対決! 前編
そんなこんなで土曜日。
ボクらは4人で、万博記念公園にあるスポーツアミューズメント施設、『Versus!』に訪れていた。
4人というのはつまり、ボクとスズとマリちゃんのいつもの3人プラス、真魚ちゃん。
「へぇ~、こんな施設あったの知らなかったわ。結構面白そうね」
珍しくパンツルックのスズが、施設の案内看板を興味深そうにしげしげと眺めている。いつもフェミニンな格好をしているので、こんな姿の彼女を観るのはとても新鮮だ。
っていうかハチャメチャに似合っている。「好みじゃないんだケド」と難色を示すスズに対し推して推しまくったのんちゃんに感謝だ。
ボクとスズは夏休みにのんちゃんに選んでもらった服装で来ている。テーマは『運動不足解消のためのスポーツの秋コーデ』で、この施設にぴったり。
スズは浅いグレーのショート丈フーディに、黒のジョガーパンツ。足元は白ベースのスニーカー。
フェミニンを封印した上品スポーティ。良い。
ボクはといえばカーキ色のゲームのロゴ入りのTシャツのに、タートルネックのシアーシャツブラウスを重ね着。ボトムスはチャコールグレーのイージーパンツ。スニーカーはスズとおそろいのやつにした。
正直着られている感半端ないが、他人からどう見えているかはのんちゃんを信じる。
「それにしても、まさかネコ先輩が真魚と知り合いだなんて知りませんでした」
スズの後ろで、一ミリも疑いの色無く朗らかな笑みを浮かべるマリちゃん。
今日のコーデは、暖かみのあるミルクティーベージュのショートスウェットに、ボルドーのチェック柄キュロットパンツ、足元はクリームイエローのダッドスニーカー。
うん、ボクのセフーーライバルは今日も最強にかわいい。
「ああ、うん、ボクも驚いたよ。まさかマリちゃんのお友達だったとは」
極力、わざとらしくならないように声のトーンを抑える。
『お膳立てをする』などと言ってしまったが、べつだん演技力には自信ないんだよなボク。
「いつ仲良くなったんです?」
「まあ、最近。こないだ? ちょっといろいろあって……ね、真魚ちゃん」
「……ウス。ネコ先輩」
ディープネイビーのオーバーサイズロゴスウェットと、ブラックのテックカーゴパンツ、黒のトレーニングシューズに身を包んだ今回の元凶、真魚ちゃんはちょっと離れた場所から控えめに頷く。
例の体育館裏での一件のあと、ボクは真魚ちゃんと連絡先を交換し、彼女の話を通話やメッセージで聞くだけ聞いてみた。
聞くところによると真魚ちゃん、最近はマリちゃんと遊びに行くことも出来ていないという。新学期が始まってからも教室で二言三言会話するだけなんだとか。
夏休み中は大抵ボクら三人で遊んでたから、さもありなん。
真魚ちゃんがマリちゃんにアプローチをかける以前に、まずは接点を復活させる必要があると来た。
そこで、とりあえず真魚ちゃんとマリちゃん含めたグループを作って遊びに行こうと一計を案じたのだ。
真魚ちゃんが用意したこの施設のチケットで、ボクが「友達に誘われたんだけど2枚余ってるんだ。一緒に行かない?」と、スズマリを誘った。
真魚ちゃんが自分で誘えばいいのに回りくどい。とは思う。
偶然の再会みたいなのを演出しつつ、この施設でスズと直接対決してマリちゃんにいいところを見せたい! なんていう魂胆もあるらしい。
お膳立てはすると言った以上、このくらいはやってあげるのが人情。
演出したにしては、真魚ちゃん見たときのマリちゃんの反応「あれ? 真魚?」って感じでわりと薄かったけどね!
しかも最初誘ったとき、ふたりとも全然乗り気ではなかった。
まあ当然だよね。こんな特殊な三角関係に何も知らない一般人を巻き込んだらその人が可哀想すぎる。ボクだってそう思う。
ボクは何とか「今回はあくまでふたりともボクの友達という体で!」と2人を説き伏せようと試みた。
スズちゃんはせめて、とのんちゃんも呼ぼうとしていたけれど、そこはあらかじめ裏で手を回してのんちゃんには「バイトだから」と断ってもらった。
最終的には「ホラ、ボク他に友達いないし……」と同情を押し売りして何とか2人に了承してもらった。
全く、どうしてボクがここまでしなきゃいけないのかという気にもなってくる。感謝してよね。
「ここの施設、対戦型のアクティビティばかりなんだ。せっかくだからチーム分けしない?」
「オッケー、じゃあ私は谷頭さんと組むね」
「あえっ!?」
ボクの提案に、スズはノータイムで真魚ちゃんの肩を叩いた。真魚ちゃんはマヌケな声を出してスズを見やる。
あー、まあ、こうなるよね。
例えばボクとスズとマリちゃんでレストランにきて、四人掛けのテーブル席に案内されたとする。
最近のスズは必ずどっちかの正面に座って、横並びになるのは必ずボクとマリちゃん。
映画館とか三人横並びになれる状況ならスズが真ん中に座るけど、電車のボックスシートとか、二組に分かれざるを得ないとき、スズは一人になり、ボクとマリちゃんで組むという暗黙の了解がボクらの中にできている。
どっちかに偏らせない、彼女なりの配慮だと思うんだけど、真魚ちゃんにとっては裏目に出ちゃったな。
「頑張りましょうね谷頭さん! というか、真魚ちゃんでいい? 由比先輩の妹さんでしょ?」
「え、あの、オレは……えっ、ねーちゃんの知り合い?」
「もちろん。お姉さんオカ研の三年でしょう? いつもお世話になっております」
スズの丁寧なお辞儀を見て、真魚ちゃんが目を丸くする。
「それに、あなたのこと、マリからよく聞いているわ。カッコいい幼馴染がいるって。あなたのことよね」
「え、カッコ、え?」
おうおういっちょ前に顔を赤らめてるんじゃないよ。
「私も仲の良い幼馴染がいるのよ。そこにいるネコのことなんだけど。フフ、偶然ってすごいわね。あなたとは仲良くなれそうで良かった」
「あ、はい、よろしくっスーー」
スズは目を白黒させる真魚ちゃんの手を取ってブンブンと握手する。
いや距離の詰め方エグいな。陽キャか?
