文化祭その二 ~執事喫茶改め修羅場喫茶~
「元恋人としては、瑞樹。キミのそういう貞操観念のユルさは、付き合っている間に矯正しておくべきだったかな」
「矯正~だぁ~? 別れた女に管理される筋合いはないんですけど? 今更何様のつもりですかねリヒトくん」
ミズキ先輩とリヒトさんの間で、バチバチと火花が散っている。
あれ、この二人知り合い――どころか、これ完全に『ワケあり』なヤツじゃん。
「あぁなるほど、その子。この間水族館で一緒だった子ね。見覚えあるわけだわ」
ミズキ先輩は、のんちゃんの隣に立つリヒトさんを見て、小馬鹿にするように鼻で笑った。
「新しいコイビトにコナかけられそうになって怒っちゃったわけね。ごめんなさい、私ったら罪な女で」
「そうじゃないよ。キミこそ、あの黒髪の子はどうしたんだ。新しい恋人ができたのに、また同じことを繰り返そうとしているだろう」
――うん? 黒髪の子?
スズの姿が脳裏によぎったけど、いやいやまさか。そんなはずない……よな?
「さあ、誰のことだったかしら」
「とぼけるな。あの水族館に一緒にいた子――ほら、ちょうどそこにいる、その子のことだよ」
リヒトさんは、調理場からたった今出てきたスズを指差した。
「え? ええと、いらっしゃいませお嬢様がた……?」
お盆を持ったままのスズは状況が呑み込めていないようで、きょとんと首を傾けている。
状況が呑み込めていないのはボクもなんだけどね。恋人? 水族館? どういうこと?
「キミ、あの時瑞樹と一緒に水族館にいた子だろう? 悪いことは言わないから、この女はやめておきなさい」
「えー? あー? ……げっ」
リヒトさんの言葉に、ようやく事態を察したらしい。
ミズキ先輩、リヒトさん、のんちゃん、そしてボク。順番に視線を移したスズの顔から、サーッと音がしそうなくらい見事に血の気が引いていった。真っ青を通り越して土気色だ。
「いや、違うんですよあれは。誤解って言うか、先輩にちょっと頼まれたっていうか。のん、ほら、あの時の話よ。知ってるでしょ。だから誤解! 誤解なのよネコ」
スズは挙動不審にキョロキョロと視線を彷徨わせた後、最後にすがるような目でボクを見た。
のんちゃんは「ああ、あの時の」と納得したような顔をしていたけれど、ボクはそれどころじゃなかった。
「とりあえず色々聞きたいけど、まず水族館って何? スズ」
「いやほら、いろいろ、いろいろあって」
「……先輩と遊ぶときは、ボクに逐一連絡する約束だよね?」
ボクの声が、地を這うように低くなるのが自分でもわかった。
「いやだから、ちがくて、その前の話で」
「ちょっとそこに座ってくれる?」
「ネコ、誤解で」
「すわれ」
「ハイ……」
ボクの圧に負け、スズは借りてきた猫のように小さくなって空いている椅子に座った。
「スズ先輩ネコ先輩~遊びに来ました~」
この上なくタイミングがいいのか悪いのか、天使のような笑顔でマリちゃんまでやってきた。
「ちょうどいいやマリちゃん。ちょっと今から一緒にスズを詰めよう。そこ座って」
「はい? 何の話です?」
ボクが四人掛けのテーブル席にスズとマリちゃんを強制的に着席させている間、すぐ背後ではリヒトさんたちもヒートアップしていた。
「つまりキミはボクを振るために、後輩をいいように利用していたわけだ」
「ああもういちいち人聞きの悪い! もう別れたんだから、あなたと私は赤の他人でしょう」
「そんな態度だから新学期始まってから孤立したんだよキミは」
「は? 今私のことを後輩にしか構ってもらえない哀れな女扱いした? 古巣でしかイキれないコミュ障先輩ですって?」
「そこまでは言ってないだろう。被害妄想も大概にだな――」
ざわざわ、と教室内の客や他の執事たちがこちらのテーブルを気にし始めたけれど、今のボクにそんな周囲を気にする余裕はなかった。
ボクの目の前には、未決の浮気疑惑がある。
「それで、スズがミズキ先輩と浮気したかどうかについてだけど」
「だから浮気じゃないってば!」
涙目で必死に否定するスズを見て、マリちゃんがふむ、と顎に手を当て、ちょっと困ったような表情をボクに向けてきた。
「ごめんなさい。怒らないで聞いて下さいね、ネコ先輩」
「な、なに?」
「スズ先輩の優しさに付け込んで2号になった人に、浮気云々言う資格なくないですか?」
――ズドン。
マリちゃんの純粋無垢な正論が、ボクの心臓を正確に撃ち抜いた。
あれ、こっちの流れ変わってきたな。
「スズ先輩は否定してるんだから、ちゃんとお話聞いてあげましょうよ。昔のトラウマがあるからって、すぐ感情的になって頭から否定しちゃうのは、ネコ先輩の悪い癖ですよ?」
「……はい」
マリちゃんに優しく、しかし的確に諭されて、頭に登り切っていた血がスーッと引いていく。
「というわけで、お互いにちゃんと話し合いましょう」と両手を合わせるマリちゃんの姿は、まるで戦場に舞い降りた天使、あるいは慈悲深い聖母のようだった。
「えっと……ごめんね。ミズキ先輩の元カノがリヒトさんだって言うのを知って、心配だからのんにお守りを渡すために神戸に行って……その時先輩と会ったのはホントに偶然なの。水族館に行ったのは先輩をリヒトさんから遠ざけるためで、結果的に鉢合わせちゃったけど本当に他意はないのよ」
スズが早口で、しかし誠実に事情を説明する。
その目を見ればわかる。嘘はついていない。
「……ボクの方こそ、ごめん。スズのこと信じるとか言ったのに、また過剰に反応しちゃった。正直、まだ先輩のことトラウマだから……」
「はいっ! じゃあこれで仲直りですね」
そう言って、マリちゃんはボクとスズの手を強引に取り、お互い握手させた。
ボクの手を握り返すスズの手は、冷や汗で少し湿っていたけれど、確かな体温があった。
……お見事。やっぱりボクらには、マリちゃんが必要だわ。
「……じゃあスズ。後ろ、対処しよっか」
「……おっけ」
ボクらは頷き合い、二人して席を立つ。
いまだ「キミはいつもそうだ!」「うるさいわね!」と言い争いの渦中にあるミズキ先輩とリヒトさん、そして二人の間に挟まってオロオロしているのんちゃんを救出するために。




