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幼馴染でセフレのあの子はボクが先に好きだったのに!  作者: 星の内海
第三章 幼馴染のアイツはオレが先に好きだったのに!
27/60

おいでませ映画研究会

 万博記念公園のスポーツ施設に行ってから少し時が過ぎた。


 暦の上では秋なのにまだ全然暑い。にもかかわらず、ボクの学校では放課後の教室のエアコンはさっさと切られてしまう。

 夕方の窓際の席。開放した窓からはグラウンドにいる運動部たちの喧騒と、むわっとした熱気が入ってくる。

 スズが部活に行くまでのわずかな時間。いつものごとく三人で駄弁っていると、珍しく同じクラスの浅井レイさんが声をかけてきた。


「おーい、窓際組~。文化祭実行委員会の時間だよ。野々宮さん借りていくから」


「あ、マジ? ごめんネコっち、今日一緒帰れないわ」


 のんちゃんは慌てて自分の席に戻り、机の上に置きっぱなしだったペンケースやノートをカバンに詰め込んでいった。

 この間のクラス会議で、のんちゃんは自分から文化祭実行委員に立候補したのだ。理由を聞いてみると『ちょっと青春ぽいことしたくなった』とのこと。彼女にしては珍しい。何らかの心境の変化でもあったんだろうか。


「いいよー。じゃあ、また明日ね、のんちゃん」


「ういー、また明日。二人とも」


「法月さん、桜木さん、また明日ねー!」


 浅井さんは快活な笑顔を浮かべ、手を大げさに振りながらのんちゃんと共に教室を出ていった。

 彼女は誰にでも分け隔てなく接することのできるクラスの良心。スーパー陽キャだ。

 みんなめんどくさがってやらない文化祭実行委員なんかも、のんちゃんと同様に自ら手を挙げることのできる聖人である。


 ……ボクらがいつも窓際で駄弁ってるからって窓際組呼ばわりはどうかと思うけどね。浅井さんだから成り立ってるけどギリギリ悪口じゃない? 窓際組。


「青春ぽいことしたい……かぁ……」


「なに、青春したいの? ネコ」


「そりゃ高校生だし? ちょっとは憧れるじゃん」


「でもアンタ、普通の高校生よりは青春してるじゃない。こんな可愛い彼女がいるのよ? ご不満?」


「……」


 スズが渾身のキメ顔しながら両手の親指で自分を指す。


 ……本人としてはボケたつもりで、ツッコミ待ちなんだろうけど、それならそれでもうちょっと変顔してほしい。


 夕日に照らされたスズのキメ顔、だめだ普通にメロい。クッソ可愛い。

 カラスの濡れ羽色の髪は夕焼けのオレンジによく映える。

 切れ長の目。すっと通った鼻筋に、彫刻のような輪郭と、桜色の唇。

 最近はマリちゃんにばかり可愛い可愛い言ってるけど、ほんとはコイツが一番可愛い。


 パパとママの遺伝子には自信がある。なんて豪語する通り、マジで顔はいいんだよなコイツ。

 スズの好きなところをいくつか挙げろと言われたら顔は必ず入る。

 昔から見ている馴染み深い顔だけど、3日経とうが10年経とうが飽きない。顔が天才とはこのことか。


 もちろん人間顔が全てではない。けれど、誰にでも優しくて、ボクのこともよく気にかけてくれるいい人が顔も好みだったら、そりゃ好きになるに決まってる。

 本質はスズ自身も寂しがり屋で、ただの八方美人にすぎないのかもしれないけど、ボクは人生を何回やり直してもスズのことを好きになるって確信がある。


 ……いかんいかん。なんでもない日常のワンシーンでメロつきすぎだぞボク。

 多分、のんちゃんが去って、久しぶりにスズと教室で二人きりというシチュエーションがボクをおかしくさせているに違いない。


「……これで二股してなけりゃ最高だったよ」


「ぐぅ」


 僕の言葉の槍がクリティカルヒットして、がっくりと机に突っ伏すスズ。


「一応言うけど、半分は2号でもいいとか言ってきたアンタのせいよ……?」


「はいはい、2番目でも愛してくれてうれしいよ」


 ……わかってるよ。その共犯関係に、ボクはきっと酔いしれてるんだから。


 スズの頭を軽く指でつつきながら再び窓の外を見ると、グラウンドでは陸上部がアップを始めていた。

 普通の青春、そういえば全然経験ないかもしれない。

 スズの言う通り、二股されてるけど好みの可愛い彼女がいて、彼女の本命とも関係良好で、おまけに三人で()()()()()()もしたりして、結構リア充しているとは言える。