ホントは仕込みなんだけど運命みたいなものを感じてしまってハイになっているらしい。ちょっと罪悪感あるな。
一方真魚ちゃんはさっきからすごいコミュ障発揮してるし。ボクを校舎裏に呼び出して別れを迫ったバイタリティーはどこへやった。
「ネコ先輩! 私たちも頑張りましょうね!」
と、マリちゃんは無邪気な猫みたいにボクの腕に抱き着いて頬をすりすりしてくる。
いや君の彼女ボクじゃなくてそっちにいますけど?
なんか夏休み終わってからこっちマリちゃんからボクへの距離感もバグってるんだよな。ああほら真魚ちゃんがすごい目でボクを見てくるよ気づいて~。いやバレたら不味いんだ気づかないで~。
―――
受付を済ませ、最初に選んだのは三次元卓球。
普通の卓球台の代わりに、二人分の上半身がすっぽり入りそうな筒状の卓球台が置いてある。真ん中にはネットの代わりに円形の透明ガラス。
これがまた難しい。ピンポン玉は筒の中を縦横無尽に駆け回り、弾道の予測はほぼ不可能。
ラリーを続けるどころか一発撃ち返すだけでも至難の業だ。
ボクとスズ、真魚ちゃんとマリちゃんでそれぞれの台に並んだのだが、難しすぎて勝負にならない。
得点ボードが置いてないわけだ。このゲームの肝は相手に勝つことじゃなくて、いかにうまく打ってラリーを続けるかなんだろう。
いきなりコンセプトが崩れたが、まあこれはこれでいいか。真魚ちゃんとマリちゃんで遊べてるわけだし。
「ほっ。お、返せたわよネコ!」
「はいよっ! スズ!」
だんだんコツを掴んできたボクらは、3回4回とラリーを続けていく。卓球台はカラフルにライティングされて、非日常感が濃くなってきて楽しい。
「あはは。結構面白いじゃない」
「だね……っと、でもめちゃめちゃ難しいよこれ」
打ち損ねて転がったピンポン玉を追いかける。そういえばマリちゃん達はどうかな、と拾い上げながら彼女たちの様子をうかがう。
「それっ」「ぐえっ」「それっ」「ぐえっ」「それっ」「ぐえっ」「それっ」「ぐえっ」「それっ」「ぐえっ」「それっ」「ぐえっ」「それっ」「ぐえっ」「それっ」「ぐえっ」「それっ」「ぐえっ」
「いやなんでニンジャスレイヤーみたいになってんの?」
マリちゃんの打ったピンポン玉は、ことごとく真魚ちゃんの体のどこかに命中して帰ってゆき、それをまたマリちゃんが返し……という地獄の無限ラリーが繰り広げられていた。それなんて拷問?
「マリちゃん、いじめは良くないよ……」
「違うんですよネコ先輩! 真魚と卓球やるといつもこうなるんです!」
手を振って弁明するマリちゃん。
そんなわけないだろと言うと、「なら先輩が試してみてください」と言うので、マリちゃんと立ち位置を交代する。
もしかしたらマリちゃんは最初から全部気づいていて、真魚ちゃんにお仕置きをしていたのかもしれない。
ごめんなぁボクが演技力のないばかりに。
などと考えつつピンポン玉を打つ。
オレンジ色の玉は筒の中で乱反射し、吸い込まれるように真魚ちゃんの顔面へ。
「ぐえっ」
「えぇ……?」
帰ってきた玉をもっかい打ってみる。
また今度は肩にヒット。
「そんなことある?」
もっかい打つ。
そして真魚ちゃんの動きをよく観察する。
よく見ると、真魚ちゃんはなんと玉を完全に眼で追っていた。
すさまじい動体視力で玉を追いかけ、だが悲しいかな、腕の動きが全くついていけてない。
だがとにかく球を落とすまいと全身で食いついているおかげで、体のどこかには当たるのだ。
真魚ちゃん、キミは全身ラケット人間だ! 普通に反則だと思うけど。
「キミは新しいタイプの運動音痴?」
パワーがある。目もいい。絶望的に動きがカス。
そんなんでよくこのスポーツ施設チョイスしたなキミ。
「ぎ、技術いらない運動ならできますし」
真魚ちゃんの目はめちゃめちゃ泳いでるのであった。大丈夫かコイツ。




