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幼馴染でセフレのあの子はボクが先に好きだったのに!  作者: 星の内海
第二章 あるオタギャルの恋について
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鈴と猫とあの日の決着

 ボクはスズのことを、『アホだな~』とか『バカだな~』とか言うことはあった。

 けど、それは『可愛いな~』の裏返しみたいなところがあって、愛情ありきの罵倒だ。

 けれど、今回ばかりは事情が違う。この日、ボクは本当に、心の底からスズのことをバカだと思った。


 ボクとスズは特に何も言わなくても勝手にお互いの家を行き来する間柄だ。

 でもこの日、珍しくスズの方から家に来てほしいという連絡があった。

 リビングに通され、ソファの上で出された紅茶を飲みながら事情を聴くと、どうしてもボクに会ってほしい人がいるらしい。

「へぇ~、誰だろ」

 と、ボクは特に深く考えずにお菓子を食べつつ待っていると、10分ほどしてマンションのエントランスからのインターホンが鳴った。

「はーい。カギ開けてるんで、適当に入ってきてください」

 スズちゃんはインターホンに応答した後、次のお茶の準備を始めた。

 それからしばらくして「お邪魔しま~す」という声と共に、その人が入ってきた。


「え、と、こんにちは~」


 リビングに入ってきたその人の顔を見た瞬間、ボクは飲み干したばかりの紅茶のカップを取り落とした。


「……ミズキ、先輩……!?」

「え、え~と。ひ、久しぶり~、ネコちゃ~ん」

 と、ミズキ先輩は引きつった笑顔を浮かべながらボクに向かって両手を振る。

 ボクはと言えばさっき飲んだ紅茶がすっぱい胃酸と一緒にあがってくるのを感じ慌てて口を押えた。


 バカな、意味が分からない。

 よりにもよってなんでこの人と会ってるんだよ、スズ!

 彼女の存在は、ボク――桜木祢子にとっては完璧にトラウマになっているというのに。


「あ、先輩。ここ座ってください」

 と、スズはソファ前のローテーブルをはさんだ反対側に座布団を敷く。

 そして淡々と、ボクが落としたカップを拾い上げた。

「お、割れてないわね。セーフ」

 そう言って、スズはそれを台所に持って行って、別のカップにボクのおかわりと先輩用の紅茶をそれぞれ注ぎ、トレーに乗せて持ってきた。

 ミズキ先輩は座布団の上に正座し、少し落ち着かない様子で、あちこちきょろきょろと見まわしていた。

「さて……」

 と、スズが自分の分の紅茶と共に、ミズキ先輩の隣に座る。

「ネコ、この人は朝霞瑞樹先輩。覚えてるわよね」

「ッ――!」

 忘れられるわけがないだろ、わざとやってんのか!

 この女は中学時代のボクとスズの交際関係を終わらせた元凶。

 スズの浮気相手――。


「ぅ……っ、なんで……」

 人を見て嘔吐しかけるなんて初めての出来事だったが、我ながらよく堪えたと思う。

 でも胃酸を飲み下したら、今度は血液が脳の方にあがってきた。

「なんで!?」

 それしか言えなかった。本当に意味が分からない。

 二度と顔も見たくないと思っていた女と、よりにもよって想い人の家で、想い人の紹介で再開することなんかあるか!?


