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幼馴染でセフレのあの子はボクが先に好きだったのに!  作者: 星の内海
第三章 幼馴染のアイツはオレが先に好きだったのに!
35/60

大人しそうな子ほどヤバかったりするのは漫画の中の話では?

 積極的に人と関わると、世間の方が回りだすように感じる。


「桜木さん! 今日の放課後、少しだけでいいのでお時間ください!」


 ボクはこれまで、肉親以外の人間と関わるのは、スズとのんちゃんだけでいいと思っていた。

 マリちゃんと恋敵を経て奇妙で特別な関係に至った後も、関わる対象が一人増えたくらいにしか思っていなくて、ボクの基本的スタンスに変わりはなかった。

 ところが部活に入ると、当たり前だけど色んな人と能動的に関わらなければいけなくなる。歯車がかみ合って回り始めるみたいに、ボクの日常はあっという間ににぎやかになった。


 これも、そんな風にして起きる事件の一環だったんだと思う。


 映研部員、カメラ担当の桂樹さんは、昼休みのボクらの教室にもじもじしながら乗り込んできて、こっちが恥ずかしくなるくらい真っ赤な顔を浮かべながら、先ほどのセリフを教室中に響かんばかりの声で叫んだ。


「え、と……うん。いいけど……」


 ボクが気圧されながらもそう答えると、「ありがとうございます。部室で待ってます!」とこれまた彼女らしからぬ大きな声で言って、そのままそそくさとボクらの教室から逃げるように去っていった。


「何アレ……?」「隣のクラスの子?」「勢いヤバ」


 周囲がざわざわしている。いやもう本当になんだこれ。

 映研に入部してからしばらく経つけれど、まだ桂樹さんのキャラがつかめていないボクはしばらく唖然としていた。

 解っているのはなるべく他人との関わりを避けたがるタイプであることと、どうやらかわいい女の子をカメラで納める趣味があるっぽいこと。

 一カ月以上映画撮影で一緒なのに、本当に解っているのはそれだけだ。


 そんな彼女がどうして、あんな真っ赤な顔でボクを放課後呼び出すのか。まるで見当がつかなかった。


「ふーん……」


 一部始終を見ていたスズが、頬杖を突きながらボクの顔をジーッと眺めてくる。


「な、なんだよ」


「いやー、青春してんなーって」


「これも青春判定なの、スズの中では」


「いやいやネコさん。今のはどう見ても青春でしょ。放課後告白される流れよこれは」


 スズは興味津々と言った様子で、グイっと身を乗り出してくる。


「ないないないない。ほぼ会話なかったよ桂樹さんとは」


 ぶんぶんぶんぶん、と手を振って否定する。彼女との会話は、あったとしても撮影内容に関わる実務的な話ばかりで、雑談なんかほとんどした覚えがない。好意を持たれるきっかけがないのだ。


「別に会話してなくても、アンタの働きぶりを見て好きになっちゃうってこともあるでしょ」


「そんなことあるのかなあ……」


 言われてみたら、さっきはなんだか恋する乙女みたいな表情だった気がしないでもないけど、素でコミュ障ならあれくらい赤面してもおかしくはないんじゃなかろうか……。


「で、どうすんのよ告白だったら」


 スズはまた不機嫌そうな顔でからだを引いていく。


「なに、また嫉妬?」


「そうです。言ったでしょ私は嫉妬を司る魔王(リヴァイアサン)だって」


「厨二乙。別に、ふつうに断るよ」


「そうなの? アキ、かわいいしいい子そうじゃない」


 スズは口元を隠して考え込むようなポーズをとった。

 でも惜しいね、隠す前の一瞬ちょっと嬉しそうにニヤケたのバレてるよ。


「スズ以外と恋愛する気ないよボクは。スズに振られたらその後の生涯は一人で生きていきます」


「重さを隠さなくなっちゃった」


 ひえーとおののくスズ。

 隠してたつもりはなくて、そもそも自覚がなかったんだけどね。

 由比先輩と放課後作業しながら雑談するようになって、ボクはだんだんと自分の愛の重さってやつを自覚していった。これもまた、他人との関わりで得る“気づき”というものでしょう。自分の新たな一面として受け入れることにした。

