センパイリターンズ
「やっぱりスズちゃんだ。こんにちは。私たちなにかとご縁があるね」
「……三回目になると作為的なものを感じますよミズキ先輩」
パパが帰国してから三日後。
兵庫県神戸市中央区三宮町、某ショッピングセンターにて。
私はミズキ先輩と三度目の邂逅を果たしてしまった。
「偶然は三回続かないって言いますよね」
「あら、でも一回目はちゃんとスズちゃんに会いに来たって言ったじゃない? 偶然と呼べるのはまだ二回目よ?」
そう言われればそうなのだが……。
よりによって今日とは運命のいたずらが過ぎる。
今日は私がわざわざ朝早くにこんなところまで足を運んだのには理由がある。それにはこの人も無関係ではない。
「もしかして、今回はスズちゃんの方から会いに来てくれたのかしら? 私がここをよく利用するの知ってた?」
「いや、そもそも詳しい住所知りませんし……」
確かに先輩は、今神戸で一人暮らしをしている、と言っていたが……。
こうも簡単に鉢合わせしてしまうとは……。
今日は、のんとリヒトさんの二回目のオフ会の日。
どうやら急遽決まったらしい。たまたまリヒトさんが空いてる日がここしかなかったのだという。
私はパパに貰ったお守りを渡すために、彼女らの集合時間よりも早くこの場所に来てのんを待っていたところだった。
そこにこの先輩である。偶然にしても何か大きな意志の介入を感じざるを得ない。
あと十分もすればのんが来る。ともすればリヒトさんが早めに着いたりするかもしれない。
そうなれば修羅場になること請け合い。なにしろこの先輩はリヒトさんの元カノである。
呪い云々の話は抜きにしてもややこしい事態になるのは確実。何とかしなければ……。
「そうなの? じゃあどうしてここに」
「ええと……、ネコと三ノ宮のオタショップ巡りしようと思ってたんですけど、あいつ急用ができて来れなくなって」
まさか正直に話すわけにもいかず、とりあえず今ぱっと思いつく嘘を並べ立てる。
「そうなの? じゃあ、私と遊びに行かない? 行きたいところがあるの」
と、ミズキ先輩は嬉しそうに両手の先を合わせる。
「あ~……。そうしましょうか」
こうなってしまった以上仕方ない。お守りを渡すのは諦めて、今日はミズキ先輩とあの二人が遭遇しないように監視することをメインミッションとしよう。
「あ、じゃあちょっとネコにメッセ送るんでいったん待ってください」
と、私はネコにメッセージを送る振りをしながら、のんに待ち合わせキャンセルの旨を送った。
「よし、と。それで、どこに行くんですか?」
「ウフフ、私の思い出の場所」
と、先輩は自分の唇に人差し指を当て、ウインクした。
―――
(なんっ! でだ! よおぉ~~~~~~~!!)
先輩と二人で訪れたのは、ショッピングセンターから徒歩20分ほどの場所にある『アクアート』という、港の近くにある劇場型の水族館。
通常の水族館とは違い、芸術と生き物の共存をテーマに掲げた、エンターテインメント特化型のアートアクアリウムだ。
エントランスでは多面型の鏡造作物と水槽に、魚群の演出照明が乱反射し、まるでクリスタルの洞窟に光が流れていくようで美しい。
その光の先に、リヒトさんとのんちゃんの背中を見つけた。
なんでおんねん!
二人は三ノ宮のオタショップ巡りをすると言っていたはず……折角先輩を遠ざけられたはずなのに、なんでこんなところに!? しかもなんでか先に着いてるし!