「先輩とはまた友人に戻ったから、アンタに筋を通しておこうと思ったの。こっそりこの人と会われたら嫌でしょう?」

 と、スズは事も無げに言って、紅茶を一口啜る。

「いや意味わかんないよ! 友達!? 浮気相手と!? はぁ!?」

 ボクは怒りのあまり立ち上がって、ミズキ先輩を指さす。

「どうせまた何か下心あって近づいたに決まってるだろ! この阿婆擦れは!」

 ミズキ先輩はびくっと震えて肩を縮こませる。

「ちょっと前に再会してね。それでいろいろあって、私から連絡先交換するようお願いしたの」

「だから色々ってなんだよ! いや、いい、聞きたくない! 帰る!」

 ボクはそのまま玄関に向かって走り出す。

「ネコ! 待って!」

 出ていこうとするボクの背中を、スズちゃんが必死に抱き留めた。

「なんだよ、放してよ!」

「お願いだから話を聞いて」

「話すことなんかないよ! そいつと一緒に居たいなら勝手にすればいいじゃん! ボクには関係ない!」

 ボクは必死にもがいてスズの腕から脱出しようとするが、がっちりとホールドされて、抜けられない。

 怒りと悔しさがないまぜになって、ボクの顔はいつの間にか涙と汗でべしょべしょになっていた。

「どうせ、ボクとマリちゃんはスズちゃんの好みの女じゃないもんね!」

 頭がぐちゃぐちゃになって、思ってもない言葉がつい口から出てしまう。

「先輩と復縁できたから、ボクなんかもう要らないって、そう言いたいんでしょ」

「ネコ、違う」

「何が違うんだよ! どうせボクなんか――」

 瞬間、スズはボクの両肩を掴んで、ぐるりと体を自分のほうに向かせて、強引に唇を重ねてきた。

 子供の頃、父さんが帰ってこなくて泣き喚いていた時、スズが同じように唇を奪ってきた記憶が重なる。

 抵抗しようとするも、きつく抱きしめられて、動けない。

 ボクが大人しくなったのを感じたのか、スズが唇を離す。

「祢子、聞いて」

「い、やだよ、意味が分からな――」

 そう言うと再び、目を閉じてキスしてくるスズの顔が、ボクの視界いっぱいに広がった。

 いやもうどういう状況だよこれ。

 先輩の差し金か、と思って、横目で先輩の方を見るが、先輩は顔を真っ赤にして俯いていた。

 さっきから思ってたけどアンタそんなしおらしい人だったっけ!?


「ネコ、私ね――」

 唇を離し、ボクを抱きしめたまま、スズは話し始めた。

「先輩と再会して、気づいたの。私、ちゃんとあの日のことをアンタに謝ってないって」

「―――――」

 あの日。

 スズがミズキ先輩と浮気した日。

 ボクから一方的にまくし立てて、ボクらの交際関係を解消した日。

 確かに、あの時スズからの謝罪の言葉はなかった。何か月かは気まずい日々が続いたけど、でも、ボクらは自然に友人に戻っていった。

 確かになあなあになっていたけれど、それを今更――。

「ネコ、私ね……。あの日アンタと些細なことで喧嘩したでしょ。せっかくアンタと恋人になれたのに、心が離れていくかもしれないと思ったら寂しくて……誰でもいいから慰めてほしかった」

