幼馴染のアイツはオレが先に好きだったんですけど!?
「先輩! お願いします!」
拝啓、刺激的な夏休みが終わり、残暑の暑さが早く抜けてほしいなと感じる今日この頃。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
ボク――桜木祢子は今――
「茉莉也と別れてください!」
――盛大に誤爆されています。
―――
夏休みが終わって、始業式の日。
いつものようにのんちゃんと一緒に帰宅しようとしていたボクが下駄箱を開けると、靴の上に手紙が乗っていることに気づいた。
差出人は不明。ラブレターにしては飾り気の全くない、真っ白な長3封筒。
ボクとのんちゃんは目を見合わせた。
「なんだろ、これ」
「……果たし状?」
のんちゃんが眉をひそめる。
「まさかぁ……」
と言いつつ封を開き、中の手紙を開く。
そこには鉛筆書きでこう書かれていた。
『桜木祢子殿 放課後、体育館裏ニテ待ツ』
「……どうしようのんちゃん。果たし状だコレ」
ボクは息を呑んで、のんちゃんに手紙を見せる。
「マジか。おし、行こうぜ。あーしが助太刀するわ」
ぐっ、とのんちゃんがファイティングポーズをとった。
「気持ちは嬉しいけど、危ないよ」
「大丈夫だって。ちらっと校舎裏見に行って、ヤバそうなやつだったら写真とってその手紙と一緒にセンコーにチクったらいいんだよ」
「なるほど……」
のんちゃんの言う通り、手紙と写真をセットにして先生に相談すれば何とかなるかもしれない。
―――
そんなわけで、ボクとのんちゃんは二人で放課後の体育館裏にまでやって来ていた。
そっと音を立てないように、壁越しに覗き込む。
どうやら悪戯ではなかった。本当に人がいる。
一年生のリボンをしていて、背はボクより小さい。髪は無造作に外ハネした、色素の薄いショートヘアー。顔立ちは整っていて、幼さを残しながらも中性的な顔立ち。
彼女は腕を組んで目を閉じ、じっと佇んでいる。
「あれ? あの子確か……」
ボクは彼女のことを見たことがあった。あれは確か、夏休み直前のこと。
スズが、マリちゃんに会ってもらえなくなったことを嘆いていて、ボクが教室に彼女の様子を見に行った日だ。
――そうだ、あの時。マリちゃんと一緒にいて、親しそうに話していたコだ。
「マリちゃんの友達だ」
「スズっちの彼女の? なんでまたネコっちを呼びだしたんだろ」
と、のんちゃんは不思議そうな表情を浮かべる。
「……わかんないけど、とりあえず行ってみるよ」
「おう、暴力沙汰になりそうだったらあーしがすぐに駆け付けっから」
「よろしく」
そう言って、ボクは一人彼女の傍に歩いて行った。
ボクの足音を察知したのか、彼女はくわっと目を見開いた。そして勢い良く頭を下げ、開口一番に冒頭のセリフを言ったのだ。
「先輩! お願いします! 茉莉也と別れてください!」
「…………えーっと」
どうしよう。絶対なんか勘違いされてるよねこれ。
ぽりぽりとボクは人差し指でこめかみのあたりを掻いた。
「キミ、マリちゃんの友達……だよね?」
「はい。オレは一年の谷頭真魚です。茉莉也とは幼馴染です」
真魚、と名乗った少女は、はきはきとよく通る声をしていた。
「オレ、あいつに彼女が出来たって聞いたときは最初戸惑ったんです。でも、幼馴染だし応援しなきゃ……って思い直したところでした。でも先輩、噂によると二股してるそうじゃないですか」
「ああ、まあ、ね」
「やっぱり、事実なんですね」
と、彼女は顔を上げ、ボクをキッと睨みつけた。
「そんな奴に茉莉也を任せられません。あいつを幸せにできるとは思えません。だから、別れてください」
「キミの目には、今のマリちゃんが不幸せに見えるの?」
彼女の言葉にちょっとした違和感を覚えたボクは、あえて訂正をせずに泳がせてみることにした。
「……今は、幸せそうに見えます。でも、おかしいでしょ、二股されてるのにあんなに喜んでいるなんて」
「それって君の価値観の押し付けだよね」
「――は?」
ボクを睨みつけていた彼女の目がますます鋭くなった。
「キミの目から見ても、マリちゃんは幸せそうにしているんでしょ。だったら別に良いじゃん。二股でも三股でも」
「そんなの、許されるわけがないでしょう! 相手の女の人だってきっと、茉莉也のことを邪魔だと思ってるに違いないですし」
「そう。ちなみにボクがそのもう一人なんだけど、ボクはマリちゃんのこと大好きだよ」
「……はぁ!?」
ボクの言葉に、真魚ちゃんは目を丸くする。
「だからさ、勘違いだって。マリちゃんとボクはその『地獄の二股女』の恋人一号と二号」
「う、嘘だ! だって夏休みに駅で茉莉也とキスしてただろ!」
「……見てたの?」
「見てたよ!」
と、真魚ちゃんはボクに向けて人差し指を突きつける。
やれやれ。あのユニパの帰りのやつ、やっぱり人に見られてたじゃんか。マリちゃんめ。
「まあ、キスくらいするよ。同じ人を彼女にしてる仲だし」
「な――そんなわけないだろ!」
理解できないといった表情で、真魚ちゃんは頭を抱えた。
「何なら、今からオカ研の部室に行ってマリちゃんに面通ししようか? 本人に聞いてみるといいよ」
