三分の一
(嗚呼、ダメだ。これは絶対ダメなやつだ)
第一印象から、彼は最悪だった。
「冬月先生? 冬月先生ですよね?」
フサフサのロマンスグレーは、その長身を活かして遠くで私の名前を連呼する。
(だいたい……何で白衣なんて着てるのさ)
気付くと私は額に手を当てがっている。親友が授けてくれた、至らない解決手段が顔を出した。
(ダメだ、注意してないと)
怒ると直ぐここにシワが寄る……華ちゃんから何度も指摘されてるうちに、癖が変に上書きされた。ただ、私の杞憂は一瞬で解放されるのだ。
それをマントのようになびかせることが目的ならば……概ね貴方は成功してる。
精悍な面持ちでスタスタと大股に歩んでくる、一歩一歩が、とても美しい……。
「冬月先生、そうお呼びする方が現れるなんて……もう、夢のようです」
貴方の言う冬月先生が、私が思う冬月先生ならば、断然アナタの方が相応しい!
(そう、まさにピッタリだ)
「宜しくお願いしますよ! 冬月先生」
改めて正面に立たれると、かなりの圧迫感。見上げる首筋の負荷が……辛い。
両手の握手も初めての経験で、私は抗う術もなく……。
「こちらこそ、あの、ちょっと……、」
がっちりホールドされてしまった。細身の身体から、この筋力は想定外。
「あなたの指導教員、三年二組の担任、マクシミリアム・ガーシュウィンです」
(ほら、やっぱり……)
私の嗅覚に間違いはなかった。
(大丈夫。対処の仕方は心得ている)
「……岡垣先生ですよね?」
「マクシ」
「岡垣和馬先生、ですよねっ!」
食い気味に言い放った。と同時に、強引に両手の拘束を解いた。この手合いは、最初が肝心。甘やかすとツケしか上がらない。
「ええ、まあ……そうです」
「今日から実習期間に入ります、冬月花奏です。宜しくお願いします」
「あ、はい……。では、こちらです」
(いや、ちょっと設定否定しただけで……そんな凹みます?)
それでいて、歩幅を合わす程度の心配りはしてくれる……。
「どうして白衣なのです?」
初対面のベテラン教師相手に強く当たり過ぎたかと思って、くだらない質問したのが間違いだった。
「気になります? 気になるのですね!」
それはもう、あっという間に喰いつかれた。
「いえ、国語科の教員で着られてる方は初めてなので……」
そうだ! 私の担当する科目は国語。だから関係ないと油断していた。
職員朝礼の間、姿勢を変える度にこっそりと『ジョジョ立ち』を忍ばせる白衣が目に障った。その出立から、理数系の教科だろうとタカを括っていたら……まさかの指導教員!
「意味は特にありません! あえて言うなら、浪漫です」
(嗚呼たぶん今、漢字で言ったな、浪漫って……)
「冬月先生も、ご一緒にどうです?」
「いえ、私には分不相応ですから」
左眼の眼帯に関しては、もう触れずに行こうと決めた。
齢、五十半ばのベテラン教師が現在進行形で厨二を煩ってらっしゃる。
その姿勢は、三年二組の教室に辿り着いても一遍の揺るぎもなかった。