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幼馴染でセフレのあの子はボクが先に好きだったのに!  作者: 星の内海
第三章 幼馴染のアイツはオレが先に好きだったのに!
32/60

占いが好きでも、占い師を好きになるわけではない

「はーい、文化祭実行委員会でーす。5分だけ時間ちょうだい」


 テスト明けの日の昼休み。

 実行委員ののんちゃんと、浅井さんが並んで教壇に立って、昼食に向かおうとしていたクラスメイトたちを呼び止める。


「えーっと。昨日の実行委員会でうちのクラスの出し物、この前のクラス会で案出してもらった中から執事喫茶に決定しました」


 のんちゃんの宣言に、クラスが湧く。約半分は「やったー! ヒューヒュー」といった賞賛と拍手。もう半分は「えーっ、メイドはー?」という落胆の声。落胆の声の中にはスズの声も混じっている。

 というのも、クラス投票ではメイド喫茶が一位で、執事喫茶は僅差で二位だったのだ。


「メイドについては……浅井っちお願いします」


「みんなごめーん! メイド喫茶だけで4クラスで競合してて! 私のクジ運がなかったばかりに!」


 浅井さんが教壇に両手をついて、大げさに頭を下げた。

 4クラスかよ。みんなメイド喫茶をやりたがりすぎだろ。


「でも今年の出し物、7割くらい『メイドなんとか』だから執事喫茶は目立つと思う!」


 ……この学校、どーなってるんだ?


「っつーわけで、競合の少ない執事喫茶でクラス大賞狙いに行きたいと思います。副賞のお菓子詰め合わせ目指して頑張りましょー」


 のんちゃんが拳を振り上げ、「うおおおおー!」と盛り上がる執事派。

 一方のメイド派も、「お菓子かー」「しゃーねーなやったるかー」と、一応のやる気を出してくれたようだ。


「そんじゃ、服レンタルするので身長と服のサイズのアンケ配りまーす」


 のんちゃんの説明と同時に、浅井さんがせっせとプリントを配り始めた。


「明後日までにあーしか浅井っちに提出ヨロでーす。今日の放課後からぽつぽつ準備はじめてくので、暇な人は手伝ってください。以上、アンケ受け取ったらお昼行っていいよー」


