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イチリン  作者: 火炙
4/8

4 信仰の罰

 さて、一度状況を纏めておきましょう。まず、わたくし達はその美しさ故、攫われてしまいました。

何のために?そう。生贄にするために。果物とお酒と一緒に神の元へ......とはなりませんでした。

逃げ出しましたので。

で す が!状況は好転するどころか、悪化してしまいました。全てはあのクソ蛇のせいですの。


 これはわたくしの考察ですが、道と間違えて乗り上げたこの化け物。これこそが、オオロジサマと呼ばれる生物の正体かと。

路地と見間違う程の巨大さ。オロチという言葉の訛り。この二つが超合体した結果がオオロジ。

ふっ、大蛇を神と崇める愚かさ。血液の代わりに泥でも流れているのでしょうね~


 ....こほん、失礼。そして今、わたくし達は木々の開けた場所に投げ出されました。

視界の中には、一軒の豪勢な家。恐らく別荘でしょう。同じ山に居るとは到底思えませんわ。




 「おぉ、歩いてくるとはな。初めてだ」

 扉を開け出てきたのは、ピチピチのジーンズに、ピチピチのTシャツを着用した、褐色の男性。

そうですわね......よく見るNTR男をイメージして下さると良いでしょう。


 「あなたは?」


 なんだアイツは。贄の条件は形の整ったガキのはずだ。それに歳もいってるな。

まぁ良いか。ああいうのもたまには。


 「ちょっと?聞いてらっしゃいます?あ な た は?」

 「俺か、俺は神だ」


 「ふっ。神?神と言いましたのあなたは?」

 「そうだ。聞かなかったか?あそこで」


 そんな訳は無い。とは言い切れませんわね......不快感が溢れ出すあの男が、わたくしの質問に正直に答えるとは思えない。ですが、聞いてみる価値はあるでしょう。


 「もしや、あなたがオオロジなんですの?」

 「なんだよ、知ってるんじゃねぇかw」




 一方、花形達はというと


 「おい、気になる証言が取れたぞ」

 「お~?」


 「えらく飛ばす黒い車を見た。とババアが言っていた。危険だと憤慨していたぞ」

 「車ねぇ。でもよ、関係があるとは言い切れないんじゃねの?」


 「いや、あるぜ。つか、十中八九ソレだろうね」

 「だろ?軽屋(かるや)の方に向かったらしい」


 軽屋市か、死栖痲(しすめ)山があるな......いや、だとしたら、それは最悪すぎないか!?

警察も自衛隊も入山を拒否するような場所だぜ?人語を話す動物。死の呪い。世界の不具合。

まだ、汚染区の方がマシだと思うが。はぁ........覚悟決まりすぎだろ...


 「死栖...」

 「ソコだと決まった訳じゃねぇだろ」

 異神が遮るように、割り込んだ。


 「ソコだとしたら最悪だって言いたいの!」

 「ったよ!ならこの俺が見てきてやる」


 「いや君じゃ無理だよ。そんなにぬるい所じゃない」

 「あン!?俺じゃ無理だと!?ガキ見っける前に葬られてェか!?」


 口喧嘩をし始めた二人の間に、星見が割って入る。


 「じゃー、僕がみてくるよ咲」

 「夢ぇ....助かるよぉ....」


 「じゃ、行ってくるな」

 「夢、死栖痲はマジで気を付けてな。あそこはガチだから」

 「はーいはい」




 と、咲さん御一行は無事、わたくし達が死栖痲に居ると特定できたようですわね。

一方、わたくし達はと言いますと、


 「ちょっとお待ちなさい!オオロジと言うのは、さっきのデカ蛇じゃありませんの?」

 「あいつもそうだ。で、俺もそう」


 「ねえミカさん。どういう事なの?意味わかんないよ」


 わたくしもそうですわ。全くもって意味が分かりませんが、それよりも、オオロジが二人いる。だとしたら、これまでの生贄の方々はどちらのオオロジに捧げられたのでしょう...


