人生で一回はオタクに理解のあるギャルとカラオケデートしたくないですか
二日後、日曜日の午前10時ごろ。
結局昨日は、一日中部屋で寝ていた。
我ながら徹夜で聞き耳を立てるなんてアホなことしたと思う。こんなんで聞こえるならお母さんにスズちゃんとの関係バレてるだろうし。
今日はどうしようか……なんてことをゴロゴロうだうだウトウトしながら考えていると、突然お母さんの呼び声が聞こえてきた。
「祢子~。起きなさ~い。お友達来てるわよ~」
「フガ……?」
友達? 誰? スズちゃん?
ヤバい。今ちょっとマジで会いたくないかも。
でも居留守を使おうにも、お母さんは玄関で普通に応対しているみたいだ。
「部屋まで上がってもらうからね~」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
まだパジャマじゃんヤバい。
慌てて起き上がり、とりあえず箪笥から手近な服を引っ張り出す。
同時に、部屋のドアが勝手に開いた。
「ちーっす。お邪魔すんね~」
「ののの、のんちゃん!?」
のんちゃんが手をひらひらさせながら部屋に入ってきた。
放課後にしか遊ばないので、彼女の私服姿は新鮮だ。のんちゃんは肩にかけたミニショルダーバッグのチェーンを揺らしながら、部屋の中をキョロキョロと見渡している。クロップド丈のパーカーからはお腹が覗いている。ボトムスはカーゴパンツで、太もものあたりについたポケットがいいアクセントだ。
服の色味は全体的にモノトーンで統一されているけれど、ピンクのエクステと、耳元で揺れる大きなゴールドのフープピアスが、彼女らしいギャルっぽさを主張していた。
「ここがネコっちの部屋かあ。本棚でか。もしかして全部百合漫画とか小説?」
「そうそう……じゃ、なくて! ノックぐらいしてよ」
「ごめんごめん、ネコっちのお母さんが勝手に入っていいって言うから」
お母さんめ……娘のプライバシーを何だと思っているんだ。
心の中で毒づきながら、「着替えるから一旦出て!」とのんちゃんを部屋の外に押し返す。
「ごめんって。でもこうでもしないとネコっちあーしと会ってくれなそうだったからさ」
「別にそんなことないけど……」
着替えながら、ドア越しにのんちゃんとの会話を続ける。
ボクの服装といえばフツーのTシャツと着古してよれよれのパーカーとデニムパンツ。お母さんに買ってもらったもの3点セットだ。
さっきのバチバチに決めたギャル姿ののんちゃんを回想すると地味に悲しくなってきた。心は同じオタクのはずなんだけど、どうしてこうも違ってしまっているのか……。
普段は制服だから並んで歩いても別に気にならないのに……!
「はい、着替えたよ」
着替え終わった後、ボクは改めてドアを開け、のんちゃんを招き入れる。
「ここがネコっちの部屋かあ。本棚でか。もしかして全部百合漫画とか小説?」
「そこからやり直さなくていいから。……突然来るくらいなんだから、何か用があったんじゃないの?」
「そうそう。今日は大事な用があってさ」
と、のんちゃんはわざとらしく改まってこちらを向き直り、一言。
「デートしようぜ、ネコっち」
―――
「デート、って……」
突然のんちゃんからそんなことを言われて、困惑しながらついてきてみれば……。
「結局いつものカラオケじゃん!」
ボクらの放課後おなじみの店だった。
「いいじゃん。最近ネコっちと来てなかったし。フードのクーポン今日までだから使い切りたかったんだよね~」
「まあ……別にいいけどさ、今日は暇だったし……」
いつもは週末スズちゃんと過ごすけど、スズちゃんは昨日は茉莉也ちゃんとお出かけ。今日は連絡を取っていないので何しているのかも知らない。
「あーし、ネコっちが好きな百合アニメの曲練習してんだ~。勝負しようぜ」
「おっ、やるかぁ~? 言っとくけど、ボクそれしか歌ってないからね! 自信あるよ?」
「よーし! じゃあ三本先取ね! 先攻あーし!」
のんちゃんが曲を入れる。
今期アニメの中でも人気上位、覇権候補とか言われているアニメのOP曲だ。
「~~♪ ~~~♪♪」
いつも二人でカラオケに来ているボクにはわかる。練習したというだけあって、いつもより上手い。
最近流行りの、人間が歌うことを想定していないレベルでハイテンポな曲だが、のんちゃんはリズムを崩すことなくよどみなく歌いきる。
88点!
「むう、90いかんかったか」
「ふっふっふ……甘いよのんちゃん! この曲は、こう歌う!」
同じ曲を既に予約済み。次はボクのターンだ。
こういう曲は勢いに任せるに限る。どうせテクニックではプロにかなわないのだ!
思い切りが大事!
89点!
