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イチリン  作者: 火炙
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7 子供達

 瞳を潤ませた淑女が眼前の丸々と肥えた少年に黒いお守りを手渡した。少年は訳も分からずそのお守りを受け取とると、目を丸くする少年に優しい声で告げた。


 「風邪を引かないでね」


 ”母親”という役割から解放された女の最後の優しさ。

少年に背を向けその場を後にした淑女は、最後の最後まで振り返る事は無かった。





 ジリリリリリ! 何でも屋花形に一本の電話が掛かってくる。


 「はいはい、花形です。えっ?警護ですか?えぇ、もちろん出来ますけど、あーえっ?今からですか?いや、まぁ行けますけど。....じゃあ、はい。向かいます」


 椅子に深く背を預け、ふーっと大きく一息つく花形と、そんな姿を鼻で笑う千羽。

毎年のように訪れる厳しい冬。酒と暖を求めてやって来た千羽の相手をしていたタイミングでの依頼。

呑兵衛からの解放が嬉しい半面、僅かながらの不安も感じていた。

一泊二日での警護となると、当然家を空けることになる。花形はそこが心配だった。


 たかが一泊。そんなピンポイントで良からぬ事は起きないはず。起きたとしても周りには頼れる仲間が沢山居る。

と、自分に言い聞かせ、軽い腰を上げ準備に取り掛かる。


 「ん~だ~よ~!行~け~よ!」

 「うん。だから今準備してるんだよ」


 「あ゛ぁ゛!?置いてく気かよッ!アタシちゃんをよォ!?」

 「まぁ、そうなるね」


 「わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛~~~!!」


 床にペタンと座り、子供のようにわんわん泣きわめく千羽(せんば)淫莉(みだり)(34)の姿に戦慄しつつも身支度を進める。

酒に焼けた喚き声を尻目に着替えを済ませると、いよいよ出掛ける準備が整い、鏡の前で髪を整え始めた。そんな花形の背後から、千羽が覆いかぶさるように抱き着くと、花形の控えめボディを上から下に、下から上にと揉み回し始めた。


 ヒーターと酒で熱くなったやけにごつく固い指が這い回る中、慣れているのか特にリアクションを取る訳でもなく手早く髪型を作り終えた。


 「もー皺が付くって」

 「仕事とアタシちゃんどっちが大事なんだよ!?」


 「分かった。分かったよ」

 「おっ!やっぱり無しはナシだぜ♪」


 千羽を振りほどくと、体を向け両手を広げ受け入れる態勢を見せた。

花形の胸元に飛び込んだ千羽の腹部に、落雷のような強い衝撃が走った。


 「おぅふ....」

 「....よしっ。行くか」


 千羽の腹筋を打ち抜いた拳をポケットに突っ込むと、白目をむいて倒れる千羽を放置し仕事に向かった。




 高速に乗って四時間。花形は東京に居た。


 いやぁ....この辺りは久しぶりだけど、変わってないというか相も変わらず(せわ)しない。

そして今回の依頼者様が居るのがここ。なんちゅー高さや....五、いや六十階くらいはあるかな。

それでもって依頼者様は一番上と。これは眺めが楽しみだねぇ。


 花形は携帯を取り出すと今回の依頼者である財多(ざいた) 田蔵(でんぞう)に連絡を取り、ロックを解除して貰うとマンション内へ入った。

小綺麗なロビーを抜け、小綺麗なエレベーターに乗り込むと、沢山あるボタンの中から、60と書かれた物に指を伸ばした。


 エレベーターからの絶景に気を取られている内に気付けば六十階に。

部屋の前へ向かい、インターホン越しに一言二言交わすと室内へ。


 室内には恰幅が良く、禿げ上がったいかにも成金といった男性が居た。

男性の案内でリビングの椅子に腰を降ろすと、早速本題へと移った。


 「えー、息子さんの警護でお間違いありませんね?」

 「ああ。その通り。金は弾む。一泊二日よろしく頼みますよ」


 「それで幾つか訪ねたい事がありまして....」

 「はぁ、どうぞ」


 「まず、どうしてまたこんな時期に観光を?せっかくなら....」

 「それです」


 財多の食い気味な反応が花形の問いを遮った。


 「貴方は今、せっかくならクリスマスに行けば良いのに。と言いかけましたね?」

 「まぁ、そうですが」


 「だからこそなのです。皆そう考える。だからこそ混む時期を外すことで楽に観光が楽しめる」

 「あー確かに」


 逆張り観光計画に納得しつつ、花形にとって重要なもう一つの問いを切り出す。


 「それともう一つ。どうして警護が必要だと判断なさったので?」

 「....子を思う親心ですよ」


 それを言われちゃ言い返せないな。子供三人だけでの旅行なんてよくある話。だけどわざわざ警護を付けるなんて私に言わせたら不自然と言うか。

多分何かある。警護が必要だと思わせる何か不安要素が。


 というか、大体なんなのさ。十二月の七日から一泊二日の大阪旅行。しかも中一が三人だけで大人もつけずに。バカみたいな旅行プラン立てちゃってさ....


