三分の二
「諸君、お待たせしました。狂気のマッドリングイステックス、マクシミリアム・ガーシュウィンだ!」
この軽い調子は、不協和音の如く教室に響いた。
本当にその場にそぐわない、異物以外の何物でも無かった。
それでも白衣の使いようは、今までと同様に美しく感じる。
それだけ閉塞していたのだ。
異臭まじりでも、呼吸できる安心の方が勝った。
ただ、この負荷に耐え切れなかった者もいる。
「白熱した議論ですね。登場のタイミングが難しくって思わず帰ってしまうところでしたよ!」
「ふざけないで下さい!」
珍しく声を荒げて反応した。
岩崎瑞希、彼女がその被害者だ。
「まぁ、そうピリピリせずに……。遅れたことは謝罪しますから許してください」
そう言って頭を下げる三年二組岡垣先生。
だが、この時の委員長は、それで矛を収める寛容さを既に消耗し、失っていた。
彼女の無言の抗議は続いた。
その圧力はやがて呪縛となり、周囲まで押し潰す勢いに変わる。
彼女の瞳から溢れ出した涙に皆の心がやられた。
「……」
「先生、違うんです。僕が怒らせてしまったんです。岩崎さんのこと」
「瑞希だけじゃありません、私達も久利生くんには腹が立っています」
こういう時にハッキリ物が言える、久利生くんと西仲さんを私は羨ましく思う。
「え、そうなんですか? ……私、じゃなくて?」
話が噛み合わない。
「ネットオークションの落札まで待たせたことを怒ってるんじゃないんですか?」
(なんつー理由で遅れてやがったんだ!)
ただ、そのふざけた理由で呪縛が解けたのも事実だ。
「久利生くん、一体何をしたんですか?」
「いえ、先生ほどのことは何も……」
「え、じゃ、やっぱり私ですか? これでも最速で来たんですよ! 五分で五万も注ぎ込んだんですよ!」
「それは誰に対する、どんな謝罪ですか?」
腹立たしさと呪縛から解き放たれた安堵が相まって、私の口は軽くなっていた。
「確かに、この場合は先ずは落札できたことを報告すべきでした」
「もう良いです、これ以上話をややこしくしないでください!」
(一瞬でも期待した私がバカだった)
そして、こんなのを黙って庇うしかなかった岩崎さんが……憐れでならない。
「それで、久利生くんは何をしたんですか?」
ここに来て、話の腰を折るばかりか蒸し返しもする……縦横無尽で暴虐無人。
「先生、聞いてください。久利生くん、ブラが誰のかって私達に聞くんです!」
北條さんが捲し立てた。話し出せたことで、却って抑制が効かなくなっている。
ただ、それが思わぬとばっちりを引き起こした。
「久利生くん、それは事実ですか?」
「……はい」
「それで、北條くん達は嫌な思いをしたと……ハラスメントを受けたのですね?」
話があらぬ方向に進む前に、軌道修正が図られた時はホッとした。
「いえ、そこまでではありません。でも学級委員として良くないとは思いました」
北條さんの誤解を払うように、落ち着いた口調で西仲さんが答えた。
「委員長……、岩崎くんも同じ考えですか?」
「はい」
岩崎さんの気も幾分休まったようだ。
それでも、この展開は違う気がする。今度は私から話を蒸し返した。