「負けたー! っでも接戦じゃん!」
「くう、難易度の高い曲はこれだから……! でも次も勝つよのんちゃん!」
その後もボクらは一進一退の攻防を繰り広げ、ラスト五曲目でギリギリボクが上回った。
「勝った~!」
「くっそー惜しかった。あとちょっとだったのに」
「まあ今回はボクの土俵だったからね。次やる時はエニプリとかプロアイのキャラソンでいいよ」
「言ったな~、次はボコボコにしてやっから」
のんちゃんは二カッと笑って人差し指をびしっとボクの方に向けた。
「それじゃ、敗者はドリンクバー汲みに行きますか。コーラでいい?」
「お願いしまーす。じゃあその間フード頼んどくね」
「はーい。適当に頼んどいて~~」
二人分のコップを手に、のんちゃんは部屋を出た。
ボクはその間に端末でポテトと唐揚げ、たこ焼きを注文する。
(……楽しいな)
ふう、と一息つく。
友達はいいものだ。昨日までのモヤモヤが、今はすっかり晴れていた。
我ながら現金なものだと思う。けれど、本当にありがたかった。のんちゃんがもし来なかったらボクはまた部屋でウジウジ引きこもってウジ虫になっていたに違いない。
やがて、のんちゃんがドリンク両手に帰ってきたので、ドアを開けてあげる。
頼んだフードが来るまで、二人とも勝負関係なく好きな曲を入れて歌った。
フードが来ると、のんちゃんは推し声優の曲を連続で入れた。いつもの推し活だ。
はふはふ、とボクがアツアツのたこ焼きと格闘していると、のんちゃんが不意に口を開いた。
「ネコっちってさ、スズっちのこと好きだよね」
「ヴェッ」
ボクは不意をつかれて、ボクは口の中のたこ焼きをまるまる飲み込んでしまう。
喉が焼ける感じがして、慌ててコーラを飲んで、さらに炭酸でむせて死にそうになった。
「ゲホゲホ……な、なんですかいきなり」
思考が混乱してなぜか敬語が出てしまう。
「だってさあ。最近のネコっち見るに堪えないじゃん。はたから見たらスズっちに彼女出来たのがショックだったって誰にでもわかるよ」
「それは――」
否定しようとしたが、のんちゃんがいつになく真剣な表情で見てくるので――。
「――そう、だけど」
――正直に答えるしかなかった。
「やっぱな~~」
ボクの返事に、のんちゃんが軽く頭を抱える。
「前ここで話したとき、ネコっち、スズっちとは仕方なく別れたって感じだったし」
「むう……」
確かに、スズが浮気したから、としか言ってないけれど。
「まあでもこれは、あくまであーしの感想だからまっすぐ受け取らないでほしいんだけど」
のんちゃんは何か決心したかのように、まっすぐボクを見つめて口を開いた。
「相手に原因があるとはいえ自分からフッといて、相手に彼女が出来たらやっぱり好き! ってのは、都合のいい話だと思うんですよ」
「ぐう」
言葉のナイフがボクの胸に深々と突き刺さる。正論が時に人を殺すということを、今実感を持って理解した。ぐうの音が出た。
「それは……そうかもだけど……」
「ショックなのはわかる。でも、そんな好きなら手放すべきじゃなかったんだよ。浮気されたらスズっちが『もうしません』って言うまでブン殴るべきだったんじゃね。思うに、スズっちとそういう喧嘩したくなかったんでしょ? 親のこともあるから」
またしても図星だ。
「それは……うん。喧嘩が原因で親にもし付き合ってるのバレたら……っていうのも怖かったし……」
「まあ、そこはあーしには実感ができないとこだね。女同士で付き合ってるのが親にバレるのが怖い。言われてみりゃそうだ」
言いながら、のんちゃんはポテトを三本つまんで口の中に放り込んだ。
「まあ、過去のことはこんくらいにしとこう。これからネコっちがどうすべきか、だよね」
「……どうしたらいいの?」
「奪いとりゃいいじゃん」
「……むぅ」
予測外ではなかったが、なかなか首を縦に触れる回答でもなかった。
スズちゃんの今の幸せを壊したくない気持ちは間違いなくあるんだ。
「あのね、ネコっち。あの浮気性のスズっちの交際がそんなにもつと思う? あーしの見立てだと、一年もたんと見たね」
「そうかなあ……?」
「まあなんかの間違いでスズっちの高校卒業まで続いたとするよ? かたや人生の夏休みに突入した遊びたい盛りの大学一年生、かたや受験で地獄のように忙しくなる高校三年生。必ずどっかで綻びが出る。だいたい、男女の交際だって高校生から大人まで長続きしない場合が多いんだから」
「それは……」
そうかも……と思う。
「じゃあ、どうすれば……」
「ネコっちの特権は、お隣さんで幼馴染、仲良しの大親友だろ。こんな有利な条件聞いたことねーわ。今の関係を維持してたら、いつかつけ込めるスキが生まれる。ケンカとか、ちょっと疎遠になった時とか。そこを搔っ攫っていけば楽勝よ」
「なる、ほど……?」
「スズっちチョロいんだから、ネコっちがその気になって押せばいける」
……まあ。確かにあいつはチョロい。
そうやってじっくり戦っていけばいいのかもしれない。
のんちゃんの言葉を聞いていると、なんだか僕もまだまだ捨てたものではない気がしてきた。
お腹の中に熱いものがこみあげてくるのを感じる。さっきのたこ焼きかもしれないけど。
そうだ、ボクはスズちゃんのお隣さんで、幼馴染で、大親友で、しかもセックスフレンドなのだ。
あんなぽっと出の後輩に負けるわけがない。今は負けているとしても、最後に勝てばいい。
「わかったよのんちゃん……ボク、頑張る。最終的にスズちゃんがボクの隣にいたらそれで勝ちだもんね」
「ヨシ、今日イチの笑顔出来たじゃん。そうと決まったら」
のんちゃんがマイクを一本、ボクに手渡した。
「うん。今日はトコトン歌いつくすぞー!!」
こうして、ボクらはアニソンや流行りの曲、とにかくテンションが上がりそうな曲を喉がぶっ壊れるまで歌いまくった。
―――
「フゥ……」
その日の夜。いつも通りボクはスズちゃんの家に晩御飯を運びに来た。
「とにかく関係を維持すること……わかったよのんちゃん……!」
ちなみにのんちゃんはあくまで一般論の話をしていたんだけど――まず僕らがセフレなことまでは知らないし――この時バチバチにテンションが上がっていたボクはすっかりやる気に満ち、すべての関係性を今まで通り維持する気になっていた。




