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幼馴染でセフレのあの子はボクが先に好きだったのに!  作者: 星の内海
第一章 幼馴染でセフレのあの子はボクが先に好きだったのに!
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ボクらの秘密。ボクの秘密。

 ―――ボクらには秘密がある。

 ―――ボクらは、みんなにとっての当たり前から少し外れた世界にいる。


「うわぁぁぁん! 今回もダメだった! せっかく女子高に来たのに! どうせ私みたいなちんちくりんの芋女誰も興味ないのよ! うわあぁー!!」


 その日の放課後。ボクとのんちゃんは、机に突っ伏して大泣きしているスズちゃんが泣き止むのを隣で駄弁りながら待っていた。

 もちろん最初は何とか宥めようとしていたんだけど……いつものことだし、二人ともだんだん面倒になっていったのだ。どうせそのうち勝手に泣き止むし。


「スズっちが玉砕したの、これで何度目だっけ?」


「えーっと、いちにいさんし……入学時から数えて14回目」


 のんちゃんの質問に、ボクは指折り数えながら答える、


「月イチペースじゃん。そんなにだっけ」


「いや、クリスマス前のシーズンはほぼ毎週だった。そっからしばらくは大人しかったんだけどね」


 スズちゃん――法月鈴音はボクの幼馴染だ。

『かわいい女の子とイチャイチャ学園ライフを楽しみたい』という不純な理由で、女子高である金蓮花高校に入学した愚かな女子高生である。

 彼女は自分の好みである『包容力のあるお姉さん系』の先輩に片っ端からアタックし、悉く失敗に終わった。


 学内では『失恋王』『劣情炸裂ガール』『当たって砕ける人』『例の(そろそろ身の程を知ったほうがいい)あの人』などの異名をほしいままにしている。


「はぁ……共学よりはチャンスあると思ってたのになぁ……私の春は永遠に来ないのかしら……」


 涙を拭いながらスズちゃんがなんか言ってる。


「元気だしなよスズっち。そのうちいい出会いがあるって」


 そう言って、のんちゃんはスズちゃんの肩をぽんぽんと叩いた。


「でも私の好みに当てはまる人、もうこの学校には残っていないのよね……」


 スズちゃんは頬杖をついて、窓の外に視線を向けてたそがれはじめた。


「『包容力のあるお姉さん』みたいな人14人もいんだ。この学校」


「ちなみに告白した人数は()()14人だよのんちゃん」


「なる。二周目入ってんだ」


 ボクが訂正すると、のんちゃんは何とも言えない表情になった。


「はぁ……フェムっぽい雰囲気出るかなと思って髪の毛伸ばしてきたけど、やっぱり女子高だとボーイッシュなほうがモテるのかしら……」


 そう言ってスズちゃんは髪の毛をいじり始めた。


「あーしはスズっちの髪、いいと思うよ。キレイだし」


「……ありがと、のん」


「役を演じてると結局疲れて別れるって言うよねー。あと男性的な人は結局ストレート寄りの人にしかモテないって話も――」


「うっさい、アホネコ」


 スズちゃんはむすっとして、毛先をくるくると人差し指に巻いた。

 モテない理由はその節操のなさとか気の多さにもあると思うけどね。とは言わないであげた。


「はあー、もういい。部活行くわ!」


 しばらくしてスズちゃんは立ち上がり、鞄に荷物を詰め始めた。


「え、行くの? 今日くらい休んだらいいじゃん」


 というのんちゃんの言葉に、スズちゃんは大きく首を振った。


「駄目よ、今年はやっと部に昇格したんだから。副部長の私が休んでいられないわ」


 スズちゃんはオカルト研究部に所属している。

 近年再熱してきたホラーブームもあって、今年は新入生が爆増したらしい。

 三年生は二人いるはずだが、なぜか二年生のスズちゃんが今年から副部長に任命された。


「二人とも、付き合ってくれてありがとね。のん、また明日。スズはまた夜にね」


「はーい。部室行く前に顔洗いなよ」


 のんちゃんの言葉に手を振って返すと、スズちゃんはさっさと教室を出て行った。

 14回目だけあって切り替えは早い。

 失恋慣れしてどうすんだと思うけど。


「なあんだ。今日はカラオケにでも連れて行ってやろうかと思ってたのに。んじゃ二人でいこっかネコっち」


「オッケー」


 そうして、ボクらも教室を出ることにした。




