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イチリン  作者: 火炙り
1/1

1 初めまして

 今日は気温が36°もあるらしい。こんな日に出かけるんじゃなかった。


 雲一つない真昼の12時、日陰のない路地をふらふら歩く私の耳に興味を引く音が聞こえてきた。

それは男の怒鳴るような声と数人のドタドタと走るような足音。泥棒が警察に追いかけられているのだろうと私は考えた。そう。考えただけ。急いだり、隠れたりなんて考えもしなかった。


 結論から言うと私の予想は当たっていた。


 目の前にある曲がり角から飛び出してきたとても大きな男に私は捕まった。

男の大きな左腕にガッチリと抱かれた私は動けなかった。それは男の力が強かったのも理由の一つだけど、もう一つの理由は首に当てられたナイフが怖かったから。

男にホールドされて1秒も経たないうちに男を追っていたであろう一人の女性が飛び出してきた。


 「もう!待っt....うわ、最悪........」


 その女は自身が追っていた男が少女を人質に取っている様子に、余計な仕事が増えたと言わんばかりの表情を浮かべながらもこう話しかけた。


 「えーちょっ、マジ?え、マジで?」

 「近づいたら殺す!こいつを殺す!」

 「ハイハイ。で?どうしてほしいのよ。私にさ」

 「まず下がれよ!んで、追うな!俺のことは」

 「ふーん、わかったよ。脱いだら良いんでしょ。しっかたないなぁ~」

 「あ!?言ってねえだろ!ンなこと!」


 目の前で起きている会話に私はついていけなかった。二人とも話を聞かず喋ってるし何より、こんなにも大きい男の人が、目の前に居る小柄な女性に対して本気で怖がっている、私を人質に取ったのもきっと、目の前の女性から自分の命を守るためなのかも。あの別に強そうにも見えない女性に?命を?


 そんなそれぞれ別の感情を抱く二人をよそ眼に女は上着のボタンを一つ、また一つと外していった。


 「オイ!テメェ!話聞いてんのかよ!?」

 「あーはいはい。めっちゃ分かるよぉ。良いよねぇ~ストリップって。私も好きだぜ」

 「おちょくってんのかァ!?マジに殺すぞこのガキを!」

 「ん~?近づいて無いのにかい?そりゃ約束がちがうぜ?」

 「はなっからしてねえだろうが!ンな約束!」


 女は脱ぎ終えた上着を服が広がるように男に投げつけた。その瞬間、男は眼前の女の奇行の意味を察した。


 「なっ....!」


 私の目の前に広げられた服から何かが伸びてきた。なんとも言えない色の、なんとも言えない質感のそれは私の脇腹を通って2~3週ほどすると、すごい力で私を引っ張り出した。


 人質を強引に奪われるという想定外の行動に加え、視界まで制限された中での一瞬の奪取には対応できず男は少女を手放してしまった。


 「クソッ!テメェ!」

 「おっとっとっ.....うい!キャッチ!」


 気が付いたときには、私は女性に抱えられていた。私の頭は女性の胸に優しく押さえつけられ、耳元でこうささやかれた。


 「後はお姉さんが上手くやるから」


 人質という盾を半ば強引に奪い取られた男が生き残る道はただ一つしかなく、それはプライドもなにもかもをかなぐり捨てての命乞いだった。


 「ま、待ってくれ....!じ、自首するから!な?たすけt....」


 その時そこで何が起きていたのかある程度は私にも予想がつく。怯えた声が途中で消えた。きっと殺されちゃったのだろう。私を助けてくれたお姉さんは今、私の目の前で人を殺した。でも、不思議なのはこのお姉さんに対して恐怖を感じなかった。