 「それで花形さん。明日の七時から出発しますので、追いかけるなり、先回りするなりなどして....」

 「あー、はい。分かりました」


 花形は料金を受け取ると、必要な情報をそれなりに受け取ってタワマンを後にした。


 出来れば警護対象がどんな奴か見ておきたかったけど、遊びに行ってるならしょうがないか。

まぁ、良いや!大阪前乗りして粉モンパーティーしーよおっと!

....つーか、朝七時から高速で大阪って子供にはキツくないか?



 翌日。十二月七日、昼の一時。ホテルの窓から見えたのは、真黒く光る高級車から降りる三人の少年と、荷物持ち兼運転手の一人の女性。


  ロビーにて四人を迎えた花形。


 「どーも。今日から警護に付く花形です!」


  初対面の四人に元気良く挨拶をしてみるも無視。三人の少年はゲームをしながら花形の横を素通りしていった。付き人の女性はぺこりとお辞儀をすると、花形に荷物を預けそそくさと車に戻って行った。


 荷物を受け取ると、少年たちを追い部屋までたどり着いた。荷物を置き、腰を降ろそうとしたその時、リーダー格の少年がやっと口を開いた。


 「で、お前いつまで居んの?笑」

 「ん?いや、警護だから....」


 「いや、普通に邪魔。どっか行けやブス笑」

 「ww龍神君えぐ笑」 「ww龍神君やば笑」


 バタン!


 取り巻き二人に部屋を追い出されてしまった花形。


 なんなんだよ........まぁ、いいや。子供は元気なくらいがちょうどいい。

確か次の予定はUSJだっけか?行き先が分かってるなら一緒じゃなくてもいっか。

しかし、あの財多龍神君ちょっと匂うな....怪しいとかそうゆうのじゃない、物質的な臭いがする。





 「龍神君次アレいきましょ!」 「龍神君、飲み物買ってきましたよ!」


 取り巻き二人を引き連れテーマパーク楽しむ三人。

そして、そんな三人を遠くから見守る花形と、財多家専属運転士の大久保。


 「はっきり言って坊ちゃまの事はもうお慕いしておりません。というか嫌いです」

 「まぁ分かるかな。でも、男の子なんだしああいう時期があるのも自然じゃない?」


 「いえ!あれは異常です!暴言にセクハラ、暴力とセクハラ。後セクハラとセクハラと....」


 頬をぷくっと膨らませ、ぷんすか怒る大久保をなだめつつ本題に入る。


 「ちょっと、厳重すぎるというかさ、所詮子供の旅行でしょ?貴女という大人も一緒に居る。さぁ、いよいよ私と言う存在は過剰になってくるけど?」

 「....大した御自信ですね。ですがこの事は旦那様に”口止め”されています。申し訳ありません」


 口止めをされている。か....えらく素直に言ってくれるね。

それはそれとして、私と言う過剰戦力でなきゃダメで、その訳を知られるのは都合が悪い。

無理矢理口を割らせても構わないけど、まぁ別に”そこまでの事”は起きないでしょ。


 「うん。いいや。言いたくなったら教えて」

 「....申し訳ありません」


 大久保は深くお辞儀をすると、速足で車へと戻っていった。

一方の残された花形は、チュロスを片手に距離を開けて少年たちの護衛を続ける。



 その後も、アトラクションに並ぶ前後の客に警戒。ふらっと近づいてくる着ぐるみに警戒。遊園地には似つかわしくない警戒心駄々洩れの女が一人。


 「おい!!ブス!!!ブサイク!!!!」


 アトラクションの稼働音にも負けない程の声量で叫ぶ声。

どういう訳か自身を呼んでいると判断した花形は護衛対象の少年たちに駆け寄った。


 「何?どした?」

 「wwwホントに来ましたよコイツww」 「自覚あるんすねコイツww」


 ゲラゲラと腹を抱えて笑う取り巻き達の間から龍神が言葉を挟む。


 「お前、俺たちの代わりにアレに並んどけ」


 龍神の指を辿ってみると、そこには話題のジェットコースターとそこに並ぶ長蛇の列が。


 「あのねぇ、私は君の警護をしに来たの。目を離す訳にはいかないの」

 「うっせぇよ。親父に言いつけて首にしてもらうぞ」


 「はあぁぁ?」

 「だいたいお前俺に雇われてんだろ?なら敬語使えよ。敬語」


 「........はぁ、分かりましたよ。分かりました。遠くに行かな―」

 「喋ってねぇではよ行けや」


 龍神は花形の尻をパシッと蹴り上げると、取り巻きを引き連れて別のアトラクションへと向かっていった。


 マジか....危険因子は無いとは思うけど、目離すのは正直不安だな。

つーか年下のがきんちょにケツ蹴られたんだけど!?どっかのタイミングで何かしらの形で仕返ししよ。


 てか、え?120分待ち??ただのジェットコースターでしょ?何がそんなに人を惹きつけるのかホントに分かんないや。テレビで罰ゲーム扱いされてる物に好き好んで....いいや。考えるのやめよ。



