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イチリン  作者: 火炙
2/8

2 悪い奴と良い奴と

 貝罪は脊髄反射的に死体に背を向け走り出した。その光景を見た殺人者もまた二人を追うように走り始めた。両者の走力に大きな違いは無いものの、僅かながら追っ手の方が速く、少しづつ距離を詰められている事に一葉は気づいていた。


 「ねえ、追いつかれちゃう!」

肩をトントン叩きながらそう訴える一葉に

 「分かってる!大人しく乗ってろって」

というと貝罪は、携帯を取り出すと二言程チャットをすると、携帯をしまった。


 角を左に曲がり、人を背負って走るにはやや厳しい急な勾配の坂を駆け上がった貝罪は思わず足を止めた。街並みの中に浮かぶ月が、いつもの十倍程はありそうなサイズに見えたからだ。


 「デカい...ね」

瞠目する一葉と

 「とんだサプライズだな」

思考を巡らせながら適当に相槌を打つ貝罪。そんな二人の目に四つの人影が映る。そのどれもが金色の大月には相応しくないと思わせる様な、醜く、穢れた気を放っていた。


 向かって左側の三階建て陸屋根に二人、強い月光に姿は隠れていたが、膨れた胸に、丸みを帯びたシルエットから、片方は女性だと推察できた。向かって右の二階建て切妻屋根にも二人、身長差が激しく、大人と子供のように一葉達の目には映った。


 「で、後ろのも足して計五人....か」


 息を切らし、汗に濡れる貝罪がそう漏らしたが、ふう、と一息ついた貝罪は再び駆け出した。同時に眼前の四つの影もまた動き始めた。


 先ほどまでと変わらぬ速度で走る貝罪に並走するように、屋根の上を駆ける影は陸屋根に座っていた女性だった。女の影は一瞬加速すると二人の数メートル先に着地し二人を待ち構えるように立ちふさがった。

貝罪の小さい舌打ちが聞こえたその時、二人の上を一つの影が通り、その影は一葉の倍程はある十字架を、待ち構える女に力の限り叩き付けた。その衝撃は地面を砕き、陥没させる威力で、人の腕と鉄塊の衝突とは思えないほどの轟音を立て、発生した衝撃波は二人を数センチ程押し戻した。


 「おら、行きな。酒が切れたらアタシは引く」

巫女服を来たガタイの良い女はけだるそうに吐き捨てた。

 「悪い、頼んだ」

貝罪は向き合う二名を横目に砕け割れた地面を抜け、再び走り始めた。


 「そんじゃ、ヤるか?」

と言う巫女に

 「いいえ!戦いはニガテなの!アイは!えぇ、でも貴方がそう望むなら!付き合いましょう!」

元気よく、ハキハキとそう返したのは、戦うには如何にも不向きそうなヒラヒラした綺麗なドレスを着て、妙な丸い物を被っている不審な女だった


 「ハッ!ンな地球儀被ってヤれんのかよ」

 「いえ。いいえ。これは月!アイの愛するお月様!アイの母で、アイの友達!アイの憧れで、アイの素敵な王子様!それでね!それでね!アイの」

 「チッ....うっせぇなぁ、アイアイ言ってんじゃねぇよ。猿かてめえは」

頭を掻き、苛立ちを抑えきれない巫女が遮るように突っ込んだ


 「あら、何を怒ってらっしゃるの?...あぁ!そうね!そうね!思い出したわ!貴方やりたいのね!いいわ!いいわ!一緒に踊りましょう!二人だけの舞踏会よ♪」

ドレスの女はそう言い終わるや、瞬時に巫女の胸元に飛び、握り固めた拳を腹に叩き付けた

 「硬ぇだろ?良い女ってのはな皆シックスパック持ってんだ」

巫女は筋肉のついた腕を更に太くし、ドレスの顔面を打ち抜いた


 「まぁ!まぁ!お強いのね!いいわ!いいわ!貴方好きよ!」

ドレスの女は軽い身のこなしで拳を避けると、嬉し気に巫女に好意を伝え、飛び掛かった。



向い右の信号を渡ろうと視線を向けた瞬間、二人の足元にナイフが二本飛んできた。

足元に突き刺さるナイフに焦ることなく、迂回をするという冷静な判断を選択した貝罪は知っていた。そのナイフの持ち主が味方であるということを。


 「おや、あなたですか。殺し屋の 異神(いがみ)さん」

待ち伏せに失敗した、背筋の良い黒い影の男が姿を見せた

 「知ってるならやめとけばいいのに」

そう返したのは、何かのコスプレかと思わせる、黒いマントに黒いシルクハット、ゴスロリファッションを身にまとった美しい顔立ちの青年であった

(おかしいな。姿が見えない。月の逆光かと思ってたけど....(もや)?いや違うな)