 けど、果たしてこの変なトライアングルを()()()青春と呼んでいいものか。


「いやあ、三人でやることやってるのは普通の青春じゃないよ。エロ漫画だよ」


「あれね、青い春じゃなくて性の――」


 言わせねーよと、スズの頭に強めに一発お見舞いする。


 いい機会だし、本格的な準備期間が始まったらちゃんとクラスのみんなを手伝ってみたりしようかな。

 文化祭とか、普通の青春っぽいし。


「もう、今日のネコは暴力的ね」


 ボクが殴った場所をさすりながらスズが体を起こす。


「スズがいつもよりバカなこと言うからだよ」


 本当はメロついてたのを誤魔化したいからなんだけど……。そんなこと言うと調子に乗るのはわかりきってるので黙っておく。


「まあまあ、そんな青春コンプレックスをこじらせ始めたネコさんに実はいい話があるんですよ」


 わざとらしい揉み手に、胡散臭い商売人みたいな笑みを浮かべるスズ。

 なんか嫌な予感がするけど、一応聞いてみるか。


「なに?」


「映画、撮りたくない?」




 ―――




 その後、スズに促されるがままにたどり着いたのは、彼女が所属しているオカルト研究部ではなく、映画研究会の部室だった。


 どうやら文化祭で上映する映画撮影の助っ人を頼まれたらしい。

 人手が足りてないので、今日した青春云々の話は関係なく、元々帰宅部で暇なボクも誘うつもりだったそうだ。


 スズがドアをノックして、『失礼しまーす』と部室の中に足を踏み入れる。映研らしく、視聴覚準備室の一角を間借りしているとのこと。

 パーテーションで区切られた部屋の奥に、よくある木製の三人掛け長テーブルが二つくっ付けてある。


「スズ先輩! ネコ先輩~!」


 いちばん手前の席に座っていたマリちゃんが、ボクらが入ってきたことに気づいて振り返り、にこやかに手を振ってくれている。


「げっ」


 その正面の席には、めっちゃ嫌そうな顔の真魚ちゃん。


 真魚ちゃんの隣には、丸眼鏡をかけたお下げ髪の女の子が座っている。お互いにぺこり、と軽い会釈を交わした。二年生のリボンをしているが、知らない子だ。別のクラスだろう。


「ふふ、いらっしゃい。よく来てくれたわ」


 眼鏡の子の更に隣、ボクらから見て一番奥の席に鎮座しているのは、3年B組の谷頭(ヤガシラ)由比(ユイ)先輩。

 オカルト研究部所創設者の一人にして、映画研究会部長を兼任している、真魚ちゃんの『ねーちゃん』。


 スズがこの学校に入学してから三人目に告白して玉砕した人。

 そして、マリちゃんがオカ研に入部するきっかけとなった、占いが得意で後輩たちから大人気の、あこがれの先輩。


 ……あれ? もしかしてこの人、今日初めて出会うけど、ボクとの因縁は結構深いのでは?