 「ま、こっちこいやw」


 それにしてもへらへらと癪にさわる方ですこと。あの舐め回すような厭らしい視線、まるで女の味を忘れられない浮浪者のようですわ。つまり、極めてお気色がお悪いという事。


 それに、ドロドロとした悪意が見え見えですわ。この距離に居ても、不快感と焦燥感を掻き立てられますわ。一刻も早くこの子を連れて離れませんと。


 しかし、先ほどの耄碌爺(もうろくジジイ)()めるのとは訳が違う。頭の悪そうな風貌ですが、この男は嵌める側。

これまで通りのやり方は通用しないでしょう。


 ですが、何も無策という訳でも無い。少しリスクはありますが、やってみましょうか。

あのタイプなら恐らく引っかかってくれるでしょう。


 一葉に三歩後ろを歩くよう指示すると、男の元へ歩を進めた。


 「まぁ、心づくしのご歓迎。心より感謝いたしますわ」

 「ハッ、どうした。引き攣ってるぜ?」


 「さぁ、もてなしてくださいます?」

 「おう。そのためにわざわざ出て来たんだ」


 首を掴もうと伸びた男の腕を取るや、流れるような動作で足を掛け、男を地面に叩き付けた。


 「がッッ!」


 はん。女にやられるわけが無い。貴方のように、女性を心底舐め腐った輩にだけ通用する一芸。

同じ相手には二度と通用しないしませんが......いえ、今は兎にも角にもこの子を!


 「さぁ!逃げますわよ!」

 「え、うん!」


 やはり、やはりそうでしたか。まともな建造物があるということは、そこに至る舗装された道もあると思ってましたの。走りやすく、迷う心配もない。安心できますわ。

 それにしても、この子の腕の細いこと。力を入れると折れちゃいそうで不安になりますわ......


 そんな二人の後を追う、赤い目をした悪魔のような大蛇と、その頭に乗る激怒した男。


 ちっ、もう来ましたの?随分とお早い復活ですこと。

そしてあの蛇の恐ろしさと言ったら。音を立てない。風を立てない。その癖、接近に気付ける程に強烈で圧倒的な気配。

夏場の太陽のようにジリジリと肌を焦がすようなこの殺気は男の物でしょう。相当苛立ってますわね。


 蛇は必死で走る二人の横に並んだ。上に乗る男は、美華条に向かい飛ぶと、力の限り蹴りつけた。

吹き飛ばされた美華条は、太く固い木に叩き付けられるも、何とか起き上がると、


 「すず!お逃げなさ―」


 男の渾身の蹴りは、なんとか上体を起こした美華条の顔面を打ち抜いた。

鼻骨骨折、唇、口内は切れ、脳を突くような痛みに涙があふれ出る。血も同様に。

 しかし、それでも男の暴力は止まらない。髪を乱暴に掴み上げ、美華条を立たせた。

顔に拳。腹に膝。胴には肘。潰れるような痛みが、骨の軋む音が、鋭く冷たい痛みが。滝のように打ち付けられる固い拳は、手入れの行き届いた令嬢の体に色と凹みを増やし続けた。


それでも令嬢は悲鳴を上げない。唇を噛み、必死に我慢をしていた。


 力なく倒れこむ美華条の耳をつねり上げ、起き上がらせる。


 「クソがっ!舐めた真似しやがって!胸糞悪りぃンだよ!クズが!」

 「へ...」


 「あァ!?」

 「へ た く そ❤」


 男は左手で美華条の首を掴むと、耳を掴んでいた右手をそのまま下げた。

男は令嬢の耳を引きちぎった。


 「痛ッッッ!!!」


 いえ、いけません!声を出してはいけませんわ!悲鳴は枷。それが交流のある者の物だと尚。

わたくしが声を上げればあの子の足は竦んでしまう。それではわたくしが体を張った意味が無い。

そこは。それだけは譲れない一線。あの子は―


 首から手を離すと、横腹に蹴りを叩き込み、美華条を吹き飛ばした。


 霞む美華条の目に映ったのは、小さな背中。白い繊弱な背中。


 あれはっ。あの子は。なぜ、なにを、どうしてここに。


 「逃げるのはミカだよ」


 なに?声を震わせて貴方は何を言ってますの?声だけじゃない、手も足も。

あなたに倒せる相手じゃない。時間を稼ぐことすら厳しい。そんな事、あなたが一番分かっているはず。

なのにどうして。体を張って守る理由。わたくしにはあっても、あなたには無いはず。


 「ミカ、いっぱい助けてくれてありがとう。私はミカを置いては逃げられない。誰かの犠牲で成り立つ人生なんて嫌なんだ」


 なんと....なんと!。わたくしの為に命を捨てる覚悟があるようで。

しかし、難しい言葉で飾りててていますが、隠しきれない恐怖が見え透いていますわ。そして、それでも立ち向かう勇気もまた。


 きっと気づいていないのでしょう。その手の内のレイピアに。

根伸で武器を編むなんて....そうですね........ここはあなたにお任せしましょう。


 