 自分で言うのもなんだけど、悪いもんじゃないと思うよ。重い女。ボクもスズに重たくされたいよホントは。



 ……さて、放課後どうしよう。

 桂樹さん。これからは同じ同好会の部員として友達くらいにはなれるかな、なんて淡い期待を抱いていたのだけど、ここで振ってしまったらそれどころではなくなりそうだ。

 うーん。ちょっと気が重いなあ……。




 ―――




 そして放課後。

 そういえば、二学期に入ってから放課後誰かに呼び出されるのは真魚ちゃんに次いで二度目だな。なんて考えながら視聴覚準備室に行くと、桂樹さんは既に中で待っていた。

 夕陽で照らされたパーテーションの向こう側。いつもの映研部室は雰囲気バッチリで、桂樹さんは昼休みと同じく真っ赤な顔のまま、ボクのことをただじっと見つめている。

 丸眼鏡の下の彼女の表情は少し張り詰めた、それこそ漫画とかで見る告白前の乙女のようだった。


「あのっ」


 ボクが扉を閉めるなり、彼女は口を開いた。


「あの、私……そのっ」


 必至になって言葉を紡ごうとし、声を絞り出さんとする彼女の様子に、思わずちょっとドキドキしてしまう。

 ううん、これは本当にそうなのか……? ボクは告白されてしまうのか? いや大前提として、彼女はそもそも女の子いける人だったのか? だとしたらボクの周囲にセクシャルマイノリティがちょっと多くないか? レズビアン同士は惹かれ合うのか? 女子高特有のやつか?


 ぐるぐると思考を巡らせながら彼女を見る。スズの言う通り結構かわいげのある顔立ち。そんな彼女がボクに好意を伝えようと、持てる勇気を振り絞っている姿は、なんだか魅力的に感じられてしまう。


 スズにはああ言ったけど、もし今ボクがフリーだったら違った未来があり得たかもしれないのが惜しい。


「私、好きなんです――。由比先輩のことが」


「ごっ……へー、そうなんだ」


 あっぶねええええええ。『ごめんなさい』って言いかけたじゃないか。

 スズが変なこと言うからだよもう、恥ずかしい。桂樹さんみたいに顔が発火しそう。

 何がボクがフリーだったらだよあぶねえ。危うく生き恥を晒してしまうところだったよ。


「なので、桜木さんに教えて欲しいんです」


「う、うん。なにを?」


 落ち着け、冷静に冷静に。恋するオトメがボクなんかにアドバイスを求めてきている。

 恋愛相談なんて同好会の仲間どころか友達として信頼してくれている証だ。なんでも真摯に答えてあげよう。


「寝取りのやり方を!」


 なるほど、寝取りかー。うんうん、それは難しいよね。


「ごめんもう一回言ってくれる?」


「寝取りのやり方を教えてください!」


 残念。聞き違いじゃなかった。

 ガッツポーズを作りながら桂樹さんはがぐいぐい迫ってくる。

 寝取りって何? いや意味はわかるけど。そのような事実に心当たりが――ないこともないけど、でも他人に知られるきっかけはなかったと思うので今割とマジで心底背中が冷えている。


「えっと? ……ごめんなんでボクに聞くの?」


「桜木さん、法月さんから如月さんを寝取ったんですよね!」


 逆ゥ! いや逆だったとしても寝取れたわけではないし!

 どういう流れでそう思ったんだよマジで!?


「えっと、なんでそう思ったのかな……?」


「違うんですか? 私のクラスでは地獄の二股女が、相手の女同士がくっついてフラれたって噂が」


 桜木さんたちのことですよね! と、彼女は何故か自信満々だ。

 いやいやいやいや。

 学校内でスズに二股の噂があるのは知ってたけど、いつの間にかそんな風に歪曲してたのか!?

 あれか。マリちゃんがスズの目の前で僕にくっついてたのを見られたりしていたんだろうか。

 ああもう。どこから訂正しよう。


「とりあえずボクらに寝取り寝取られの事実はないし、スズの二股は継続中だよ……」


「えっ、恋敵同士のままなのにあんなに如月さんと仲良しだったんですか」


「寝取ってたとしたらボクとスズがいまだに仲良くしてるのおかしいだろ!」


 桂樹さんは「あっ、ホントだ~!」と両手を合わせて笑みを浮かべた。

 この子もしかしたら相当なア――。


「じゃあ、どうやったら二股にかけてもらえるか教えてください」


「アホか君は! アホなのか!?」


 言っちゃったよもう。ついによく知りもしない女の子を直接罵倒しちまったよ。

 くそう悪口なんて仲いい人にしか言わないからちょっと後悔してるのに桂樹さんは平然としてやがる。言われ慣れてるのか?