 なるほどスズ好みの大人のお姉さん系な人だけあって、妹とは180度違う落ち着いた印象。

 真魚ちゃんと同じく色素の薄い髪はウェーブがかかっており、柔らか。

 髪の下には深淵を思わせる黒い瞳。西洋の絵画のように整った顔立ちは、儚さとミステリアスさを同居させている。


「桜木祢子さん。法月さんから伺っています。ご協力に感謝いたします」


 ボクとスズが席に着くのを待って、由比先輩は立ち上がって深々とお辞儀をした。

 堂々とした佇まい。落ち着いていて、ゆっくりとしたしゃべり方には品格さえ感じる。


 スズがオカ研の裏ボス、フリーダムな女王バチと評していたのを、ボクはほんの少しずつ理解し始めていた。


「改めて、映画研究会部長の谷頭です。まずは、部員を紹介するわ。私の隣にいるのは副部長でカメラ担当の桂樹(カツラギ)さん」


「か、桂樹晶子(アキコ)です。よろしくお願い致します。この度はわれわれ映画研究会にご協力いただきますことを誠に、お、お礼申し上げます」


 桂樹さんも立ち上がって。たたみかけるような早口で、ボクに向かってたどたどしくお辞儀をした。

 この人はけっこう人見知りするタイプなのだろう。頬はほんのり赤く染まっていて、顔を見ようにもぜんぜんこっちと目を合わせてくれない。ずっと俯いている。


「それから私の妹で()()担当の真魚」


「……()()担当の谷頭真魚。ネコセン、久しぶり……」


 真魚ちゃんは座って憮然としたまま、軽く手を振った。

 彼女が姉に苦手意識を抱いていそうな理由の片鱗が垣間見えた気がする。こんな丁寧な人なのに、妹の扱いになるとなんだかものすごい雑さがにじみ出ていた。

 インターネットで時々見かける()()()()のようなものを感じる。


「えーっと。スズ……じゃなくて法月さんに誘われてきました。桜木祢子です。よろしく」


 正直言うと軽く見学だけのつもりだったが、真魚ちゃん以外は歓迎ムード。『やっぱ帰ります』とはなんとなく言い伝い雰囲気。

 まあ、ちょうど青春ぽいことしたいと思っていたし、スズやマリちゃんがいるなら、それなりに楽しくやれそうな気がするので、このまま参加してしまうのも吝かではないか。


「桜木さんは……如月さんとも知り合いなのよね。」


「あ、はい。友達です」


「マヴですよね、ネコ先輩」


 マリちゃんがにっこり笑って両手を合わせ、真魚ちゃんがじっとりした目でこっちを見てくる。

 相変わらず最近のマリちゃんは距離が近い。今は物理的にくっ付いてきたりしないが、心の距離という意味で。

 地獄の観覧車の再現が起きませんように……とお祈りしておこう。


「では、紹介は割愛しましょう。ふふ、これでようやく本格的な活動が始められそうです」


 はじめて来たボクのために、先輩は今回の経緯を語り始めた。

 簡単にまとめると、映画研究会は先輩が一年の頃にオカ研とほぼ同時に発足させた同好会だが、部員が全く集まらず、文化祭への参加もできなかったらしい。

 それでも去年桂樹さんが入部し、今年真魚ちゃんを(無理やり)入部させ、これまたオカ研と兼任の顧問も獲得して、今年は何とか文化祭への参加が認められた。

 しかし映画を撮るにしてもまだ人手が足りないので、今年は新入部員が殺到し人が溢れ気味だったオカ研からスズとマリちゃんを引っ張ってきたという。


 スズもオカ研では副部長のハズだが……その辺は大丈夫なんだろうか。

 まあ、当人が乗り気だから問題ないのだろう。


 とにかく、そのスズがボクを引っ張ってきたため、これでメンバーは6人。映画を撮るって言われたらまだまだ心もとない人数だが、あまり広くない視聴覚準備室にこれ以上集まると狭そうだ。

 ちょっとした短編を撮るくらいならちょうどいい人数なのかもしれない。


 それから、ざっくりとどんな映画を撮るか、方向性の打ち合わせが始まった。

 実質的にオカ研と映研の合同企画のようなものなので、映画の内容は10分のホラー短編映画に決まった。


 スズは低予算でできるPOVを提案したが、その時桂樹さんが『ピッーー』と変な悲鳴を上げた。


「POV、良いと思うのだけど……問題が一つあるの」


 由比先輩が困ったような笑みを浮かべ、桂樹さんの頭を撫でる。

「あぁ……うぅ……」と、撫でられた桂樹さんははまるで解けるように机にうずくまっていく。なんというか、ただの人見知りじゃなくて、結構変な人かもしれない。


 POVとは「Point Of View」の略で、最近流行りの撮影方法の一つだ。いわゆる一人称視点。

 撮影しているカメラマンを一人の登場人物として展開する主観映像で、見る人にその出来事を追体験させる臨場感と緊張感があるという。


「カメラは桂樹さんの私物なの。高価なものだし、彼女にしか扱えない。当然、POVなら彼女がカメラを持って演技もすることになるのだけど……」


「むむむ無理です! カメラを持って演技なんてとても! 死んでしまいます!」


 桂樹さんは机に零したスライムみたいになりながら叫んだ。

 すごいな、猫が液体みたいにどこでも入れるのは知ってるけど、人体もこんな融解するみたいに柔らかくなるんだ。


 ともかく、スズ案のPOVはカメラマンの問題で無理だろうということだった。

 ボクはそもそもホラー苦手なので見たことはないのだが、一人称視点の映像となると、やっぱり撮り手の演技力も求められるのだろう。


 そんなわけで、夜の学校をテーマにしたストーリー性のあるホラー短編に決まった。

 脚本は事前に先輩からオファーを受けていたらしく、スズが担当する。


「お任せください! これまでホラー映画ばっかり見てきた経験をバッチリ生かしますよ」


 スズは自分の胸を叩いた。

 なるほど、妙に張り切っていた理由はこれか。

 彼女はオカ研のブログでホラーの映画レビューばかり投稿するほどのホラー映画好きだ。

 自分で作ることに、何かしらの憧れがあったのかもしれない。


 そんなこんなで、この日は解散となった。


 ホラー映画は苦手だけど、映画の作り手側に回るのはきっと貴重な経験だ。ボクも興味がある。何より、学生の創作レベルならそこまで怖くはないだろう。

 同じくホラーが苦手なマリちゃんも参加しているので、なんの問題もないハズ……。


 そんな油断は、翌日には粉々に粉砕されることになる。


 何故なら、創作にはインプットが重要であることを、このときのボクは理解していなかったから。

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