「そ、そんな馬鹿な」
真魚ちゃんは膝から崩れ落ちた。
が、すぐに顔を上げて言葉を続ける。
「じゃ、じゃあ、先輩! その二股女と茉莉也を別れさせるのを手伝ってくれ!」
「だからさ、ヤダって」
「なんで!? 先輩だってそいつを独り占めしたいんじゃないのか!?」
スズを独り占めか。確かに最初の頃はそんな風に思ったこともあったけれど……。
「確かにボクの隣にはスズがいてほしいって思うよ。でもね、ボクはその反対側にはマリちゃんに居てほしいんだ」
「そ、そんなバカな……」
真魚ちゃんは理解できないといった様子で、髪をくしゃくしゃにかきむしる。
「三人で付き合ってるってことか? ……そんなのアリか!?」
「ボクらはボクらの価値観で生きてるんだ。キミの価値観を押し付けないでよ」
これ以上話すことはないと思って、ボクは踵を返した。
「ま、待ってくれよ桜木先輩! じゃあ先輩にとって茉莉也は何なんだ!?」
立ち去ろうとするボクを、真魚ちゃんが必死な声を上げて呼び止める。
「ボクにとってのマリちゃん?」
ボクは立ち止まって振り返り、少し逡巡する。確かに、彼女との関係を言い表す言葉は見つからない。
恋人ではないし、親友というほど生易しい関係でもない。ライバル宣言はしたけれど、今やライバルってほど仲悪くなくなっちゃったんだよな。
となると、ボクらの関係を掲揚するにふさわしい言葉は……。
「あー、セフレ?」
「セフーー!?」
衝撃で、真魚ちゃんは思いっきりのけぞって背後にぶっ倒れた。
うん。今のは失言だったかもしれん。
「えーと、大丈夫? 真魚ちゃん」
「せ、セフレってことは……」
震えながら、真魚ちゃんは手を伸ばす。
「あー、まあ、基本3人でするから。ボクら」
「3ピッ――」
声にならない悲鳴を上げて、真魚ちゃんは真っ赤に爆発した顔を両手で覆い、そのままゴロゴロと地面を転げまわった。
「ちょ、制服汚れるよ」
「汚れ……汚され……俺のマリヤが……」
真魚ちゃんはよくわからないことをつぶやきながらしばらくゴロゴロ転がっていた。
「はぁ、じゃあボクもう行くから」
これ以上相手にしてられないと思って、ボクは再び踵を返して立ち去ろうとした。
が、すぐに足を掴まれた。
「……ねえ、しつこいよ。いい加減にしてほしいんだけど」
ボクは足を振り回して振りほどこうとするが、真魚ちゃんは手を放してくれない。
……スズに抱き着かれた時もそうだったけど、ボクって非力だなホント。
「待って、待ってくれよ先輩。お、オレ……」
真魚ちゃんの声が涙ぐんでいることに気づいて、ボクは足を止める。
「オレ……好きなんだ。茉莉也のこと……」
見下ろすと、真魚ちゃんの顔は土と涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「諦めようとしたんだ……でも、どうしてもダメで……アイツに、傍にいてほしくて、それで……」
「いや……そんなことボクに言われても」
突き放すようなことを言いつつも、ボクの心の中では彼女に対する同情心が芽生え始めていた。
だってそうだろう。彼女はまるで以前のボクだ。
恋焦がれていた幼馴染を取られた時にボクが感じた真っ黒なモヤモヤした気持ち。
嫉妬して、怒って、失望して。
いっそ離れれば楽になるのに、そんなことできるはずなくて、結局いつも近くにいるから気持ちが途切れることがなくて、心が割れそうになる。
彼女はきっと、ボクよりも長くその感覚を味わっていたのだ。
「頼むよ、こうなったら先輩だけが頼りなんだ……」
あの頃のボクが、ボクの足に縋りついてくる。
「じゃあ、奪い取ればいい」
結局、ボクは彼女に手を差し伸べた。
「――え?」
真魚ちゃんは困惑の表情を浮かべながら、ボクの手を取る。
「さっきも言ったけど、ボクはマリちゃんとも一緒にいたいと思ってる。でも、もしキミがマリちゃんを自分のモノにしたいって言うなら、邪魔はしない」
そう言って、ボクは彼女を引っ張り起こし、ハンカチを強引に手渡す。
「顔、拭きなよ」
「あ、す、すみません……」
真魚ちゃんは頭を下げながら、ハンカチを受け取った。
「お膳立てくらいはしてあげるよ。そんなに好きなら奪い取りな。ボクから。スズから」
「さ、桜木先輩……」
「ネコでいいよ。みんなそう呼んでる」
「あ、ありがとうございます。ネコ先輩!」
深々と頭を下げる彼女を背に、ボクは遠くからじっと様子を見守ってくれていたのんちゃんの元に戻った。
「おかえりー。つか、何の話してたん、ネコっち」
のんちゃんは眉を寄せている。ボクらの会話は聞こえなかったみたいだけど、真魚ちゃんのあんまりなリアクションに困惑していた様子だ。
「……まぁ、改めてボクらって特殊な恋愛してるよな、ってのを実感させられたよね」
ボクの言葉に、のんちゃんはしばらく頭の上に疑問符を浮かべているようだったが、結局深く問いただしてくることはなかった。ボクらはそのまま二人で体育館裏を後にした。
刺激的で楽しい夏が終わったと思ったら、秋は秋で、いろいろと波乱に満ちた日常が待っているみたいだ。