 美華条は傷ついた体を起こすと、


 「では........頑張りなさい........」

 「うん。逃げ切ってね」


 痛む体に鞭を打って出来る限りの速足で山を下った。


 「ハッ!その棒切れで抵抗してみるか?」

 「もちろん。するよ」


 左手を腰元に、右手に持つレイピアの切っ先を自身の足元に向ける。

それが彼女にとっての構え。アニメで見た、見様見真似の紫流。


 「威勢が良いねぇ!お前みたいなのは初めてだ!調教(授業)が楽しみでたまらねェな!」

 「授業?学校でも開いてるの?」


 男の圧に負けじと、なんとか苦し紛れの軽口を叩いてみせる。


 「そうだ。男を満足させるためのテクニック。セックスにおいてお前ら()が出来なきゃならねえこと」


 男の邪悪な笑みに一葉の中で何かと何かが繋がった。


 「........ねぇ、今までの生贄の人たちってどうなったの?」

 「さあな。考えたこともねぇ。肉便器か土の下かのどっちかじゃねえか」


 「さあ。って、あなたが攫ってきたんでしょ!?だったら―」

 「チッ、うっせーな。せっかくだ、話してやる」



 男の名は陣崎(じんざき) 零弥(れいや)。性奴隷兼、商売道具として子を集めている。

生贄の性別は関係無く、少女がほとんどだが、少年の場合もある。

年齢は8~12歳程であり、贄はオオロジに一度飲み込まれ、陣崎邸の前まで連れて来られると吐き出される。そしてそこから生贄達の地獄の日々が始まる。


 前提として、贄達は着衣の禁止、私語の禁止。陣崎の指示には絶対の服従など厳しい規則が課せられている。食事や睡眠、排泄なども徹底的に管理されており何をするにも許可が必要となっている。

家主の機嫌を少しでも損ねるような事があれば厳しい懲罰が待っており、基本的に自由というものは存在していない。


 邸宅に入り初めにすることは、授業という名の性行為。少女ならば膣を。少年ならば肛門を。

何かを教えるわけでもない、自身の快楽の為だけの乱暴な行為。教育という意味の授業が始まるのは、全てを一通り堪能した後の事。

 授業というのは、男の悦ばせ方。生贄を買い取った客に生涯を捧げ、一生を掛けて奉仕するその手練手管を叩き込まれる。


 ここでの地獄は半年程続く。それは新たな生贄が届くサイクルであり、半年経てば客に売り飛ばされる事になる。それも、ただ売り飛ばされると云う訳でもなく、加工という工程を挟む。


 加工とは客の要望に沿って行われる人体改造の事で、四肢の切断。口、目、女性器の縫合に抜歯。

眼球の摘出や、子宮の摘出など。少年の場合は去勢なども行われている。


 そうした工程を経て客の元に届けられた少年少女達は陣崎の元とはまた違う、別種の地獄を味わう。

即ち、一葉の未来の姿である。

 と、いうような内容を語って聞かせた。



 「なんでっ。なんでそんな事するの!酷すぎるよ!」

 「あー。ダリぃ。『なぜ?どうして?なんでなの?』うるせえよ。必要か?理由が」


 そう云い放った陣崎は、握り固めた拳を一葉の額に打ち付けた。

切れた額からは血が滴るが、怒りとアドレナリンに飲まれた一葉は怯まない。


 「痛っっったいなぁ!!!」


 頭部への鈍痛に仰け反りながらも反撃に出る。

軽い体重を乗せた踏み込み。腹部に向けた切っ先を突き立てようと試みるも、回避のついでに腹部にカウンターを打ち込まれる。


 「うっっ!」

 「違うんだよ。根底から」


 動きを止めることなく拳が叩き込まれる。


 「お前らはいつもそう。何かにつけて理由を求める。必要か?訳が」


 脂肪の無い一葉の体は打撃を人一倍受け付ける。筋肉の無い腕は反撃を認めない。


 「ダメか!?欲求に従っちゃよ!?お前らは誰に遠慮してんだよ!なぁ!?素直になろうぜ?自分の人生だろうが!」


 陣崎の猛攻に一葉はついに倒れた。


 「よぉ!?自由に生きようぜッッッ!!!!」


 倒れる一葉の顔面に力を込めた拳を全力で叩きこんだ。

バキッッ!という何かが割れるような音が静かな森に響き渡った。その小さな頭を中心に、大量の血が広がる。


 ........ん?待てよ?しこたま殴ったが大丈夫か?腹へのちょっとした刺激でも処女膜は破れるって言うしよ。確認確認っと........おーあったあった♪ビビらせんなよなーって。

