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四分の一

 岡垣和馬の授業は、ユニーク(アタオカ)個性(症状)を取り除けば、一言で秀逸。


(大学の講義より断然面白い)


 一応、文科省の定める中学学習指導要領には基づいているが……内容は、完全に逸脱している。そもそも、国語という科目の範疇(はんちゅう)に収まっていない。


 授業の半分以上を哲学や倫理で占める。

 作者の思想、時代背景など教科書を無視した内容が流れるように展開される。


 とにかく、作品に触れる前の情報量が凄まじい。


「何の予備知識も無いまま、生徒を教材に向き合わせる行為がどれ程、危険か」


 彼が重視していることは、作品の背景を知り、それに共感させるような凡庸作業では無い。


 今、在る常識や倫理観のままで作品を語ることの危険性を説いているのだ。


「諸君は、自分達が江戸時代の将軍様より優雅な暮らしをしてると言う自覚はありますか?」


 と問い、


「自覚した上で、想像した上で、江戸庶民の常識や倫理観を否定することは一向に構いません」


 と続き、


「ただし! そんな自覚も想像も無しに、今、在る常識や倫理観だけを当てはめて否定する行為は許しません」


 と締める。


 彼が要求するのは、自覚と想像。


 そして時には、今、在る常識や倫理観も疑うことを迫る。

 

「村八分って、今、言われている説で本当に正しいのでしょうか?」


 と問い、


「村八分なんてしたくなかった。本当は完全に村から追い出してしまいたかった」


 と続き、


「でも、彼らにも協力を仰がないと村全体が立ち行かない」


 と展開し、


「だから、仕方なく追放するのを諦めた……そういう可能性はないでしょうか?」


 と締める。


 更には、こんなことまで授業として取り扱う。


「SNSで中傷することと賞賛することが相対的に同じだってこと、諸君は気付いていますか?」

(何ですと!)

「〇〇ラーメン店はマズイ! これを中傷だとします」

(たしか、事実でも中傷になり得るんだっけ?)

「被害者は?」

(それはもう!)

「そうです。名指しされたラーメン店です」

(でしょうね)

「では反対に、△△ラーメン店はウマイ! と、賞賛してみましょう」

(了解です)

「被害者は? 賞賛したのだから誰もいない?」

(と、思ってますが?)

「そんな筈ありません!」

(ちゃうんかい!)

「同じ商圏で営業する、その他複数のラーメン店は被害者です」

(……そ、それな!)

「中傷も賞賛も、俯瞰で見れば同じ意味になる可能性があるんです」

(……)

「影響力の強い人ほど無自覚に多くの人を傷つけてしまう……そんな危険性を無視してはいけません」


 ……彼の言葉には、こちらもハッとさせられる。


「今、在る常識や倫理観も、いずれは廃れて変化します。例えば、『昭和の常識、今の非常識』など言われていますが、『令和の常識、今の非常識』になる未来は、必ず訪れます! そのことを先ず知りましょう」


 万事この調子。故に、授業は難解で万人に寄り添ったものとは言い難い。

 ついて来れない生徒は平気で置いてけぼりにする。


 それでも支持を集めるのは、やっぱり面白いからだと私は思う。


「誰にも優しく判り易い授業? 『This is a pen.』を面白いと思って勉強する人は変態ですよ」


 だから、彼の放課後は大抵、生徒の個別の指導に当てられる。

 授業で判らなかった箇所を、生徒自ら携えやってくるのだ。


「授業で私が楽しんだ分、生徒の質問にはしっかり応えなければなりません」


 普通に授業していれば要らない労力を注がれ、生徒は益々懐柔される。


(これって、SDGsな学習環境……ww)


 冗談ではない! 規格外にも程がある。


(こんなのと比較される、こっちの立場も考えろ!)


 教育実習も一週間が経過して、いよいよ来週からは授業を担当(まか)される。


(もう不安しかない!)


 そんな最中だった。

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