思考を巡らせながらも、手元に光る銀のナイフは男に対し牽制を緩めなかった。



 迂回をしながらも走り続ける二人の前に、また一人子供のように小さい影が現れた。

その子供は地面に膝と両手をつくと、コンクリートの地面を穿ち、太く鋭利な触手のようなものを生やすと、二人に向けて攻撃を始めた。

勢いよく向かってきた触手に、貝罪はなんとか避けたが、不意の急襲に体制を崩した貝罪は地面に倒れこみ、一葉は投げ出されてしまった。


 「痛っ....貝さん!」

 「万事休す....だな。後は任せた、自殺屋」

 「じさ、じ、えっ?」

目を丸くした一葉は、背後から飛んできた何者かに脇に腕を通す形で掴まれ、空に攫われた。

一葉が視線を上げると、そこに居たのは意外にもうら若い少年だった。幼い容姿に似合わず、変声期を過ぎた聞き心地が良く、間延びのした声で話し始めた。


 「無事かぃ」

 「え、はい。無事です......」

そう聞いた少年の表情は少し緩んだようにも見えた


 「ふぅん。そりゃいいやぁ」

 「あの、あなたは....?」

 「いいかい?これからの事を話すからよく聞きなよ」

自己紹介よりも大切な内容らしく、余裕感の無くなった声は先ほどよりも低く聞こえた


 「まず、このままゆっくりと降りてくから、滑空の勢いを利用して真っすぐ走りな」

 「私、走るの苦手です」

きっぱりと言い切る一葉に、少し笑みをこぼしながらも、話を続ける

 「とにかく走りな。見ての通りこのまま真っすぐ走れば国道に出れる」

 「うん」

 「君の足じゃ....ちょうど、道路につく頃には、黒い高そうな車が止まってるはずだ、それに乗り込んでくれな」

 「乗った後は?」

 「運転手の言うこと聞きな」


 作戦を共有し終えると少年は、高度を下げ始めた。


 「合図を出したら走り出せよなあ」

電線が、屋根が、街灯が、徐々に目線より高くなり


 「3....2.......1!行け!」

少年が声を張り上げると、一葉は全速力で駆け出した。


 勢いに上手く乗り、加速を得た一葉は経験した事のない速度に内心ビビりながらも必死に走った。駆け出して二十秒ほど経過した頃、目標にしていた国道を遮るように一台の高級車が停車した。

 一葉が道路に面する歩道に足を乗せたタイミングで車のドアが開き、飛び込むように乗ると、ドアが閉まり、一葉が座りなおす時間もなく、車は走り出した。

息を切らした一葉が座り直し、シートベルトを着用するのを確認した助手席の男はこう切り出した


 「さて、これまでのことは報告を受けている。よく頑張った」

フロントガラスに反射した壮年の男性はなんとも強面だったが、敵意や悪意の類は一切感じなかった


 「まず、何者かだな。私は檎悟 尽馬(きんご じんま)。警官だ。こっちは真石(まいし)


 檎悟に紹介を受けた運転手の女性は、ルームミラー越しによろしくと一言告げると、再び視線を前に向けた。


 「我々は今、奴の事務所に向かっている。到着した後、話を聞かせてもらう予定でいるが........」


 そう話し終わる前に、後部座席に横たわる一葉の姿が、ルームミラー越しに檎悟の目に入った。檎悟は自身のシートベルトを外すと、身を乗り出して一葉の首筋に、指を当て、脈を確かめた。

若干、拍動が速くなっているものの、先ほどまで全速力で走っていた事を考慮すれば。正常な域であることを確認すると、再び座席に戻りシートベルトを締めなおした。


 「寝たか」

 檎悟は聴取が出来なかったことに対する不満と、ただの寝落ちだったことに対する安心が混ざり合ったような声でつぶやくと、大きく息を吐き背もたれに背を着けた。



 一方、先ほどまで活躍をしていた三人は見晴らしのいいビルの屋上で集まり、雑談に興じていた


 「随分やられたな、祈り屋」

異神がそう切り出すと

 「うっせえ!ぴょんぴょん跳ね回りやがって....あのチビ」

怒りと苛立ちに満ちた声で巫女がそう返す

 「まあ、アレだな。揃いも揃って、激やばだった。てな」

少年が二人の間に入るもギャーギャーと言い合いを続け、不毛な時を過ごすこと数十分、満足したのか巫女も、異神もそれぞれ別の方角へ飛び去った。

夜が明け、真夏の真昼を取り戻した街を目に少年は小さくため息をついた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 チンっ!という高い音で目を覚ました一葉は見知らぬ天井、慣れないベッドと枕に違和感を感じながらも、体を右に捻り寝返りを打つと、そこには綺麗な寝顔をした女性がいた。

