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幼馴染でセフレのあの子はボクが先に好きだったのに!  作者: 星の内海
第三章 幼馴染のアイツはオレが先に好きだったのに!
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文化祭その一 ~2年B組執事喫茶~

 吹奏楽部によるオープニングセレモニー演奏が終わって、金蓮花高校文化祭『蓮祭(はすまつり)』が本格的に開催された。


 体育館の次のプログラムは科学部による映像発表。

 テーマは『ニュートンを裏切る流体 — 叩くと固まる液体の不思議』だ。

 UTubeとかで時々見かける、ダイラなんたら現象を示す液体のやつ。拳や平手で叩いたら個体のように固まり、手をゆっくり沈めると普通の液体と変わらず沈んでいくアレだ。

 それを科学部員たちが白衣姿で面白可笑しく実演していく様子が、NHKの子供向け教育番組みたいなポップな編集で流れていく。

 最初『科学部』と聞いたときはもっと硬派で真面目な発表なのかなと思っていたけれど、意外と楽しい。科学的知的好奇心を刺激する、素晴らしい発表だった。


 映像は五分ほどで終わり、体育館の大型スクリーンに黒味があけた瞬間――チープなホラー風味のジングルが鳴り響いた。

 日常シーンを中心に、最後にちらっと怖いシーンを流す感じの十五秒のCM。夜の学校を背景に安っぽい明朝体のフォントで『視聴覚室にて本日上映』という文字とともに、上映スケジュールのアナウンス。

 映画本編の編集と予告編の編集では勝手がまた全然違っていて、先輩みたいに徹夜はしなかったけれど、谷頭家にお泊りしなければならないくらいには苦戦した。改めて大スクリーンで流れたのを見ると、「これ、本当に大丈夫だったかなぁ」と不安になる。


「いい出来でしたね、桜木さん!」


 そんなボクの心情を察してか、隣で一緒に見ていた桂樹さんが「これでたくさん人が来てくれますね」とガッツポーズと笑顔を向けてくれた。


「うん、だといいけどね……」


 オープニングセレモニーの後のせいか、席はほぼ満席に近く、結構多くの人に宣伝できたはずだ。

 最初の上映はこの後十時から。ボクとスズは自分のクラスの店番が入っている時間帯のため、直接効果を確認できないのがもどかしい。


「大丈夫ですよ! 部員や助っ人のみんなだけじゃなく、オカ研まで協力してくれるんですから」


「オカ研……」


 不意に、あの日由比先輩と一緒に視聴覚室にやってきた咲良先輩の姿が浮かぶ。由比先輩と咲良先輩が仲直りしたからといって、ボクの気持ちの切り替えは追いついていない。


「その、さ。部長たち、まだヨリを戻した感じじゃないっぽいから……」


 そんな言葉しか出てこなくて、ちょっと自分が情けなくなる。

 最初は由比先輩が幸せなら相手は誰でも――なんて思っていたのだけど、今となっては桂樹さんの恋を応援したい気持ちになっている。

 真魚ちゃんのことといい、『恋人がいる人に片思いをしている人』に、ボクはどうしても共感してしまうらしい。


「大丈夫ですよ、桜木さん」


 そう言って、桂樹さんは微笑んだ。その瞳は澄み切っていた。


「覚悟はもう出来てます。文化祭が終わったら私、部長にちゃんと想いを告げようと思っています」


「そっか、頑張って。応援してる」


「はい!」


 そう言って、桂樹さんはまたガッツポーズを作った。

 そんな彼女の手がわずかに震えている。けれど、それを悟らせまいと必死に力を込めている姿を見て、ボクは強い人だな、と思った。

 コミュ障とか変な人とかアホだとか思っていたけれど、芯の部分はとっても強い人なんだ。桂樹さんは。


「それじゃあ、一回目の上映よろしくね、桂樹さん」


「はい、お任せください!  終わったらあとで執事喫茶にも行きますねぇ」


「あー、うん。あんま期待しないでね……」


 苦笑しつつ桂樹さんと別れ、ボクは自分のクラスに戻った。

 なんだかんだこっちが忙しすぎて、今日までクラスの方の手伝いはほとんどできていなかった。当日くらいは頑張らないといけない。やるのは執事喫茶。メイド喫茶と違って、恥ずかしいポーズとかは取らなくて良さそうだからまだ気が楽だ。




