よわよわリヴァイアサン
「ネコ、アンタ映研入ったの!?」
「うん」
その日の晩。いつも通りの二人での夕飯時。
ボクは由比先輩に入部届を提出したことをスズに報告した。
「……」
スズは、目と口をまんまるにして、呆けたようにボクの顔をじーっと見つめていた。
「……なに? ボクに見惚れてる?」
「……唖然としているのよ」
スズはため息をつき、小さく首を振った。
「のんと一緒に帰宅部を極めるはずだったアンタがねえ……。言っておくけど、同情で入部したんだとしたら感心しないわよ」
「確かに、半分は同情だよ。でももう半分は映画撮影が楽しかったから」
ボクは確かに先輩に同情し、先輩の居場所を守るために入部を希望した。
そこは素直に認める。でも、入部した理由はそれだけじゃないんだから、後ろめたいことではない。
「ふぅん……まあ、いいけどね」
「というわけで明日の放課後から由比先輩の家に編集の作業を勉強しにいくから。あと文化祭終わったらばあちゃんの店でバイトも始める。パソコン買うために」
ばあちゃん――九里りんさんは正確には母方の祖母の妹で、ボクの大叔母にあたる。
ちょうど駅前の商店街で『ふーでぃえ』という喫茶店をやっているので、お母さんに働かせてもらえないか確認してもらったところ、快くOKの返事が出た。
「行動力の化身なのアンタは! 映画撮影に誘ったのは私だけど、まさかそこまで入れ込むようになるなんてね……」
何が気に入らないのか、スズは頬杖をつきながら、半開きの目でボクをじとーっと見つめてくる。
「アンタって、ああいう人が好みなんだ。知らなかったわ」
「はあ?」
好みだぁ? ボクは由比先輩を尊敬しているだけですがぁ?
好みの女がいるから入部する〜って、スズじゃないんだから。
……って、あれ?
「え、スズ……嫉妬してる?」
「はぁ!?」
ぼふっ、と沸騰するような効果音がつきそうな勢いで、スズの顔が瞬間真っ赤に染まった。
「し、しっ、だ、誰が? はぁっ?」
おお、すごい。めちゃめちゃわかりやすく動揺している。
「ええ、マジで? スズが嫉妬? 嫉妬してるんですかぁ〜可愛いねえ」
ボクは席を立つと素早くスズの背後に回り、「このこの〜」と肩を掴んだりほっぺたをツンツンしたりした。
いつも嫉妬する側だったので初めての感覚だった。嬉しいって気持ちとスズに対する可愛いって気持ちとちょっぴりの優越感。嫉妬されるのってこんなに愉快なんだ。
大変珍しい現象なので、この際だから記念に全力で煽っておく。
「大丈夫だよ〜スズちゃん。ボクはスズちゃん一筋でちゅからね〜。今日も先輩にスズの話ししたら重い女って言われたからね〜」
後ろから抱きついて、ちゅっちゅーとほっぺたにキッスしてやる。
やりすぎたかな? と思ってスズの顔色を伺うも、真っ赤にしたまま俯いて目を瞑ってじっと耐えている。可愛いなこいつ。
はてさて珍しい現象すぎて怒らせるラインがわからない。いい感じのところで真面目な感じで愛を囁いて煽ったことを有耶無耶にしたいんだけど。
そろそろ引き際だろうか。なんてことを考えているうち、ふと疑問が浮かぶ。
「……っていうかマリちゃんが真魚ちゃんとくっついてる時とかは嫉妬しないのに、ボクにはするんだ?」
「――っ」
スズは目を見開き、ハッとしたような表情でしばらく硬直していた。
「スズ……?」
「し、してるわよ嫉妬!」
スズは腕を組んで、大袈裟に何度も頷いた。
「あれ? でもほら、撮影で時々マリちゃんがアドリブ入れて真魚ちゃんに抱きついたりした時も『おお〜さすが俺の茉莉也だこれで作品のクオリティが上がるぜ』みたいな反応だったじゃん」
「そ、それはそれとして嫉妬してたの。実は超嫉妬してた! それはもうリアヴァイアサンの如くよ。嫉妬の化身よ私は。嫉妬で無意識のうちに真魚を呪ってしまわないか逆に心配だったわ!」
そもそも嫉妬するスズがレアすぎるのもあるけど、とてもそうは見えなかったんだけどな……。
直近でマリちゃんに噛まれた時とかに嫉妬みたいな感情を見せたことあったけどそれもレアケースだし。
「それよりほら、バイトするのって九里さんの店でしょ? あそこ雰囲気いいわよね〜アンティークな感じで」
「う、うん……」
ええ、マジか。話題の切り替え方が悪魔的に下手だよリヴァイアサン。どうしたんだよスズ。
冷や汗を浮かべながら笑顔を張り付けるスズの姿が尋常ではなく、それ以上の追求は藪蛇かなぁと躊躇われた。
「ネコがバイトするなら、私も時々遊びに行こうかなぁ。マリやのんを連れて。あそこ勉強とかする時ちょうど良さそうだし」
「いいけど、ちゃんとお金払ってよ?」
仕方なくボクは自分の席に戻り、スズとばあちゃんの店の話をしながら肉じゃがの続きを食べ進めるのだった。