「ほら、見て見てスズちゃん。可愛いお魚よ」
幸い先輩はカーディナルテトラの群れを飼育している水槽に夢中で、二人に気づいた様子はない。
「えーと……そうだ、先輩、カーディナルとネオンテトラの違いって分かります?」
「ええ、知ってるわよ。お腹の赤いラインが長いほうがカーディナルテトラよね」
幸い、昔熱帯魚を飼っていたことがあるので知識はそこそこある。
ここは魚オタクトークで先輩を足止めし、二人には先へ先へと行ってもらうしかない。
「お、話せる人ですね先輩。熱帯魚飼ったことあるんですか?」
「ええ、実はベタを飼育してるの」
「ベタ、いいですね。ヒレがひらひらのやつですよね」
「ええ。でも私が飼っているのはプラカットって言って、ヒレが短いタイプなの。原種のベタに近くて、積極的に品種改良がなされている種よ。色んな模様がいて面白いの。私のはプラチナホワイトって品種で、真っ白でかわいいのよ」
と言って、先輩はスマホで自室の水槽の写真を見せてくれた。
白くて美しい魚が水槽の中をふわふわと泳いでいる。
「おお、可愛い。名前はあるんですか?」
「ふふ、ハクちゃんよ。オスだけどそう呼んでる」
「はえーハクちゃん可愛い。でもお世話大変そうですね。ベタって泳ぐの苦手だからろ過ナシで、小型水槽で毎日換水が基本って聞きましたけど」
「その飼育方法だと確かに大変だけど、実はプラカットはヒレの長いベタに比べると遊泳力があるから、弱い流れを作ってやればろ過装置ありでの飼育ができるのよ」
「なるほど……。ちょっと調べてみようかな」
「ぜひ。今度おススメのベタショップを紹介するわ」
「わあ、ありがとうございます」
言いながらちらり、と先を見る。熱帯魚トーク作戦は成功の見込みアリだ。
どうやら二人は奥に進んだようで、同じエリアにその姿はなかった。
とりあえず今日はこのままひたすら魚トークで先輩を足止めし、二人には先へ先へと行ってもらうしかない。
幸い先輩は全部の水槽をじっくり見る派らしく、自然な魚トークにつなげられた。というか先輩のほうからガンガン話を振ってくれる。
「ピラニアがいるわよスズちゃん。こうしてみるとすごくかわいい顔してると思わない?」
「あー、言われてみれば愛嬌ありますね。ちょっと鼻がつぶれたワンちゃんみがあります」
「ふふ、そうよね。ピラニアってね、実はけっこう臆病なんですって。基本は群れで暮らしてるの。そして弱った獲物が現れたら集団で襲い掛かる……。ふふ、SNSの炎上みたいね」
「……先輩炎上したんすか?」
「……ノーコメント」
瞬間、先輩の目が虚ろになる。
……やべ、地雷踏んだかも。
―――
その後、私たちは円柱型の水槽が立ち並ぶ海水魚エリアや、森の中のような装飾が施された川魚や両生類を飼育しているエリア、カピバラや、大型の淡水魚を飼育しているエリア等を訪れた。
うっかり目的を忘れそうになるほど、夢中になれるいい水族館だ。できれば何のしがらみもないときに来たかった。
「ねえ先輩、どうしてここに来たかったんですか? 思い出とか言ってましたけど」
大きな球体の水槽の前に立ち、私は先輩に先ほどからの疑問を投げかけた。
「……思い出は、美しいまましまっておくものだと思わない?」
先輩は目を細めて、ただじっと水槽に泳ぐ魚を眺めていた。どこか憂いを帯びた横顔に、思わず見惚れそうになる。
だが、その瞬間、私は先輩の言葉を頭の中で反芻して、はっとした。
ここは比較的新しめの水族館だし、先輩は大阪出身だ。子供の頃の思い出ではない。
では、いつの? もしここで何か思い入れのある出来事があったとしたらそれは――先輩が神戸に住み始めてからのことだ。
「……瑞樹」
後ろからの声に、私とミズキ先輩は同時に振り返った。
「え、スズっち?」
「――っ!」
――不覚。
二人がとっくに先に行ったと思って油断した。
私たちの前目の前に、イケメン女子とギャル――リヒトさんと、のんが立っていた。
「リ、ヒトくん……」
「瑞樹、もしかしたら会えるかも、と思ってた……」
先輩の視線が、ゆっくりと落ちていく。背中を丸めて、俯く。影がその表情を遮っていく。
きつく結ばれた唇は震えていた。
ミズキ先輩は――私が予想していた表情とは違い――とても、とてもつらそうに見えた。
「もう構わないでって、言ったでしょう」
「でも、私達まだちゃんと話せていない」
「話すことなんかない」
そう言うと、ミズキ先輩は私の腕を掴む。
「私、この人と一緒に生きていくって決めたから。もうあんたなんか要らない! 二度と私に関わらないで」
「は!? ちょっ」
私は思わずのんの方を見た。
「え……スズっち……三股?」
うわ、あからさまに軽蔑するような視線。
「だから、さよなら!」
「瑞――」
私の腕を引っ張って、ミズキ先輩は全力で駆けだす。
私はついていくしかなかった。
手を伸ばすリヒトさん。
その隣でものすごい冷たい視線を私に突き刺してくるのん。
ああああああああ! 違うんだってば――!