「っていうか由比先輩今の彼女さんと微妙な関係なんだから普通に新しい恋人になりに行けよ!」


「それを寝取りというのでは?」


「寝ずに取れよ! 初手からエロいことしようとすんな」


「エロ――」


 桂樹さんの顔が瞬間沸騰してまた真っ赤に染まった。


「――あの、桜木さんもしかして、性的行為を介さない略奪愛は“寝取り”とは呼ばない……?」


「寝てから言えって言うよね」


「ピ―――――!」


 桂樹さんは変な叫び声をあげてその場にうずくまってしまった。


 なんやねん。もう。



 その後桂樹さんが落ち着くまで5分かかった。

 ボクらは視聴覚準備室の奥の長机に並んで座り、何をするでもなく部室とそれ以外の空間を仕切るパーテーションをじっと眺めていた。


「ごめんなさい桜木さん私、撮影以外のことになると本当にバカで……」


「まあうん。ちょっと否定してあげられないかも」


 撮影の時カメラ以外のことをあんまりしゃべらなかったのも、部員じゃない僕らにこういう一面がバレたくなかったからなんだろうか……。


「それで、先輩との仲を取り持ってほしいんだって?」


「あ、えと。続けていいんですかその話」


 桂樹さんは丸眼鏡を上げてちょっとだけ流れていた涙をハンカチで拭き、首を傾げてボクの方を向いた。


「ワードチョイスがおかしかったり変な誤解があったけど、要するに恋愛相談したかったんでしょ、ボクに」


「あ、はい。是非二番目の女の成り方を」


「わざと言ってんなら帰るけど」


「間違えましたごめんなさい略奪愛を教えてください」


「はぁ……」


 思わず深いため息をついてしまう。

 折角頼ってくれたんだし、力になってあげたいとは思うけども……。

 なんか、いろいろと大丈夫かな、この子。

 ボクとしては由比先輩の支えになってくれる人に傍にいてあげてほしいけど――。


 ふと、撮影外でわりと真魚ちゃんのことを弄っていた姉分たっぷりの由比先輩が頭に浮かぶ。

 ……おバカの種類が違っても、なんやかんや由比先輩ならこの子のことも楽しんで弄りそうだな。


「っていうかどうして僕が()()()なのが分かったわけ」


「あ、すみません。私にみたいな人間にふさわしいのは二番目の方かなと思ったので……。別に桜木さんのことをいったわけでは」


「くっ」


 ボクも大概だな。墓穴を掘ってしまう癖があるのかもしれないな……。

 何でも自分が言われたと思うのはやめたほうがいいのかも。被害妄想なんだよね多分。


「つまり桜木さんは……。その、良いんですか? 二番目で」


「良いんですかも何も、今が一番バランス取れてるんだよ。マリちゃんは自分が一番なら他に女がいてもいいってタイプで、ボクは二番でもいいから側に置いてほしいってタイプ。それが奇跡的にかみ合って結構いい関係になってるの」