「……」

 喧嘩……そうか、ボクらあの時喧嘩してたんだ。

 理由も思い出せないけど、ボクは浮気されたこと自体がショックで、そんなこと覚えてもいなかった。

「本当はすぐにあんたに謝って、仲直りすればよかった。でも私はあんたにあてつけるみたいに先輩に縋って……。本当に、最低だった。ごめんなさい」

 スズはボクの体を離し、ボクが逃げないことを確かめるとそのまま両手を取った。

「ネコ……。マリのことはいったん忘れて、聞いてくれる?」

 真剣な表情で僕をまっすぐ見据えて、続けた。

「私、あなたのこと愛してる」

「――っ」


 嗚呼、それは――ボクがずっとほしかった言葉だった。


「ここで誓わせて。私は、もう二度とあなたを裏切らない」

 スズの真剣な視線に射抜かれて、ボクはまた涙があふれてきた。

 あの時、ちゃんとスズと喧嘩していれば、この言葉はきっとあの時に言ってもらえて、ボクらはずっと、普通の恋人だったかもしれない。

 マリちゃんには悪いけど、そう思ってしまった。

 ボクは両手を握られたままスズに寄り掛かり、彼女に体重を預ける。

「なんだよ、二股してるくせに……」

「それについては、本当にごめん」

「あとマリちゃんについて予防線張ったのめちゃくちゃダサい……」

「ごめんてば……」

 そう言って、スズはボクの体を抱きしめた。

「……しばらくこのままにさせて……」

 ボクが顔をスズの胸にうずめると、彼女はボクの頭をそっと撫でてくれた。




 ―――




「あのね、ネコ。アンタがどうしても嫌って言うなら、私は今この場で即刻先輩の連絡先を消して、もう二度と会わないって誓うわ」

 ボクの涙が落ち着いた頃、スズはボクのことを抱きしめたままそう告げた。

「ええっ!?」

 と先輩の驚いた声が聞こえてくる。

 いや、想定してなかったのかよ。

「なんならそれを証明するために今日来てもらったところもあるし……」

「そうなの!?」

 スズの言葉に、愕然とした声を上げる先輩。

 本当にこの二人の関係は、以前とは大きく変わったみたいだった。

「……いいよ、わざわざ友達に戻りたいって、ボクに筋を通そうとしてきたってことは、それなりに何かあるってことでしょ」

 ボクはスズの背中に手を回しながら言った。

「今のスズなら、信じられる」

「ありがとう、ネコ」

「でも先輩と会う時は絶対連絡してね。それから30分……いや15分に一回は写真撮って送って。位置情報も添えて」

「わかった」

「それって本当に信じられてる……?」

 頷くスズ。一方、先輩からはツッコミが入る。

「スズは信じてるけどミズキ先輩は信用に値しないので」

「あ、はい。当然よね……」

 ミズキ先輩に視線を向けながらそう言うと、先輩はしゅん……と落ち込んでしまった。

「……スズ、ミズキ先輩ってあんなキャラだっけ?」

「先輩にもいろいろと苦労があったのよ」

 スズはそう言って、ボクの頭をまたぽんぽんと撫でた。


「あの。話が終わったならお二人さん……お願いがあるのだけど」

 と、ミズキ先輩がおずおずと手を挙げた。

「足、崩してもいいかしら……?」

「えぇ……?」

 と、スズが困惑の表情でミズキ先輩を見る。

 そういえばミズキ先輩、ここに来た時からずっと正座してたな。

 ボクがスズの胸で泣いていた小一時間の間、先輩は姿勢を変えることがなかったようで、よく見るとその体が小刻みに震えていた。

「せ、先輩。正座苦手だったのにずっとそうしてたんですか?」

 と、スズが冷や汗を浮かべる。

「その、だって、私が原因のことだし……」

「いいから、早く崩しちゃってくださいよ」

「ありが――」

 スズの言葉に、ローテーブルにつかまり、姿勢を崩そうとする先輩。

 だがそのまま真横に倒れるように全身が崩れ落ちた。

「だ、ダメ……足の感覚が……」


 ミズキ先輩は死んだ。太ももとふくらはぎが耐えられなかったのだ。

 まるで生まれたての子ジカみたいに、震えながらあられもない格好で寝転がるミズキ先輩を、ボクとスズは静かに見守ることしかできなかった。




 ―――




 スズが足のしびれに効くシップを買いに走ってしまったため、ボクは先輩と二人きりでスズの家にお留守番することになった。

 ボクはソファに座ったまま、相変わらずあられもない格好で足のしびれと戦う先輩を見下ろしている。

「そういえばネコちゃん、私のことは死ぬほど拒否反応示してたけど、結局スズちゃんの二股は許してるのよね」

 だんだんと回復してきたのか、ミズキ先輩が寝転んだ格好のまま余計なことを聞いてきた。

「ボクは相手の子を気に入ってるからね」

「ふぅん? マリヤちゃん、この間少しお話したけど、いい子よね」

「……」

 コイツ、マリちゃんのことまで知ってるのか。

 思わず先輩に向ける視線が鋭くなる。

「ええと、他意はないわよ? 本当にたまたま二人のデートの時に会っただけで」

「やっぱ信用できないなこの女……」

 ボクは先輩を睨み付けるが、先輩は意に介さず話を続ける。

「……あのね、私も実はネコちゃんに謝ろうと思ってて……」

 先輩は申し訳なさそうな表情でそう言った。

「はー?」

「私、あの時わざとスズちゃんのこと誘惑したの。あなたたちが仲良くしてるのがうらやましくて……。本当にごめんなさい」

 と、先輩はうつ伏せのまま頭を下げるように動かした。

「へぇ、謝ったらボクが許すとでも?」

 ボクは自分のこめかみのあたりがピクリと動いたのを感じる。

 やっぱこの女のことはあんまり好きになれない。

 というか子供の頃から先輩のことは嫌いだった。スズが仲良くしてるから仕方なしに仲良くしていただけなのだ。

「そうは思わないけど、私なりのケジメだから。私があの時スズちゃんにちょっかいをかけなければあなた達今頃……」

「もういいって」

 ボクはため息をついて、首を横に振った。

「やっぱ先輩はスズのことなんもわかってないよ」

「え……?」

 先輩は不思議そうな表情を浮かべて僕に視線を向ける。

「スズはね、人から何か受け取ったらそれ以上のものを返したがるんだ。きっと人に愛されたいんだよ。なんだかんだ両親が家にいないのが寂しいんだ。そして愛情を受け取ればそれ以上の愛で返そうとする」

「それって……」

「先輩はあの時、本気でスズを気にかけてくれてたんでしょ。だからスズもそれ以上の愛で返そうとした」

「……難儀な子ね」

 言って、先輩は右手で髪をかき上げる。

「それには同意するね。最も、今のスズなら誰かに好意を伝えられてもきっと誠意見せて断ってくれるって信じられるけど」

 と、ボクが言うと、先輩は笑みを浮かべた。

「それは……成長ね。私のおかげかしらね、フフ」

「調子に乗ってると足を踏み潰すよ先輩」

「申し訳ございませんでした」

 先輩は再び頭を床に伏せた。

「まあ、ボクとしては先輩がまたボクらの間に割り込んでこなくて本当に良かったよ」

「……うん、もうしないわよ。そこだけは信用して。だって、あなたたち二人は私のお気に入りのカップルなんだもの」

「……また調子のいいこと言って」

 ボクは顔が赤くなるのを感じて、先輩から目を逸らす。

「だってあんなに情熱的に抱き合うのを目の前で見せられて――ってちょっと待っ――」

 ボクはソファから立ち上がり、先輩の足を程よい力で踏んづけた。

「あああああー!」

 まだ痺れが抜けきっていない先輩の絶叫が、スズの家のリビングに響き渡るのだった。




 第二章『あるオタクギャルの恋について』了

 第三章『幼馴染アイツはオレが先に好きだったのに!』 に続く


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