ドラゴンの本当
赤いごつごつとした肌は、剣が突き刺さるか不安になる程だ。一斉のタイミングで剣を送り出そうとしたところで、喉の柔らかそうな部分に突き刺さる剣が目に入った。
「メルリア、ちょっと待ってくれ!」
声をかければメルリアは「はい?」と答える。そっと近づけば、ドラゴンは暴れてはいるが、喉の剣を取ろうと必死に手を動かしていた。
「その剣が痛くて暴れてたのか……?」
問い掛ければ、ドラゴンの鋭い眼光が俺に向く。そして、ジタバタと暴れていた体を止めて「グルルルルルル」と唸り声をあげた。
創造魔法の剣を消して、自分自身を宙に浮かせる。喉元に近づけば、ドラゴンはおとなしい。攻撃されたら、喉の剣を更に突き刺せば良いだけだ。言い聞かせながら、近寄っていけば、ドラゴンは自分の首を俺に差し出した。
剣を抜き去れば、鮮血が溢れ出てくる。全身ドラゴンの血まみれだ。
「メルリア、回復魔法使えるか!」
「や、やってみますけど、ドラゴンにですか?」
「さすがに、魔力が持たない気がします!」
魔法を唱えながら、必死にメルリアが回復してくれているが、ドラゴンの喉からの血は止まらない。ぐっと両手で押さえて止血してみるが、血管が太いのだろう。止まる見込みはない。
治すための方法、何かないか。考えてみても、何も思い浮かばない。いや、一つあった。タヌキが作った上級回復薬! ポケットの中から、取り出してドラゴンの喉元に浴びせれば、シュウウウと煙をあげて治っていく。
「ありがとうございます。人の子よ」
ドラゴンの優しい声が脳内に響いて、顔を上げれば優しい目でこちらを見つめていた。ぺこりとお辞儀をする姿は、まるで人のようだ。
「喉に刺さった剣を抜こうとしていたのですが……うまく抜けず、助かりました」
「あ、いや、いいんだ、全然」
手を振れば、ドラゴンはクスクスと笑い声を響かせる。メルリアの脳内にもきちんと聴こえていようで、メルリアが俺の前に飛び出た。
「あ、あの!」
「はい?」
「肝の代わりに、何か、呪いを解けるようなもの、持ってたりしませんか?」
ドラゴンの肝が欲しいと言ったのは、俺の呪いのためだったのか。一人で納得していれば、ドラゴンは悩み始める。
「呪い、ですか」
「はい、この人、ルパートさんが、老化の呪いに掛かっていて、助けたいんです。お願いします」
メルリアの言葉に、ドラゴンは首をずいっと伸ばして俺を見つめる。さすがにドラゴンの顔とゼロ距離は心臓に悪い。ひょいっと後ろに飛んで避ければ、ドラゴンは困ったように言葉にした。
「呪い……で、すか?」
「はい」
「呪いに掛かってるようには見えませんが」
「え?」
俺とメルリアの言葉が、重なる。老化の呪いだと思ってたのは、違った?
「いえ、厳密に言えば、残滓のようなうっすらとしたのは見えますが……数日経てば無くなるでしょうね」
「無くなる? え、呪いじゃなかったわけではなく?」
「呪いに掛かっていたであろうモヤは見えますが、消えそうなくらい薄いモヤですね」
ドラゴンの言葉に、メルリアと顔を見合わせる。スローライフのための支援金、一括で貰っておいてよかったという感想ばかりが頭に浮かぶ。
一度呪われてるから、詐欺には、ならないよな、多分。大丈夫大丈夫。
「解けて、るってこと……?」
メルリアが肩を落として、床に膝をつく。喜んでるというよりは、ショックを受けてるように見えるのは……気のせいか。気のせいだ。
「私が解いて、ルパートさんに感謝されて、結婚する未来が……」
聞こえた言葉も幻聴だ。うん、気のせいだ。
「呪いを解くようなものはありませんが、暴れた時に出て来た宝石や石ならたくさんありますよ」
ドラゴンがキョロキョロと、自分の周りを見渡す。光の球を大きくして近づけば、確かにそれなりの数の石が落ちていた。掘る楽しみは、また今度に持ち越して今回はこれを持って帰るか。
「村に降りて来たり、人を襲ったりは、しないんだよな?」
念のため確認すれば、ドラゴンはケラケラと笑い出す。
「大丈夫です。人間に興味はありませんから」
「そうか」
「ですが、ルパートは助けてくれたので特別です。何かあったらお呼びなさい。いつでも、力になりましょう」
「いつでも呼べって言われても」
呼ぶ手段なんて、ないだろう。ここに住み着いてるのだろうか? 疑問に思っていれば、けほっけほっと、咳き込んで口からペッと薄赤色の玉を吐いた。
「この、けほっ」
「だ、大丈夫か?」
「私の体内で出来た石です。私の力を込めてるので、割ればすぐ私に伝わります」
けほけほ咳き込んでいたことはなかったことのようにして、ドラゴンは澄ます。俺の周りに現れるモンスターや、人は、どこかズレてる気がする。タヌキといい、メルリアといい、このドラゴンもだ。
ドラゴンの力はありがたいから、何かあった時のために貰っておくけど。
「それでは、私は新しい住処を探しに行きましょう。ここでは、迷惑みたいですから」
「あぁ、外のやりとりとか聞こえてた?」
「えぇ、村を襲う気はありませんが……怯えてる声が聞こえていましたので」
ずいぶん優しいドラゴンに、胸を撫で下ろす。敵対しなくていいなら、それに越したことはない。どしん、どしん、っと音を立てながら歩いていくドラゴンを見送ってから、メルリアの肩に手を置いた。
「石、拾おうぜ?」
「あ、あぁ、はい、拾います……」
メルリアがそこまで俺にこだわる理由は、分からない。聞いてみたい気もするが、聞いちゃいけない気がするから知らないふりをしておいた。
石を拾い集めて、鉱山を出れば心配そうな顔のナリスと何故か、タヌキが待っている。