 ―――




「来たわよ~。ネコちゃ~ん」


「お帰りくださいませお嬢様」


 ピシャリと教室の引き戸を閉めた。

 ああ、なんかすごい嫌な幻覚を見た気がするなあ。やっぱり映研の活動でちょっと疲れたのかなボク。こんなところにミズキ先輩が来るわけないのにな。


「ちょっと、ネコちゃん。ネコちゃ~ん。お嬢様のお帰りよ、あけてちょうだいよ」


「うるせーです。扉をお叩きにならないでくださいお嬢様」


 再び扉を開けると、嗚呼やっぱり現実だった。

 よりによってシフトに入って最初のお客様がこいつなのかよ。


 朝霞(アサカ)瑞樹(ミズキ)。中学時代にボクとスズが別れる原因を作った元凶(クソオンナ)。最近一応和解したけれど、ボクとしてはまだコイツのことは大嫌いだ。


「……なんでいるんですかお嬢様」


「吹奏楽部のOGなんだから、かわいい後輩たちを見に来たのよ」


「吹奏楽部の演奏は終わりましたよ」


 クソっ、こいつさっき体育館にいたのか。気づいてたらあの場で抹殺していたものを。

 ボクが閉めようとした扉を、ミズキ先輩は両手を突っ張ってがっちりホールドした。


「まあまあそんな冷たいこと言わないでよネコちゃん。私にはネコちゃんもスズちゃんも大事な後輩なんだから」


「いいからお帰りくださいよお嬢様」


 ボクが筋肉モリモリマッチョマンだったらこのまま扉ごとこの女を挟みつぶしてやるのに。


「ネコっち、ネコっち」


 そんなことをやっていると、のんちゃんに後ろから肩を叩かれた。


「入り口でじゃれてると他のお坊ちゃんお嬢様に迷惑だから……。なんならあーしが接客変わるからその辺にしといて」


「あ、ごめん、のんちゃん」


 扉から手を離して数歩下がると、ミズキ先輩はニコニコ顔で教室の中に入ってきた。

 くそう、ムカつく。


「大丈夫、ボクが対応するよ……。お嬢様、お席にご案内します」


「はーい」


 ミズキ先輩は何が楽しいんだか、ニコニコ上機嫌でボクの後をトテトテとついてくる。

 いや、わかるぞ、この底意地の悪い女狐はボクの反応を見て楽しんでいるに違いないんだ。

 のんちゃんのおかげでちょっと冷静になってきた。ボクはこの場ではあくまで執事。役割に徹して、過剰なリアクションでこの女を喜ばせないように冷静に接すれば良い。


 一番奥のテーブル(とはいっても、机を二つ並べたものにテーブルクロスを賭けただけのものだが)に、案内し、「お座りください」と椅子を引いてやる。座ろうとしたところで更に引いて尻もちをつかせたい衝動にかられつつもあくまで普通に接する。


「メニューをどうぞ。お決まりになりましたらベルでお呼びください」


「あ、待って待って。今注文するから。モンブランと紅茶のセットを頂ける?」


 外の看板にもメニューを描いていたのでそこで見たのだろう。

 執事服の方に予算の大部分を割いたので、紅茶はアールグレイ一種類、ケーキはモンブランかショートケーキの二択だ。


「ぶぶ漬けですね。かしこまりました」


「帰そうとしないで。そんなに長居してないんだから」


 はぁっ、とため息をつきながら、パーテーションで区切られた調理場へと入る。


「一番のお嬢様、モンブランと紅茶セットです」


「はーい。ミズキ先輩来てるの?」


 と、スズが真っ先に反応した。

 裏方も全員執事服を着用することになっており、彼女もまた執事服の上にエプロンをつけ、頭には三角巾という妙な出で立ちだ。

 エプロンと三角巾を取れば、スズの執事姿は完璧に近い。このクラスで一番似合っているといっても過言ではないだろう。

 だから最初はスズがホールを担当すればいいのにと思っていたけれど、ミズキ先輩が来るなら話は別だ。あの女がまたスズにちょっかいをかけて仲良くおしゃべりするとか間近で聞いていられん。