 ―――




 ―――ボクらには秘密がある。

 ―――それは、共通の友達にも黙っていたこと。


 のんちゃんこと、野々村清美ちゃんとは高校一年生の時からの付き合いだ。

 ボクものんちゃんも帰宅部なので、放課後はだいたい2人で遊ぶ。カラオケに行ったり、アニメショップに寄ったり、ハンバーガーショップで駄弁ったり。


 のんちゃんはギャルっぽい見た目と言動から一見近寄りがたい雰囲気を纏っているが、その実重度のオタクである。

 クラスの中でのはみ出し者同士、授業やら何やらで組まされた結果、今ではなかよし陰キャ三人組だ。


 駅前のカラオケで気のすむまでアニソンを熱唱した後、のんちゃんの好きな声優の曲をBGM代わりに流しつつ、フェアがやっていたのでフレンチトーストを注文してもくもく食べていた。

 カラオケは1曲入れるごとにアーティストに印税が入るので、のんちゃんなりの推し活なのだという。


 一曲2円くらいらしいけど。


 ふと、のんちゃんが口を開いた。


「そういえばさっき言ってたフェムとかストレートって、どういう意味だっけ」


「フェムは女性らしい~とかそういう意味。ストレートは異性愛者のことだね」


「ふーん。じゃああーしはストレートってことね。さっきの話ってようするに、女が好きな女は、男勝りな女より女っぽい女のほうが好きになるってこと?」


『女』がゲシュタルト崩壊しそうだ。


「一概にそう、とは言えないけどね。結局は個人の好みだし」


「スズっち見てると同性の恋人作るのってマジ大変そうだなって思うわ……てかネコっちもそうなんでしょ? 二人で付き合おう、とか考えたことないの?」


「あー……それについては海よりも深い事情があって……」


 おっと、ついに来たかこの質問。

 ―――ボクらの秘密。

 そう、ボク……ネコっちこと、桜木祢子(ねいこ)の性的指向もレズビアンである。

 のんちゃんには二人とも女の子が好きであることは伝えているので、今まで来なかったのが不思議なくらいではあるのだが……。


 まあ、のんちゃんのことは信用してるので、話しても平気だろう。スズっちも了承してくれると思う。


「まああなんていうか、お互いに女の子が好きなんだって気づいた切っ掛けがあってさ……」


「んん?」


 のんちゃんが眉を寄せる。


「ほら、人を好きになって、それが同性だったーって瞬間がね、あったの。中2の頃だったかなー。ボクが初めて人を好きになって、告白して、はじめて交際した相手がね……その、スズちゃん」


 その言葉に、のんちゃんはかつてないほどに目をかっ開いた。


「マジか。元カノ同士だったん!? なんで別れたの?」


「それがねえ! 聞いてよのんちゃん! あのアホ浮気しやがったんだよ。『年上の優しそうなお姉さん』と!!」


 ギリギリ……と、思わずグラスを握る手に力がこもってしまう。

 今思い返しても嫌な思い出だ。

 ボクはよほど怖い顔をしていたのか、のんちゃんの顔色が蒼くなっていく。


「ボクらの家は家族ぐるみの付き合いが多くて、こんなんで拗れてるとこを親に気づかれたくなかったからさ……ソッコーで『別れよう。この二カ月のことはなかったことにしてただの友達に戻ろう』ってボクからフった。浮気相手とはその3日後に破局してたけど」


「そ、そっか……アイツ昔からあんなだったのか」


「そうだよ、普通の友達だったら耐えられないよ。幼馴染の親友だから我慢できたけど」


「そんな炭〇郎みたいな……」


 呆れるのんちゃんをよそに、ボクはフレンチトーストの大きめの一切れを口の中に放り込み、嚙み潰すように咀嚼した。


 その後ボクは思い出し怒りのテンションで五曲連続でアニソンを入れ、熱唱。スッキリしたところでその日は解散となった。




 ―――




 ―――ボクらには秘密がある。

 ―――それは、家族にも言えていないこと。


「ただいまー」


 自宅のマンションに帰る頃にはすっかり夜になっていた。


「おかえりなさい、祢子。ちょうどご飯できたとこだから、鈴音ちゃんちにもっていってくれる?」


「うん。わかった」


 鞄を肩にかけたまま、お母さんからタッパーの入った袋を受け取った。

 ボクらの両親は高校生の頃からの付き合いで、とても仲の良い4人組だったらしい。大学時代に4人で始めたベンチャー企業が大成功し、父と、スズちゃんの両親の三人はそれぞれ別々に海外をあちこち飛び回っている。


