前に立つのが、恥ずかしいのかもしれない。

 ……あんなに似合ってるのになあ。

 でも、もしかしたら二人でそういう話をしてたのかも。あまり突っ込むのも野暮ってもんだ。ひとまず気にしないことにする。


「そういえば、チェキって普通執事喫茶ではやらないですよね」


「そうみたいだね。うちはギリギリまでメイド喫茶派と執事喫茶派がせめぎ合ってきたから、ちょっとだけメイド喫茶派の文化(みれん)が取り入れられてるんだよ」


「えっ、じゃあ美味しくなる呪文してくださいよぉ」


「やだよ。それが嫌で執事喫茶に投票したんだぞボクは。死んでもやらない」


執事(バトラー)。この紅茶に美味しくなる呪文をかけなさい」


「お嬢様っぽく命令してもダメですお嬢様」


「ちぇーっ」


 マリちゃんは不満そうに頬をぷくーっと膨らませ、紅茶を一口含む。しかし、口の中に広がるアールグレイの香りに「あ、美味しい」とたちまち笑顔になるのを見て、ボクの頬も自然と緩んでしまうのだった。チョロいな、ボクも。


 マリちゃんがケーキと紅茶を堪能し終わり、しばらく談笑した後、ボクたちは教室の隅に設営された撮影ブースへと向かった。

 撮影係の執事、山根さんがインスタントカメラのレンズをこちらに向けている中、ボクは右隣に寄り添ってきたマリちゃんとポーズの打ち合わせをする。


「ネコ先輩あれやりましょう! 片方がハート半分作って、片方がサムズアップするやつ!」


 そう言って、マリちゃんは右腕を胸の前あたりに持ってきて、グッ! と親指を立て、ぐいぐいとボクの右手を引っ張ってきた。


「なんでボクがハート側なんだよ! こういうのはキャスト側がサムズアップしてゲストのハートをいなすものでしょ」


「いいからほらほら〜。先輩はハート作ってくださいよ〜」


 マリちゃんの強い要望と、無邪気な笑顔に押し切られる。結局、彼女の言う通りにするしかないのだ。


「撮りますよ〜お嬢様。はい、チーズ」


 パシャリ。山根さんの合図で無情にもシャッターが切られる。ジジジ……とカメラの横から写真がプリントされて出てきた。

 そこに写っていたのは、虚無顔でハートの片割れを作るボクと、その横で満面の笑みを浮かべながらサムズアップをするマリちゃんの姿だった。

 マリちゃんの望み通り、無事ボクの『片思いハート』のチェキがこの世に誕生した。表情も逆すぎる。


「あは、よく撮れてますね」


 山根執事から写真を受け取り、マリちゃんはニコニコと満足げだ。

 その笑顔を見ていると、まあいいか、という気分になってくるから不思議だ。マリちゃんが幸せそうなら、ボクの尊厳のひとつやふたつ、安いものだ。

 二人で撮影ブースを出て、教室の出口までエスコートする。執事の役割は、ここまでだ。


「次があったら絶対逆で撮ってもらうからね」


「えへへ、いいですよ〜。それじゃ先輩、あとでうちのクラスにも遊びに来てくださいね」


「マリちゃんのクラス、何やるんだっけ」


「メイド縁日です」


「メイド縁日……?」


 耳慣れない単語の組み合わせに、ボクは眉をひそめた。

 どういう出し物だろう。メイドが神輿でも担ぐのだろうか?


「射的とスーパーボール掬いとヨーヨー釣りがありますよ。あと輪なげ」


普通に縁日の屋台らしいが……「……メイド要素どこ?」


 それはもう、単にメイド服を着たいだけじゃないのか?

 この学校、ボクの知らないところで空前のメイドブームとか来てたんだろうか。大丈夫か日本のサブカルチャーの未来よ。


「行ってらっしゃいませお嬢様」


 締めの言葉と共にマリちゃんを見送ると、間を置かず次のお嬢様方が来店した。

 その後、ボクとスズは自分たちのシフトの時間いっぱいまで、ひっきりなしに来店するお嬢様方の接客に従事した。

 足は棒のようになり、作り笑いで頬が筋肉痛になりそうだったけれど、心地よい疲れだった。


 そして、待望の自由時間がやってきた。

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