「ああ、うん」


「ふーん。あとで挨拶してこよ」


 スズはてきぱきと紅茶を淹れ、トレーに乗せる。もう一人の裏方執事、中島さんがクーラーボックスからモンブランを取り出して、同じトレーに置き、トレーをボクに手渡した。


「はい、モンブランと紅茶セットお願いしまーす」


「……ねえ、嫌だったら私が持っていこうか?  先輩のとこまで」


「……いいよ、ボクが持ってく」


 ボクは中島さんからトレーを受け取り、ホールに戻った。

 スズは気を使って言ってくれたのだと思うけど、ボクとしてはあの女がスズや他の友達と関わる方が嫌だ。

 スズは二度と浮気しないことを誓ってくれたし、それをボクは信じているわけだけど、それはそれとして嫌いなもんは嫌いなのだ。


 だからうっかり手が滑ってこの紅茶を先輩にぶちまけてしまうことがあるかもしれない。しないけど。


「お待たせしました、お嬢様」


「はあい。ありがとう、ネコちゃん」


 先輩の前に紅茶と、モンブランを並べる。


「ねえ、ネコちゃん。スズちゃんは?」


「スズは裏方だよ。あとで顔見せに来るって」


「あら、じゃあ執事服着てないのね。残念」


「……着てるよ。一応裏方含めて全員着用だから」


「あら、そうなの」


 それを聞いて、先輩の笑顔が更に明るくなった。


「じゃあ、チェキの撮影はスズちゃんとしようかしら」


「……はぁ……」


 思わず何度目かのため息が出てしまう。

 先輩め、メニューをろくに読まずに注文したくせに、端に書かれた文字を目ざとく見つけていたのだろう。

 お気に入りの執事とチェキの撮影二百円。ここだけメイド喫茶派の残した文化の名残があるんだよな。


「嫌ならネコちゃんでもいいわよ」


「ぐっ……」


 嫌だ。嫌だけどスズと撮られるよりマシか? でもこの世にミズキ先輩とのツーショット写真が残ってしまうなんてボクの精神は耐えられるだろうか。無理かも。でもなあ。


 そんなボクの葛藤を察したのか、先輩はもう一つの選択肢を提示してきた。


「それじゃあ、さっきのギャルっぽい執事さんでもいいわよ。あの子、なかなか可愛いわよね~。ちょっとどこかで見たことあるんだけど、気のせいかしら」


 そう言って、ミズキ先輩は他の席で接客をしている執事の方へ視線を向ける。

 そこにいたのはこのクラス唯一のギャル、ボクの親友ののんちゃんだ。


「ねえ、あの子ネコちゃんのお友達だったりする? よかったら紹介してくれないかしら?」


「母校まで来て女漁りはおやめくださいお嬢様」


「ええ~、いいじゃない。私今フリーなのよ。私に新しい恋人が出来たら、ネコちゃんも安心でしょう?」


「あのさあ――」「今のは聞き捨てならないな、瑞樹」


 いい加減ブチギレてやろうかと思ったところで、思わぬ横やりが入った。

 のんちゃんが先ほどまで接客していたお客様が、突然こちらの会話に割って入ってきたのだ。


「え――リヒトくん?」


「え?」


 振り返って顔を見るとそこには、想像を絶するイケメン女子にして、のんちゃんのオタク友達。

 長谷川理人(リト)――通称リヒトさんが立っていた。

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