冷える前に頂きま....と、その前に。


 「んだよ。忘れモンか?」

 「ええ。大切なものを」


 陣崎が立ち上がり、体を向けるとそこには美華条が立っていた。

美華条はよろよろと陣崎の方へ足を進めながら、腹部の紐を解き、衣服をそっと脱ぎ捨てた。

軽く薄い衣服は音を立てる事無く地面へ落ち込んだ。


 「前戯は必要ありませんわ。不潔ですが、貴方のお陰で血に濡れてますの。さぁご賞味あそばせ」


 わたくしにはこれしかない。すずのようなまぶしい勇気も。陣崎(あなた)のような力も。

ですが、これは誰にでもできるヤり方。強い勇気と覚悟があれば。誰にでも。


 「お前、処女か?」

 「残念ですが。女である以上レイプの一度や二度....ね?」


 「ハッ。まあいい」


 今のわたくしにはアレ(勇気)もある。コレ(覚悟)もある。ついでに牙もしっかりと。


 わたくしは貴方を殺す為に舞い戻りましたの。


 「こっちこいよ。まずはしゃぶれ」

 「Oui(はい) 喜んで」


 フフっ。何処までも愚か。男という生き物は。いえ、”おちんちんに頭を乗っ取られた”男は。

一度こういう事言ってみたかったのです。貴方の敗因は一つ....


 美華条は男の前で正座をすると、慣れない手つきでベルト、チャックを外し、下着をずらした。


 「ありがたく頂戴いたしますわ」


 口を大きく開くと、くわえ込む....フリをした。


 では、改めて。こほん、貴方の敗因はたった一つ。レイプ相手にフェラを強要したこと。



 美華条はカリ首に歯を当てると、力強く亀頭を嚙み千切った。


 「ガアアアアアアアアア!!!!!?!?」


 辺りに絶叫が響き渡った。男の性器からは血と尿が混ざり合ったような不潔極まる液体が噴き出した。

直後、美華条の視界に1フレームで現れた花形は、隕石のよう。とも評されるその右ストレートを男の頬に衝突させた。


 その拳は男の顔を破裂させた。パンッッ!という音と共に辺りに肉片が飛散した。

二つの首上を破壊された陣崎は地に背をつけた。


 「....メイクにお時間が?」

 「ホントごめん!遅くな........って、すずちゃん!?!?」


 一葉に駆け寄ると、脈を確認する。


 「あっ、良かった。生きてる....夢!!夢ーー!!!!」

 「聞こえてるっつーの」


 大きな羽を広げた星見が、風を起こすことなくそっと地面に降り立つ。


 「この子病院に運んで!いつものとこで良いから!」

 「はーいはい、って酷いなコレ....」


 星見は一葉をそっと抱えると、夜の星空へ消えていった。



 ふぅ....終わりましたのね。わたくし達の勝ち........とは言えませんわね。命があったとは言え、消えない傷が付いたことでしょう。そういう意味では、助けることはおろか、守る事すら........