「じゃあ、もし如月さんが二番目でもオッケーだったら一番になりたい……?」


「そりゃなれるもんならスズの一番がいいけどさ……」


 でも現実はそうじゃない。

 三人で仲良くしたいと思っている限り、今の位置にいるしかないんだよなあボクは……。


「じゃあ私達、『一番になりたい同盟』ですね」


「嫌なんだけどその名前」


 ウッキウキだった桂樹さんは、ボクに否定された瞬間ガクッと肩を落とす。

 おバカだけど喜怒哀楽激しい感情豊かな子だなあこの子は。

 ホントに変わってる子だ。ボクの周りにはあんまりいないタイプ――そもそもボクは人づきあい自体が少ないけど。


「っていうかボク桂樹さんのこと全然知らないから、先輩に桂樹さんのこと何にもアピールできないよ」


「あ、はい。そうですよね……」


 ズーンと音を立てそうな勢いで暗く沈んでいく桂樹さん。

 そもそもこの子は由比先輩の事情についてどのくらい詳しいんだろう。

 映研の部員だし、ボクと同じかそれ以上のことは知っていると思うけど。


「由比先輩は卒業したら留学するって話は知ってるの?」


「あ、はい。遠距離恋愛になる覚悟はあります。メッセージアプリがあれば海外でも通話できますし」


「遠距離恋愛って大変そうだけど……海外ともなると会う機会なくなるでしょ」


「私、映像ディレクターになってハリウッドを目指します。そしたら将来一緒にいられますよね」


「ははぁ……それは、いいね」


 ずいぶんと高い目標だけど……それでも一応ちゃんと考えているんだな。

 荒唐無稽かもしれないけど、ボクは否定しない。

 スズが由比先輩の立場だったらボクも似たようなことを言っただろうから。


 三年生は文化祭が終われば部活引退で、先輩は卒業したらすぐ渡米。アメリカ(あっち)は学校が始まるのは9月からだけど、それまではお父さんの仕事を手伝いながら英語力の向上を図ると聞いている。

 告白するなら卒業までにしないといけないけど、先輩は映画が出来たら今カノさんと話し合うと言っていたし、そこでヨリを戻す可能性を考えると、告白までは迅速に動く必要がある。これは今のうちに彼女に伝えておくべきだろう。


「とりあえず、この後由比先輩の家に編集の手伝いに行くけど、いっしょに行く?」


「いいんですか!?」


 一転して、桂樹さんは目をキラキラさせて両頬を抑えた。


「一応確認はとるけど、カメラマンとして編集の勉強もしたいって言えば別に断ったりしないと思う」


「あ、ありがとうございます!」


 桂樹さんはスマホを操作しようとしたボクの手を構わず取って、嬉しそうにブンブンと大きく振った。

 うんうん。嬉しいのは分かるけどこのままじゃ先輩にメッセージ送れないぞ。



 そんなわけで、ちゃんと先輩の許可も取れたので二人して谷頭家にお邪魔することになった。


 しかしこの日の由比先輩はとりわけ重い作業にかかっており、とてもアプローチする雰囲気ではなかったので、ボクと桂樹さんは無駄な会話をすることなくしっかり編集の勉強をさせてもらって終わった。


 桂樹さんの恋も前途多難みたいだ。




―――




「それでは映画の完成を祝して――乾杯!」


 文化祭まであと四日と迫った日。

 クランクアップの日と同じく、ボクら六人は映研部室に集まり、ボクの音頭でジュースを突き合わせて乾杯をした。缶のサイダーを一気に半分飲んで、ぷはーっと遠慮なく息を吐く。


「ふふ、ちょっと張り切りすぎちゃったけど、何とか完成してよかったわ」


 部長は三徹したらしい。流石に張り切りすぎだと思ったので、この打ち上げが終わったら即行で帰ってちゃんと寝てもらう約束をした。


「幽霊のシーン、めちゃめちゃ怖くできましたね」


 桂樹さんも興奮気味だ。試写会は先ほどタブレットで済ませたが、本当に怖く仕上がっていてびっくりした。自画自賛になっちゃうかもだけど、演技以外は学生のレベルじゃない。カメラの桂樹さんと編集や特殊効果を作った由比先輩の功績が大きい。

 もちろん真魚ちゃんの演技も悪くない。当然ながら出演した三人の中では一番演技力が高かった。まあスズは幽霊で演技も何もないんだけど。

 

「後は先生と文化祭実行委員会のチェックを待つだけでしたっけ」


「ええ、今日の朝一番にデータを文倉先生に送ったから、早ければ今日の実行委員会でもう見ているかも」


 スズは自分の幽霊役が上手くいって上機嫌。由比先輩も三徹には見えないほど溌溂としている。

 映画撮影も編集作業も大変だったから、それが全部終わったかと思うと開放感が半端ない。まだ部長と今カノさんの問題とか、桂樹さんがいまだに告白できていないとか、個人的な問題は少々残っているけれど、今だけはうんと羽を伸ばしてもいいはずだ。


 ――ところが。


「スズっち! ネコっち!」


 視聴覚準備室の扉が勢いよく開いて、慌てて駆け込んでくる姿があった。


「のんちゃん? どうしたのそんな慌てて」


「大変なんだよ!」


 のんちゃんは必死の形相で、映研部室であるパーテーションの内側に入ってきた。


「野々宮さ……ま、待って……」


 少し遅れて、浅井さんが息も絶え絶えに入ってくる。

 けれどのんちゃん次の言葉が衝撃的過ぎて、彼女のことは一瞬でボクの認識から消え失せた。


「映画――このままだと上映できないかもしれない!」

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