三分の三
「冬月先生、彼女が委員長の岩崎瑞希くんです。クラスの質問は彼女に聞けば答えてくれます」
「先生、学級委員です。委員長はやめてください」
冷静な口調の中に、ほのかな恥じらいを感じる。
「え、ダメ? 良いじゃないですか委員長……」
「前から言ってるじゃないですか! 良いとか悪いとか、そう言う問題じゃなくてそんな役職は存在しません」
「良いですねぇ。今の発言は委員長っぽいですよ」
ふと思った。
(これって、何かのハラスメントにならないのだろうか?)
「あの〜岩崎さん? 冬月です。いろいろと教えてくださいね」
「え、はい。こちらこそ宜しくお願いします、冬月先生」
改めて、生徒に先生呼びされると気恥ずかしい。ようやく、らしくなってきた。
「ところで、久利生くんの姿が見えませんが?」
「ここにいます……」
そう言われて、ハッとした。
左隣に立つ、私より小柄な少年の気配に全く気付かなかった。ブカブカの制服に変声期も迎えていない――私の第一印象は、全て一言に吸収された。
(本当に中学生?)
「そんな所に居たのですか。彼がもう一人の学級委員、久利生楓くんです」
こちらの少年は学級委員らしい。
「久利生です」
えらくあっさりとした挨拶だ。私に興味すらないことが伝わってくる。
「冬月です。久利生くんも迷惑かけると思うけど宜しくね」
「あ、はい」
(……そうね、興味ないんだもんね)
額に手を当てがうのは何とか我慢した。が、感情はちょっと顔から漏れてたかも知れない……。
「では、冬月先生には出欠確認をお願いします。呼ばれたら、諸君はその場で簡単な自己紹介をして下さい」
そこから授業開始までの五分間が、私に与えられた最初の実習だった。二十二名の点呼に、一人辺り十秒程度を想定するよう言われたので気楽に引き受けた。
(それが失敗だった!)
結果は惨敗。私は出欠確認に十五分も費やしてしまったのだ。
しかも、一人では収拾の目処が立たず、幕引きはアタオカ呼ばわりしたベテラン指導教員の加勢によって漸く適った。自身の不甲斐なさと先人を馬鹿にした愚かさで、気持ちが一杯一杯になった。
とにかく焦りすぎて、散々だった。
ほんの数分間もクラスを集中させることが出来ない……。
生徒一人一人に目を配るなんて到底不可能に思えた。
「最初は誰でもそうなりますよ」
授業の後に受けた優しさが胸に沁みた。
「いきなり『教師になる』なんて絶対に無理ですから」
おっしゃる通りです。
「まずは三年二組のおねいさんになってあげて下さい」
……はい?
(なってあげて下さい……おねいさん? えっ、おねいさん!)
「まぁ、私の頃は四十人学級でしたが……」
このマウントで一気に目が覚めた!
教育実習初日、開始早々で私は、危うく指導教員に洗脳されるところだった。