 「どーしたのさ。珍しく涙なんか流しちゃって」

 「うるさいっ」


 花形は美華条の横に腰を下ろすと、肩に腕を回し、抱き寄せた。


 「何もできなかった。とか、守れなかった。なんて思ってるなら見当違いだぜ?」

 「いえ、残念ながらそれは事実。わたくしが弱いばかりに」


 「いいや。強いよミカ嬢は。君が居たからあの子は生きてた。君が居たから私が来れた。頑張りすぎなくらいだよ」


 そう言うと、花形は美華条の前で背を向け、膝をついた。


 「乗りなよ。帰るぜ」

 「あ、それでしたら寄ってほしい所がありますの」



 二人は陣崎邸の前に居た。


 「なんだこれ....こんな所にこんなものがあったのか」

 「この邸宅内に用がありますの」


 扉を開け、玄関に入ると電気が付いたままの豪邸が視界に広がった。

美華条の指示のもと、各部屋を探索するも目当ての物は見つからなかったようで、二人は二階に続く階段へ向かった。


 「ねー、ミカ嬢?何を探してるか知らないけどさ、この家地下もあるみたいだよー?」

 「!!絶対ソコですわ!二階はナシ!地下に向かって下さいまし!」


 景色が綺麗な一室に戻ると、カーペットをどけ、現れた戸を開けると薄暗く、先の見えない階段が続いていた。


 「ところで、なんでこの部屋に来た時に言ってくれ無かったのです?」

 「うっ....まぁ、な?行こうぜ」


 階段を下り正面の扉を破壊し、中に入ると十畳程の小部屋があった。


 「なんだぁここは」

 「さぁ。ですが、こ…って前前!!」


 ペタペタと髪の長い裸の小さな生き物が四足歩行で近づいてくる。

ソレは二人の前に着くと、上体を起こした。その時初めてソレが人間の女だという事が分かった。


 「なっ、この子はなん....きゃーーー!?!?」


 少女は花形のズボンに手を掛けるとそのまま一気に下し、下着にも手を掛けた所で、腕を掴まれ止められた。


 「ちょちょっと!?なにしてるのかな!?お嬢ちゃん!?」


 ふむ、やはりそうでしたか。贄の行方が気になっていましたの。可哀そうですが死んでいる物もいるでしょうが、生きている物もいると踏んでいました。

 それにしても、顔を合わせるなりコレとは....この子がここでどのような生活を送っていたかが容易に想像できますわね。


 「こちらへおいでなさい」


 少女を呼び寄せると、頭にはてなを浮かべる少女を強く、そして優しく抱きしめた。

背をさすり、頭を撫でる美華条の目には大粒の涙が浮かんでいた。


 「ふぅ。どうしたものかねぇ........ん?」


 部屋の角。薄いタオルケットが膨らんでいる事に花形は気づいた。

その盛り上がりに一歩、二歩と近づいたその時、少女は花形の前に立ちはだかった。その細い枝切れのような腕をピンと伸ばし、小動物の威嚇の様な態勢を取った。


 「だめっ....えっちいぱいする....から、おねがい....おねがい....…」

 「えっ、なに、えっ?」


 「ちょっと!咲さん!何してますの!おやめなさいよ!」

 「は、はぁ!?ななななんにもしてないし!」


 二人は土下座をする少女の顔を上げさせた。


 「えーっと、アレは何かな?」

 「....…ともだち」


 「友達....ですの?」

 「ミカ嬢あれもしかして....」


 「えぇ。確認した方が良いかもしれませんわ」

 「うん。お嬢ちゃん?ちょーっと見せてもらうね?」


 「だめっ....おねがい。おねがい!」

 「大丈夫ですわよ。痛いことも、怖いこともしませんから。ね?」


 信じられない程弱い力でパタパタと暴れる少女を美華条が抱え、花形がそのタオルケットをめくると、そこには少女と同じくらいやせ細った全裸の人が居た。そして、ソレは両手と両足が切断されていた。