 三人組は車内に居た。

本当に大丈夫なのか、と何度も確認を取る大久保を足蹴に、ホテルへの帰着を要求していた。


 「知りませんからね....全くもう....」

 「は?なに?”まったく”なに?」


 「....いえ。何も。........ッ!イタッ!痛いです!坊ちゃま!運転中に蹴るのはお止めください!」


 はぁ....ホントに困った方ですね....手癖も足癖も、なんなら態度も口も悪くなって....

幼い頃の坊ちゃまは明朗快活、天真爛漫。春の風のように明るく気持ちの良い方でしたのに。父親が旦那様でなければ、あのままお優しい青年に....はぁ。



 一方の花形は....


 「えっ、いや別に、私は乗らないって言うか....いや、乗る。乗るんだけど....」

 「さあさあさあ!どうぞどうぞ!」


 「いや、代わりに並んでただけで....いや乗りますけど....」

 「さあさあさあ!どうぞどうぞ!」


 ガタン ガタン ガタン ガタン....


 ジェットコースターが頂上に近づくにつれ、園内全体が視界に収まるようになってくる。

そんな折、花形はあることに気が付いた。それは”少年たちが居ない”という事。


 あれ?噓でしょ?撒かれた?何かあった時に守ってくれるお姉さんを撒いたの?

どうせ大久保さんと一緒に居るんだろうけど、悪ガキめ....


 ガタン.... ガタン.... ガタン....


 「キャーー!来るよ来るよ!」

 「キャーー!来るね来るね!」


 それで?行くとしたらやっぱり宿泊先のホテルかな?というかそこしか無いか。


 「キャーーーーーーーー!!」

 「ひゃっほおぉぉぉぉぉ!!」


 いやでも”旅行”だよな....他にも観光地巡ったりしてるんじゃないかな....

大阪の観光地ってココ以外に何処があったっけな。


 「怖かったねぇ~俺ちょっとちびっちゃったよww」

 「んもぉ~汚い~wでも確かに怖かったねぇ~ww」


 あーでも色々とグッズ的な物買ってたよな....もしどっか行くなら一旦荷物置きにホテル戻るよな。

というか、私何で戻れば良いんだ?大く....いや、タクシー拾うか。



 花形が列に並んでいる間に龍神一行はホテルへと戻っていた。

大久保は三人分の荷物を部屋まで運び終えると、部屋を後にしようと三人に背を向けた所で龍神に呼び止められた。


 「....なんでしょうか」

 「なに急いでんの?こっちおいでよ、おーくぼちゃん」


 またですか....あの舐め回すような厭らしい視線はいつものやつでしょう。

これまでも色々されましたが一線を越えるような事は無かった。しかし、もう行為以外はやり尽くした気がします。となればいよいよ....

なんとか気を逸らさないと....


 「申し訳ありませんが、大事な用事がございますので」

 「なに?俺の相手以上に大事な用がお前にあんの?」


 「はい。花形様のお迎えに上がります」

 「ああ、いいよ。あんな奴。ちょろちょろ付いて来やがってうざいんだよ」


 「ですが―」

 「口答えか。お前も偉くなったな」


 「いえ。そんなつもり!」

 「もういい。キモイわお前。大翔(たいしょう)雷斗(らいと)お前らにやるよコイツ」


 二人の少年が、ジリジリと不敵な笑みを浮かべにじり寄ってくる。

そんな二人と歩幅を合わせて後退しつつ、何とか言葉を絞り出す。


 「やるって....そんなの滅茶苦茶です!あんまりです!」


 珍しく声を張り上げて反抗して見せる大久保の顔面に、ゲーム機が飛んでくる。

龍神が投げたゲーム機は大久保の左目に直撃し、ドチュっと鈍い音を立てると大久保は尻もちを付いた。


 「痛゛っ゛っ゛........うぅ....」


 左目の激痛に耐えつつも顔を上げると、充血のせいなのか本当にソコに居るのか、ホテルの窓に赤く丸い大きな目のような物が見えた。


 サッと血の気が引き、冷や汗と共に鳥肌が体を覆う中、絞まった喉から何とか声を絞り出し、


 「お、お逃げください....坊ちゃま....」


 ただならぬ気配に龍神が振り返ると、確かに”ソレ”はそこに居た。


 「楽しかったねー♡」 「ねー♡」


 花(........えっ、120分も並んでこれだけ!?)

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