 プリントが行き渡ると、みんなお昼休みモードに戻っていった。

 のんちゃんも教壇から席に戻ってきて、カバンから財布を漁る。


「あーし浅井っちと学食行くけど、二人はおべんと?」


「お弁当」「今日は二人で食べるよー」


「うい、じゃあまた後でね〜。()()()()~。行こ~」


 のんちゃんは財布を手に、教室の出口へ。

 途中、浅井さんが合流し、のんちゃんの後ろをぴょこぴょこついていくような形で、二人は教室の外へ出ていった。


「なんか仲良くなったわね、あの二人」


 スズは二人を見送りながら、カバンの中からクリーム色の風呂敷に包まれた二段重ねの弁当箱を取り出して、机に広げ始めた。


「だね。やっぱり一緒に活動してると仲良くなっていくもんなのかなあ」


 クラスみんなの前では浅井っち呼びだったのが、二人っきりではレイっち呼びになってるし。


 僕はスズの前の席の山田さんの机を借り、回転させてスズの席とくっつける。

 代わりに山田さんはボクの席で他の女子と食べているので、次の席替えまでは持ちつ持たれつの関係だ。


「のんがクラスの一軍女子入りする未来は遠くなさそう」


一軍(レギュラー)いいなー、ボクも甲子園に連れてってくれないかな」


「あ、じゃあ勝負する? 南ちゃんの座をかけてどちらがより南か」


 まるで浅倉南が南極にいるような言い草である。


「ボクの家、南向きだよ」


「同じマンションでしょうが。南度は同レベルよ」


「じゃあがんばって習得するか。南斗鳳凰拳」


「私はターバンを巻いてアンタの足を刺すわ」


「南ちゃんへの想いがこんなガキすら狂わす……」


 ツッコミののんちゃんが不在の中、ボクらはひたすら二世代前のオッサンしかわからないようなボケでスベリ倒しながら、お昼ご飯を食べ進めた。

 ボケに飽きた頃、話はやがて、この間まで頑張っていた映研の撮影に移っていった。


「ボクらずいぶん長い間文化祭の準備をしていたけれど、本番はまだ二週間も先なんだね」


「そりゃそうよ。映画の編集は時間かかるし、上映する映画って一応先生たちのチェック入るの。もしダメな表現とかあったら差し戻して編集しなおしよ」


「うわぁ。厳しい……」


「まあ、由比先輩ならその辺うまくやるわよ。私もこれから暇になりそうだし、クラスの準備手伝おうかしら」


 スズの言葉に、あれ? と首をかしげた。


「スズ、オカ研は手伝わないの?」


「あー、ほら。あの映画、実質オカ研と映研の合同企画みたいなもんだったし? もう私はオカ研のほうはいいじゃない。的な?」


 そっぽを向いて頬杖を突くスズ。自分の失言に動揺してるのか? ほら目が泳いでいる。

 なんだろう。何か引っかかるな。もうちょっと突っ込んでみるか。


「オカ研はオカ研で何か文化祭の出し物をやるんでしょ? 副部長のスズがいないのは、困るんじゃないの?」


「それはほら、いろいろと込み入った事情が」


 スズはいよいよ挙動不審になり始めた。

 あやしい。


「もしかして、なんかボクに隠してる?」


「いや、隠してるって言うか、アンタは知る必要ないって言うか」


「スズ」


 彼女の様子に、ボクはあの映画撮影に何か裏があることを確信した。

 言いたくない理由があるのはわかるけど、そうやってはぐらかされるのも、気分が良いものではない。

 ボクはじーっ……と、合わせようとしないスズの目を見続ける。


「わかった、わかったわよもう。誰にも言わないでよ」


 観念したようにスズは目を閉じ、首を振り、ボクに顔を近づける。 口の横に手を添えて、ひそひそと話し始めた。


「実はね、この映画、最初は本当に映研とオカ研の合同企画だったの」


「……? そうなん?」


 本当ならオカ研全員が映画に参加して、もっと大規模な映画になるはずだった、ということだろうか。


「でもね、いざ企画を動かそうって段階で、ウチの部長と由比先輩が、大喧嘩しちゃって」


「ええっ?」


 あの由比先輩が、喧嘩……? オカ研の部長と?


「どうして?」


「……由比先輩、卒業したらアメリカに行くのは知ってる?」


「うん。本人に聞いた。カリフォルニア州、ロサンゼルス。ようは、ハリウッドのお父さんのところだよね」


「それを、ウチの部長には黙ってたらしくて」


「んん……?」


 ピンとくるような、来ないような。

 確かに大事なことだし、大切な友達にそれを秘密にされていたら怒るかもしれないけれど、仮にも部長同士が、そんなことで部員全員が関わる大事な企画を反故にしたりするだろうか。


「その……」


 スズはさらに声をひそめる。


「……二人、付き合ってて……」


「あっ」


 思わず大声をだそうになり、ボクはパッと口をふさぐ。


「そうなの!?」


 口を押えたまま、頑張って小声で叫んだ。


「……私も知ったのは夏休みの時だったんだけどね」


 つまり、友情のすれ違いとかじゃなくて、痴話げんかなのか……。


「ウチの部長、王子様系でしょ。ノンケの女子からの人気も高くてさ。喧嘩に乗じて、それはもう大騒ぎになってて」


「由比先輩も人気なんじゃないの? 占いで」


「それは先輩本人の人気って言うよりは、あくまで占いが良く当たるから……っていうか……」


 そう言い淀むスズ。ボクの心にはなんだかモヤモヤしたものが渦巻いていた。

 由比先輩は、「編集や特殊効果はすべて私が担当する」と言い、テスト後の二週間を一人で籠もって作業することにしていた。あの完璧なプロフェッショナル意識の裏側に、こんな痴話喧嘩という名の部内政治が隠れていたなんて。

 オカ研に由比先輩の味方は――ボクが想像していたよりも――ずっと少なかったのだろう。

 あの楽しかった映画撮影は、由比先輩にとって、妹との思い出作りだけじゃなくて、孤立した場所を忘れて頑張るための逃げ場になっていたんじゃないだろうか。そう思うと、胸がチクリと痛んだ。


『この映画の企画自体が私の私情から始まった』

 そう言っていた彼女の言葉の裏には、本当はどんな思いが秘められていたんだろう。


「……それで、私とマリは由比先輩の映画に協力したから、オカ研では私たちはヤガシラ派ってことになってて……ぶっちゃけ戻りづらいのよ」


 はぁ、とスズはため息をつき、頬杖をついたまま、窓の外、遠くを見つめた。


「ごめん、ボク、全然気付かなかった……」


「なんでアンタが謝るのよ。」


 こつん、とスズがボクの額を小突いた。


「別に、部内政治でも何でもない、ただのしょうもない痴話喧嘩なんだから。先輩たちが仲直りするか、文化祭終わって三年が引退したらしれっと部に戻るわよ私も」


「……」


「あーもう。アンタにそんな顔させたくなかったから言わなかったのに」


 何も言えなくなってしまったボクに向かって、スズは両手を伸ばして、ボクの頬をもみくちゃにし始めた。

 スズの両手が容赦なくボクの頬肉を寄せ集め、口元がタコみたいに尖る。


 こうやって、ボクの顔面をもみくちゃにすることで、ボクの頭の中に渦巻いている由比先輩への同情や、その裏にある部内の軋轢といった重い空気を、無理やり吹き飛ばそうとしているのだろう。彼女なりの、「アンタには関係ないから心配するな」というサインだ。


 意図はわかる。わかるけれど、この熱い手のひらの下で、由比先輩が抱えている孤独と、スズが守ろうとしていた秘密の重さが消えるわけじゃない。むしろ、ボクの目の前で、それを必死に隠そうとしていたスズの優しさこそが、今は一番胸を締め付けた。


 まったく、子ども扱いしてくれちゃって……。


 物理的な力で感情をねじ伏せるような、この強引なスキンシップこそが、まさにスズという人間そのものだ。そして、その強引さが、今、他の誰のドラマでもなく、ボクとスズがこの二人だけの空間にいるという、盤石なレギュラーの座を証明している気がした。その安心感と、顔の痛みと、知ってしまった秘密の重さがごちゃ混ぜになって、ボクはただされるがままになっていた。


「……アンタ、今日の放課後は撮影素材の整理手伝いに行くんでしょ? 由比先輩、助っ人のアンタに余計な心配させたくなかったと思うし……私から聞いたこと黙ってるのよ」

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