 女が携帯を取り出しどこかに連絡をしたのち、抱えていた少女をそっと下した。


 「怖かったよねー、ね。わかる。私も怖かった。あれズレてたら君に穴開いちゃうもん」

 「....?」

 「.......とりあえず帰ろっか。送るぜ」


 少女が頷くのを確認すると少女の前に背中を向けて膝をついた。


 「乗りなよ。乗り心地は悪いけど、速いぜ」

 「...いいの?」

 「もちろん!病人を歩かせるわけにはいかないしね」


 病人という言葉に少女はピクリと反応した。なぜ分かったのかという問いに、体が熱かったという納得せざるを得ない回答を前に、少し関心しながらも女の背にそっと体を預けた。


 女は少女を背に乗せて移動し始めた。およそ時間にして2~3分程経過したころ、後ろから先ほどとはまた別の男が声をかけてきた。女が振り返るとそこには190cm程はありそうな大男がいた。髪が長く、セットのされていない前髪のせいで目は完全に隠れており、そこがまた先ほどの男とは違う不気味な印象を少女に与えた。

しかしそんな悪印象の男は意外にも女と親しげに話し始めた。


 「なんだそれ。さらってきたのか?」

 「いや~訳アリなんだよね~」

 「....そうか。で、どこの誰なんだ?」

 「ん!そういえば聞いてなかったね。君の名前」

 「はぁ.......ってことは、アンタもまだ名乗ってないんじゃないのか?」

 「あっ、ほんとだ!忘れてた!知らない人が知らない子背負ってるって、はたから見たらマジの誘拐じゃんよ!」


 楽し気に話していた女は少女に顔を向け、先ほどとは違う声量を抑えた優しげな声で質問を始めた。


 「よし、まずは私が名乗ろうか。私はね、花形。花形 咲(はながた さき)っていうんだ。君は?」

 「ひとひら...」


 少女が消え入りそうな声で名乗った苗字に花形は驚嘆し、自己紹介を遮り話し始めた。


 「おお!?ええ!?ひとひら!?」

 「え、うん...」

 「ひとひらってあの、一枚の葉っぱって書いて、一葉!?」

 「うん。一葉 清音(ひとひら すずね)です」

 「あぁ....なるほどねぇ....あーそっか。一葉ちゃんかぁ.......あっ、それでこっちのデカいのが」

 「貝罪(かいづ)だ」

 「かいつ...?」

 「か い づ」

 「もーそんな怒んなくてもいいじゃんよー」

 「怒ってない」

 「ハイハイ。わかったわかった。そう!それでさ!話を変えるけどさ一葉ちゃん、二つほど聞きたいことがさあるんだ。聞いていいかい?」

 「うん」

 「よし。まず一つ目ね。香りの強い柔軟剤とか、香水みたいなのって使ってるかな?今」

 「つかってない」

 「うんうん。わかった。じゃ二つ目ね。一葉ちゃんさ誰かに後つけられたりしてない?」

 「.......してる」


 少女の回答に二人は思わず顔を見合わせた。貝罪にとっては少女にストーカーが居ることへの驚きだったが、花形にとっては違った。それは一葉と出会ってから感じ続けていた視線、気配の正体が自身ではなくこの幼い少女へ向けられていたものだという事実に対してのものだった。


 花形は今、この場でストーカーを捕まえるべきと主張し、それに対し貝罪は危険が過ぎるし、何よりそれは警察の仕事であり我々がすることではないと反論した。

歩きながらも行われた数分の議論ののち、ストーカーを捕縛することに決まった。一葉を貝罪の背中に移し、花形は二人に背を向け一人ストーカーの元に歩いて向かった。


 花形と別れ数秒もしない内に一葉はえも言われぬ悪寒と背中に突き刺さるような恐怖感を感じ始めた。耐えきれなくなり思わず振り返ると、空は暗い夜になっていた。


 一葉が見たのは夜になった空だけではなかった。より衝撃的で、先ほど感じた恐怖と悪寒の正体だった。花形が強い気配を感じた三叉路に差し掛かり、視線を路地に向けたその刹那、何かが光った。白く小さい光がほんの一瞬強く光った。空の異変に貝罪が気づき、花形へ注意を呼びかけようと振り返ったその時にはすでに、花形は殺されていた。

その時にはすでに頭部がなくなっており、頭部は体と少し離れた場に転がっていた。

 

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