四分の二
放課後、雑務を終えて足取り重く職員室に向かう途中、渡り廊下に差しかかった辺りで突然、私の右腕は何者かに絡め取られた。
「冬月先生!」
二組のアイドル、蒼井紗香登場。そのヒエラルキー上位の顔立ちとスタイルは、十四歳とは思えない妖艶さを放つ。
(出たよ、絶対友達になれないタイプ)
弱者には自ずとそれが判る。独特の臭いで全身の毛を逆撫でるやつだ。そうした経験を経て、私はカースト下位を生き抜いてきた。
危機管理だけは半端ない。
(高三まで三つ編みビン底メガネで推し通した喪女力、舐めんなよ!)
「大変なんです。先生、ちょっと来て下さい」
強引に手繰り寄せられた右腕が瞬間、それに触れた。
(はぁーん)
途端に全身の力は抜け、私は抗う術を失った。
(けしからん! 何とけしからん物を持っているのだ、君は!)
歩を進める度に押し寄せる弾力は、まるで波のよう。
二の腕から伝わる振動が、体中の細胞に活性を促した。
次第に思考は速度を落とし、ただ安堵のみに感覚が占有された。
先程までの闇は祓われ、光が全身を包み込む。
それは忘却の彼方、母親に抱かれた赤ん坊の頃を喚起させた。
(このまま何処までも誘っておくれ)
ほんの数歩で籠絡させた、『乳』に『巨』がつくだけで、これほど恐ろしい兵器になるのか……。
暇さえあれば弄ぶ自身の種子島との戦力差に愕然とした。
「先生見て下さい、これ」
(これ以上何を見せようというのだね? 紗香くん)
二組の教室に着いて真っ先に指し示されたものは、私を脳内お花畑状態から連れ戻すに十分な衝撃があった。
スポーツブラだ。
それも私の普段使いのやつと違い、結構良いメーカーのもの。
その傍らで男子生徒がひとり蹲踞している。
そして、それを取り囲うように立ちはだかる、数人の女子。
何となくの状況は理解できた。
程なく、私の登場で中断されたであろう詰問が再開された。
「どうしてって、聞いてるの! 宮野くん。何でこんなの持ってるの?」
私から言い難いことをズバリ聞いてくれてありがとう、更科佳世さん。
そして、一体何を語る? 宮野大介。
「……」
黙して語らず……か。
ただ、この状況でその選択は最悪、女性陣の苛立ちを募らせるだけだ。