 三人ともめったに帰ってこれないため、日本に残って経理を担当しているボクのお母さんが、スズちゃんの母親代わりだ。


「今日はあっちに泊まってくるよ」


「りょーかい。何かあったらすぐ呼んでね。ちゃんと宿題も勉強もするのよ」


「はーい」


 そのまま家を出て、すぐ隣の部屋のインターホンを鳴らす。

 ガチャガチャと鍵を開けて、スズちゃんはすぐに出てきた。

 ボクらは家も隣同士。生まれたときから一緒の幼馴染だ。


「ネコ、今日もありがと」


「気にしないでよ。親の決め事なんだし」


 いつものように、スズちゃんの家に上がり込む。


 リビングのテーブルの上にタッパー入りの袋を置くと、スズちゃんは中身を確認し、盛り付け用のお皿を選んで戸棚から取り出し始める。


「ラッキー、今日は牛のしぐれ煮ね」


「スズちゃん、これ好きだよね」


「味付けが良いのよ。今度おばさまにレシピ教わらなきゃ」


 ふと、テーブルの上にいつもと違う何かが置いてあることに気づく。


「あれ、これ何? レシピ本?」


「そう、ちょっと料理でもはじめてみようかと思って」


 食卓の支度をしながら、スズちゃんは少しはにかんで言った。


「そうなの? いつもお母さんが作ってくれるじゃん」


「わたしももうすぐ17歳だもの。いつまでも甘えているのは良くないと思ってるわけよ。週何日かでも私が自分で作れば、その分おばさまの負担も減るでしょ」


「律儀だなあ。気にしなくてもいいのに」


「いいの。私がしたいんだから。ホラ、座って座って」


 それからあっという間に、スズちゃんは食卓の準備を整えた。


 ―――


「それでさァ……今日私が告白失敗したの部活の後輩にもバレてて、めっちゃ慰められちゃったわ」


「ふーん? どんな子?」


「可愛い子よ~。私よりも背が小さくてね、普段すっごい甘えてくるのよ」


「スズちゃんの好みと逆じゃん」


「いいのよ後輩なんだから」


「っていうかオカ研の活動って何してるの?」


「各々興味ある分野について調査して、レポートを書くって感じね。ホラー映画やら民間伝承やら都市伝説やら七不思議やら……調査内容はブログで公開してるわよ」


「へー、気が向いたら見るわ」


「それ見ないやつの言うセリフじゃない」


 他愛もない話をしながら、ボクらは牛のしぐれ煮定食に舌鼓を打った。


 食べ終わって、片づけを終えた後は、二人並んでソファに座り、テレビを観る。

 若手芸人がベテラン司会者にあり得ないボケをかました後、周り全員からツッコミを入れられるのを見て、二人して大笑いする。

 二人で観るのはもっぱらバラエティ番組だ。


 ドラマや映画はコメディやミステリーなら時々観ることもあるが、基本的には観ない。スズちゃんはホラー趣味があるが、ボクは苦手なのでそういうのは一人で見てもらう。

 もっと見ないものと言えば恋愛ものだ。ボクは男女の恋愛ものが苦手だ。スズちゃんはそれを知ってくれているから、そういうのが始まりそうになると自然にチャンネルを変えてくれる。