差し込む朝日が八時を告げるベッドの中、頬を赤らめた小さな顔には若干の汗が滲んでおり、額には(はぐ)れた前髪が数本張り付いていた。小さく開いた口からは、律動的に寝息が漏れており、少し視線を落とすとそこには寝返りのせいか、乱れた寝間着が目に入り、その姿は先ほどまで行為に及んでいた女性の様だった。


 そんな姿にドキリとしながらも、漂ってくるいい香りの出所を探しに一葉は立ち上がり扉を開けると、リビングのような場所で、焼き立ての食パンを食べようとしていた花形と目が合った。


 「お、起きたな。おっは」

はにかみ、手を振ってみせると

 「お化け......?」

 「アッハハハハ!違う違う。ほら、自慢の美脚もこの通り」


 笑いながらもスカートをたくし上げ、自慢の足を見せつけていた花形に、一葉は飛びついた。


 「おっとと、まさか泣いてくれるとはね...ごめんごめん。昨日は怖い思いをさせてしまったね」


 そう囁き、優しく頭を撫でたのが一葉の号泣スイッチをオンにした。

 「う"わ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ん"!!!」

幼子のように声を上げ始めた姿に流石の花形も狼狽した様で、何もすることが出来ず、数十分程その状態が続いた。


 落ち着いてきたタイミングを見計らって洗顔と歯磨きをするよう促すと、ソファにへたり込み一息ついた。

 目を赤く腫らした一葉が戻ると、自身の隣に座らせ、花形は静かに話し始めた。


 「言いたい事、聞きたい事。話したい事とかさ、いっぱいあると思う。お互いにね。というわけで、私の方から話していい?」

 「いいよ」

 「そう言ってくれると思ってたぜ。私が言いたいのは一つ。一葉ちゃん、私と一緒に住まないかい?」


 そんな唐突な提案に一葉は目を丸くして固まってしまった。なぜか、と理由を問いただす前に花形はその提案に至った訳を説明し始めた。


 「そう。知っての通り、君はとてもヤバい人たちに追いかけられてる。しかもしかも最悪なのが、そのヤバい人たちは、とても強い。だからさ」

 「?だから?」

 「そう、だから。君を安全な所で匿いたい訳さ。ちなみに安全な場所というのは私が居る場所という」


 その後もぺらぺらと一葉が置かれている現状の危険さや、自身と同居することのメリットをを話し続け、およそ数十分程説得し続けた結果、なんとか一葉の了承を得ることに成功した花形は、思わず小さくガッツポーズをした。


 「さてさて、次は君の番だぜ。なんでも聞いてな」

 「じゃあ、昨日助けてくれた人たちは誰なんです?」

 「お、あいつらはね、私の協力者だよ。"祈り屋"千羽 淫莉(せんば みだり)、"殺し屋"異神 蠢(いがみ しゅん)、"自殺屋"星見 夢(ほしみ ゆめ)が来てくれてたはず」

 「協力者?」

 「そ。支援してやるから、呼んだら来いよってね」

 「じゃあじゃあ、花さんはどうして生きてるの?」

 「不老で不死だから、かな」

 「うーん、じゃあさ、ここはどこ?」

 「ここはね、私が経営してる何でも屋さ」

 「じゃあじゃあ」


 一葉が何かを聞こうとしたその時、一葉の横で寝ていた女性が寝ぐせ頭をポリポリ搔きながらふらふらと現れた。


 「ふぉふぁふぉう(おはよう)......」

 「おー、起きたな。一葉ちゃん、覚えてる?あの人」

 「真石さん...?」

 「ふぉーふぁふぉ(そーだよ).......」

 「お、よく覚えてるねえ。マイ、とりあえず顔でも洗ってきたら?」

 「ふぁーい」


 おぼつかない足取りで洗面台へ向かう真石をよそ眼に、先ほど何を聞こうとしたのかと、途切れた話を再開させる


 「私のことを引っ張ったアレ。アレって何なんですか?」

 「あー、アレね。アレは根伸(こんしん)って言うものなんだ。聞いたことある?」

 「ない」

そう言う一葉の前で、実際に根を出し、見せながら説明を始めた。


 「これはね、根なんだ」

 「ね?」

 「そ。根っこ」


 《根伸》それは花思(セラフ)を芽吹かせた者のみが扱える体内に広がる根である。手指の先から出るものが主であるが、練習をすれば全身どこからでも出せる。また、同様に練習をすることで、硬貨、軟化、延長、太化も可能であり、応用することで、根伸を絡ませ任意の武器を作り出すこともできる。というような内容を実際にやって見せながら説明した。


 「まだ質問があるなら受け付けるけど?」

 「う~ん、今は思いつかない」

 「そうかい。思いついたら聞くといいよ」

 「はーい!」

小さい子供の、元気のいい返事に気をよくした花形は笑みを浮かべながら、朝食の準備を始めた。

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