三分の三
「久利生くん、君はブラの持ち主を興味本位で聞いたの?」
お節介にも感じたが、彼の発言には興味があった。何らかの意図を感じる。
「いえ、違います」
「じゃ、どうして?」
「更科さん達の怒っている理由が、自分達の持ち物なら正当な理由になる……そう思って聞きました」
(やっぱり、彼の発言には一貫性がある)
この時の私は、その先を知りたいと言う欲求に抗えなかった。
「じゃ、自分達の持ち物じゃなかった場合は正当な理由にならないの?」
「断言はしませんが……難しいと思います」
「どうして?」
「個人の嗜好の問題かもしれないからです」
「個人の思考……?」
会話の中で理解が及ばなかった私に、岡垣が補足を加えた。
「女装は罪じゃないってことです」
『女装? ……そっちの嗜好か!』
「それで済めばいいですが、もし『性別不合』なら性差別になります」
ここに来て、久利生くんの意見が核心に迫った。
「仮に、男子生徒が『性別不合』で医師から女性用下着の着用を薦められていたとしたら、詮索は大問題です」
たしかに、彼の主張は想定できる最大級のリスクを示唆してる。
「え、ちょっと待て。ウソ、そんな……」
目紛しい展開に、今度は更科さんの様子がおかしくなってきた。
かなり激しく動揺している。
「ただ今回、その可能性は低いと思います。岡垣先生がネットオークションを優先させていますから……」
「弱りましたねぇ。久利生くん、君は本当に魔眼の持ち主じゃないんですか?」
いつになく、冷静な口調が気になった。
が、久利生くんの言ってることは、概ね納得がいく。
(少なくとも厨二先生は、悠長に構えていられる根拠を持っている)
程なくして、吉田先生が小椋くんを引率して現れた。
その後の展開はご承知の通り。
そして、その場の誰もが宮野くんの漢気を讃えた。
一番喜んでいたのは更科さんだ。
彼女があんなに怒って、そして狼狽えた理由の察しがついた。
(いいねぇ! 青春だねぇ!)
事件は収束し、平常を取り戻すのだが、私の興味は、ただ一点に集約されてた。
それは、職員室までの数分間の道のりすら『聞くこと』の我慢が効かなくなる程の飢餓だった。
「先生、久利生くんって何者なんですか?」
「何者? そうですねぇ、三年二組の学級委員ですかねぇ」
「そんなこと……いえ、判っていませんでした。彼が学級委員の理由が……」
「私はね、冬月先生……」
「はい?」
「久利生くんが世の中を退屈に思ってしまわないようにすることで精一杯です」
この時の私には、その言葉の意味が全くと言っていいほど判っていなかった。