 ―――ボクらには秘密がある。

 ―――これは、さっきのんちゃんに言わなかったこと。


「スズちゃん。今日泊まっていい?」


「……何、今日フラれたからって気を使ってくれてるわけ?」


「そうじゃないけど……スズちゃん今日一人で寝るの寂しいかなあって」


「アンタが()()()だけじゃないの。このエロネコ」


「むぅ……じゃあ帰る」


「待って。ごめんって」


 言いながら、スズちゃんはボクの体を優しく抱きしめる。頬にキスをした後、そっとソファに押し倒し、制服のリボンを外し、ボクのブラウスのボタンに手をかけた。


「ネコ、ほら……私も脱がせて」


「ん……」


 今度はボクから、スズちゃんの服に手をかける。


「ネコ……ごめん、ちょっと今日は加減できないかも」


「……いいよ……」


 ―――ボクらの秘密。

 ―――『今日泊まっていい?』が合言葉。


 スズちゃんがレズビアンなことは、告白しまくってるせいで学校中にバレてる。

 ボクも同じであることは、スズちゃん意外だとのんちゃんだけが知っている。

 ボクらが付き合っていたことは両親には言ってない。

 今日、のんちゃんには話した。


 それから、誰にも言ってない秘密がもう一つある。

 ボクらは幼馴染で、家が隣同士で、生まれたときから一緒に生きてきた大親友で、元カノで。

 セックスフレンドでも、ある。


 ―――


 終わった後はいつも、二人でお風呂に入る。

 ボクらのピロートークは湯船の中だ。


「キスマークって内出血らしいね」


「え、そうなの? そう考えるとこれちょっと痛々しいわね」


 言いながら、スズちゃんはさっきボクの胸につけた赤い斑点を優しく撫でる。


「痛い?」


「痛くはないけど……あれだね、スズちゃんノリノリだったね今日」


「……そりゃあ、まあ……失恋したばっかりだし……人恋しかったわよ」


「フラれた腹いせにセフレとやるのエロ漫画みたい」


「誘ったのはアンタでしょうが」


 ―――付き合っていたころは、キス一つしたことはなかった。

 この関係が始まったのは一年前からだ。


 女性同士の()()()に興味を持ったボクらは、その場の雰囲気に流されお互いの体を使って練習することになった。

 お隣さんで大親友。つまりいつなんどき泊まりに行っても不自然じゃない。

 スズちゃんの両親は基本家にいない。つまり行為中の声やらが身内にバレることはない。


 ボクとスズちゃんの関係は、あまりにも都合が良すぎた。


 もちろん、周囲にバレないためのルールはいくつかある。

 ・目立つところに痕をつけないこと。

 ・スズちゃんの家だけですること。他の場所では絶対にしない。

 ・翌日に支障の出ない範囲で止めること。

 ・終わったら必ずお風呂に入ること。

 ・ベッドやソファが汚れたらちゃんと片付けること。


 ―――これがボクらの秘密。

 ―――でも、もう一つ。


 夜も更けて、スズちゃんの部屋。

 ボクはスズちゃんのベッドで、スズちゃんは来客用の布団で眠る。

 彼女はいつもベッドを譲ってくれる。ボクが来客用の布団で寝ようとしても、頑として譲らない。

 昔からそういうところがある。


「スズちゃん……寝た?」


 ボクは寝転がったまま、スズちゃんの方を見やる。

 彼女はすうすうと寝息を立てて、すっかり眠ってしまっていた。

 ボクはそっと起き上がって、ベッドから降りて、彼女の傍に寄り添う。


 ―――ボクの秘密。

 ―――ボクだけの秘密。


「スズちゃん……」


 起こさないようにそっと、スズちゃんの頬を撫でる。

 寝息が手のひらに当たり、何とも言えない気持ちになる。


「……大好きだよ、スズちゃん……」


 もし、起きていたとしても聞こえないような小さな声で囁く。


 ―――ボクの秘密。


 それは、ボクがこの関係を最大限自分のために利用しているってこと。


 スズちゃんと別れたのは、関係が完全に壊れるのが嫌だったから。

 友達でもいいから、ずっと側にいるためだった。


 側にいれるなら恋人じゃなくていい。

 セフレになれたのはボクがそういうふうに誘導したところもあるけど、僥倖だった。


 でもやっぱり、スズちゃんに恋人が出来るのは嫌だ。

 このまま誰のものにもならないでほしい。

 このまま2人で同じ大学に進学して、実家を出るときはルームシェアをして、社会人になったらその流れで同棲するんだ。


 それがボクの望み。

 ボクのだけの秘密。


 けれど、

 このときのボクは知らなかった。


 こんな日常が崩れ去る日が、もう間近に迫っていることに。

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