三分の二
「おはよう、諸君。狂気のマッドリングイステックス、マクシミリアム・ガーシュウィンだ!」
もう、どこまでが肩書きで、どこからが名前だか判らない。
それでも、ガーシュウィンだ、の『だ』の瞬間、両手で白衣をはためかせる仕草には目を奪われた。そこには、おそらく修練に裏打ちされた美しさが備わっているのだろう。
(多分、そう思いたい……違うかもしれないが)
とにかく、白衣という小道具の扱いがピカイチなのだ。
「岡ちゃん、おはよう。その人は?」
「今日も朝からテンション高いね」
「先生、おはよう」
「おっは〜岡ちゃん。何? 実習生?」
「なるほど、やはり皆さんにも彼女の姿は見えているようですね」
登壇するなり、いきなり巻き込み事故だ。自分の親と然程、変わらない年齢だと思うと……居た堪れない。
「え、試されてた?」
「見えてるよ」
「当然の理!」
「ウチらの能力バカにすんなし」
(へぇ、皆んな許容範囲なんだ……)
意外にも、生徒ウケは悪くない。男子はともかく、女子に煙たがられてないことに少し驚いた。
「では、ご紹介しましょう! 本日より諸君と共に過ごす、教育実習生の冬月先生です」
「おー、パチパチ!」
「背低ぅ、身長何センチ〜?」
「彼氏いますか?」
「大学どこ? 教えて〜」
「後でSNS交換して下さい」
「見事、見事なガヤですぞ、諸君! ですが、このターンは冬月先生のものです。どうか静粛に」
一瞬で教室全体をコントロールした。そこにはベテランの矜持を感じる。
と、同時に、急に込み上げて来るものがある……。
緊張感だ。
思えば、この厄介な人物のせいで自分のことを考える余裕が無かった。本当は、もっと感動しながら、この場所に立つはずだったのに……。
(この変なノリについて行ってはダメだ。落ち着け私、冷静に、冷静に……)
私は努めて冷静に振る舞った。
「えー、教育実習生の冬月花奏です。国語を担当します。……短い間ですが、私もクラスの一員になれるよう頑張りますので、どうぞ宜しくお願いします」
「普通じゃん!」
「よろ〜」
「ちっさ可愛い」
「花奏ちゃん、って呼んでもいい?」
「えー、可愛いかったよ。お気になさらず〜」
普通に挨拶しただけなのに、何故か敗北感に苛まれた。頭を下げて普通に戻す、そのタイミングすら測れない……。
「委員長、ちょっとこちらへ」
そんな私の事などガン無視して、事務作業をせっせことこなす、隣の指導教員が喜びそうなフレーズが頭に浮かんでしまった。
(くっ、殺せ!)
岡垣の呼びかけに、教室入り口側の一番前に座っていたショートカットの女の子が応えた。
(はい、決まりました。アナタは今から岡垣です〈もしくは厨二でも可〉)
赤く染まった顔をゆっくりと上げながら、私は最初の決意を固めた。