 その子は壁側に体を向けており、仰向けにしてみた結果、男の子だと判明した。


 「その子、どうですの?」

 「うーん、生きてはいる。けど、虫の息だね」


 「不味いですわね....早く病院に連れていきませんと」

 「あぁ、行こうか」


 花形が少女を背負い、少年を抱える。美華条はよたよたと歩きながら、家を出て、山を下り始める。


 「ところで、その子達の事何て説明しますの?」

 「あーこれね。それは大丈夫。”闇”のとこで診てもらうから」


 「闇って....大丈夫なんですの?」

 「大丈夫!だからミカ嬢も安心して治療受けなよ」


 「....ん?わたくし?」

 「うん。気づいてないの?片耳無くなってるよ」


 刹那、美華条は思い出した。あの痛みを。

切れたアドレナリンはもう痛みを隠してはくれない。


 「あっ....イ゛ッ゛ッ゛テ゛テ゛テ゛テ゛テ゛テ゛!!!!!!」

 「あっははは。どうする?落とすかい?」


 「お゛と゛し゛て゛!!!」


 その言葉を聞くと花形は、美華条の顎に拳を軽く、そして素早く当てた。

美華条の意識は飛び、そのまま倒れこむ前に花形にキャッチされた。

 背には少女、右腕の中には少年が。左の小脇に美華条を抱えながら歩みを進めた。


 「はぁ....裸の子供三人抱えてさ。人に見られたらなんて説明すればいいんだよ」




 一葉が目を覚ますとそこは病室だった。包帯がミイラのように巻かれており、腕や顔にはチューブが繋がっていた。視線を左に向けると、そこには林檎を向いている花形が居た。


 「よっ、起きたな」

 「....どれくらい経ったの?」


 「ここにきてから三日」

 「そんなに....」


 「いやいや!けっこー短いぜ?頭割れて脳みそが顔出してたんだから」

 「そうなんだ。ミカは?」


 「そうなんだって....アレなら元気いっぱいだよ」

 「そっか。良かった」


 「呼んでくるぜ。食べれるなら林檎食べといても良いからね~」


 花さんが病室を出てしばらくしたら、ドタドタと廊下を走る音が近づいてきた。

ガラっと扉が開くと、心なしか部屋が明るくなった気がした。


 「まぁ!目を覚ましましたのね!お元気そうでなによりですわ!」

 「おはよう....」




 「行かないのかい?咲」

 「今は私より友達の方が良いのさ」


 病室の外では花形と星見が廊下の壁に背を預け話していた。


 「で、あの村人君はどうしたんだい?この世に居ないってのはわかるけどさ」

 「村人全員。女子供合わせて、二百と十四人。集会所みたいな広い所に詰め込んで火付けたぜ」


 「あらら、全員ヤっちゃったのかい」

 「うん。あの村の子供ね、デブが半分、怪我を負ってる子が半分」


 「生贄の条件から外れてる....あー、村ぐるみか。きっと分かってたんだろうねぇ~」

 「だろうね。怖い話だよ」


 「あなた方なにしてますの?お入りなさいよ」


 不思議そうな顔をした美華条が二人に声を病室内に招いた。

それから四人は話し続けた。したい事。行きたい所。食べたい物。話が尽きることは無かった。




 一週間後、一葉退院の日。真昼の十二時、洒落たドレスを身に纏った美華条が病室にやってきた。


 「元気そうですわね。手続きは済ませていますし行きましょうか」

 「うん!」


 ベッドの上に纏めておいた荷物を、一つずつ持つと病室を後にした。

廊下には車いすに乗る四肢の無い少年。その右手に綺麗な身なりの年老いた執事が、左手には少年と同時に救助された少女が二人を待っていた。


 「さ、行きますわよ」


 美華条の背に三人が続く。そんな四人に不思議そうな視線を送る一葉だったが、小さな顔に笑顔を浮かべると後に続いた。


 病院地下1F駐車場。五人は老執事の車に乗り込むと病院を後にした。


 「じいや?咲さんから護衛の者が来ると聞いてますが、その方はどちらに?」

 「はて....どこかに。としか」


 「はぁん?はて....じゃありませんわ!誰ですの!そんな舐めた―」

 「確か、星見とおっしゃる方が」


 「あっ、あー、あっそう。確かにあの人なら....」

 「ねぇ、ミカ?星さんってそんな感じの人なの?」


 「まあ、適当というか雑というか、そんな感じの人ですわ」


 護衛の雑さを実感した所で、車内は沈黙に包まれた。

その沈黙を破ったのは二人。


 「あのさ」

 「ところで」


 美華条と一葉が同時に口を開いた。


 「あっ、じゃあそっちから....」

 「いえ、貴方から」


 「うん、気になる事があってさ。どうやって花さんの事呼んだの?」

 「あー、それですか。それはですね....」



 時は十日前まで遡る。一葉に助けられた美華条はふらつきながらも下山を急いでいた。


 ちょっとお待ちなさい。本当にコレでいいのかしら。確かにわたくしは頼まれた。

花形咲から『かなり不味い子を保護した。もし困ったことになってたら助けてあげて』と。

しかし、あの子に命を掛ける価値が?


........命を張ってわたくしを助けただけ。たったそれだけ。あの子を助けるために痛い目を見たのに、あの子は逃げなかった。無駄に傷ついただけ。ただのおバカじゃありませんか。


 でも逃げなかった。わたくしと違って。この恩はいずれ。と言いたい所ですが、早死にしそうなあの子に貸しを作ると、返せない気がしますわね。

 『誰かの犠牲で成り立つ人生なんて嫌だ』....ふっ。わたくしもですわ。


 美華条はスマホに位置情報を打ち込むと、眼前に広がる街並みに向けて、全力で投げつけた。


 「ちょっと待って!」

 「なんですの?」


 「スマホどこに隠し持ってたのさ」

 「フフフ....話を続けますわ」


 わたくしの考えはこう。スマホが落ちて壊れる前に、どこかの家のWi-Fiを拾って咲さんに送信出来れば勝ち。そうでなければ負け。いうなれば賭け。


 さて、戻ったらどうしましょうか。生きていたら良いのですが....

いえ、それより。あの男。力では敵わない。投げはもう通用しない。なにか別のアプローチを。


 例えば不意打ち。あの男が確実に引っかかるような........セッ、エッチなら或いは。

経験はありませんが、どこかの過程で口淫パートは必ず挟むはず。そのタイミングで。



 一方のスマホは未だ落ちることなく空中にあった。正確に言えば、空を飛ぶ少年の手にあった。


 「おん?山からスマホが飛んできた....なんだ?」


 星見がそのスマホの持ち主を調べると美華条という名前が。また、メッセージの送信相手が花形であり、肝心の内容が位置情報だけ。

 それだけで状況を察した星見は、花形に向け根伸を伸ばすと大声で叫んだ。


 「咲!!!見つけた!!飛ばすから掴まれ!!!!」

 「おっ、え、マジか!頼んだ!」


 花形は空から伸びる根を掴むと、思い切り飛んだ。それに合わせて星見も根を引いた。

二人の協力が合わさることで、加速を得た花形は星見が見た座標に向かって飛び出した。




 「と、言うことがありましたの」

 「おー!めっちゃ凄い事が起きてたんだ。次はミカの聞くよ」


 「ええ、では。あの日貴方は咲さんに黙ってどこに行こうとしてましたの?」

 「家だよ」


 「家?それはまたどうして?」

 「学校の制服を着てみたくてさ。まだ一回も着たことないし」


 「ほぅ。でしたら寄りましょうか。貴方の家に。じいや!」

 「あいかしこまりました」




 同日十七時。何でも屋花形、事務所内。そこには美華条、少年少女。そして中学の制服を着用した一葉がまったりとした時間を過ごしていた。


 「ッッ!帰ってきましたわよ!おすず、隠れなさい!」

 「うん!花さん驚かそう!」


 が、花形は気づいていた。扉の前に居る時点で。玄関前の靴箱の横に屈んで隠れている者が居ると。


 (おや誰かいるね。殺気は感じ無いけど....ミカ嬢辺りの悪戯だろうね)


 そう考察しながらも、知らないふりをして帰宅した。


 「おかえりっ!!!!」


 一葉が飛び出した。


 「わっ、びっくり....おぉ!?制服着てるじゃん!どうしたのそれ!?」

 「ふふん♪制服だよ」


 「おー!かわいいじゃん!めっちゃ似合ってるよ!」

 「あら?あなた何を持ってますの?」


 「これはね退院祝いのケーキと食事だよ。ミカ嬢とちびっ子二人の分もあるから」

 「まぁまぁまぁ!なんとなんとなんと!」


 全員のコップにジュースを注ぐと、花形は自身のコップを持ち立ち上がる。


 「すずちゃん。退院おめでとう!生きていてくれて、元気になってくれて本当に良かったよ。」

 「えっへん」


 「えっへん....?次にミカ嬢。よく頑張ってくれた!ありがとう。間違いなくMVPだぜ!」

 「短くない?なにかもっと....」


 「最後にそこの二人。ここに来たからにはもう大丈夫。誰にも手は出させないし、困ったことがあったら必ず助けるから。これからもよろしくね!それじゃ....」


 「「「カンパ~~イ!!!」」」




 そう。その顔。恐怖を隠し、心配を掛けまいとする笑顔では無い。

楽しくって、嬉しくって幸せで、心の底から溢れ出る笑顔が見たかった。


 美「ところで、オオロジはいつ倒しましたの?」

 花「すずちゃんを夢に預けた後。君を慰めてた時にはもう殺してたぜ」

 美(あの数十秒で....!?)

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