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余生をエンジョイ

 受付に近づけば、ギルド職員はスッと紙を一枚取り出す。冒険者の平均生涯年収が、記載されている。活躍すればもっと貰えるだろうが、余生を過ごすには充分な金額だった。


「国からの支給になります。分割でのお渡しもできますが……」

「一括で!」


 これなら、家だって買える。平均生涯年収とは言え、冒険者は命の危険がある分、他の職業より破格の金額だった。


 ゆっくりと過ごせる時間が、やっと始まる! 呪いに掛かったのはラッキーだったかもしれない。


「かしこまりました。ギルドの口座に振り込んでおきます」

「ちなみに、自然の中で過ごしたいんだけど。家とかって、買える、かな?」

「家、ですか?」

「農村とかの端っこがいいんだけど」


 職員が出してきた、近隣の村の地図を眺める。できればモンスターは少ない方がいい。魔法はまだ使えるようだが、老いてからは体が追いつかないだろうから。


 念願のスローライフに、脳みその中では妄想が始まっていく。ゆったりとした山の中での生活。スローライフは、やっぱり山の近くだな。山の近くで、モンスターがあまり出ない地域がいい。


「ここなら、家も土地も、国からの支援金で買っても……安いので」


 職員がひとつ指さした地域は、見覚えのある名前だった。駆け出しの頃に、モンスター討伐に向かった村だ。今なら一人でも倒せるレベルだろう。体が追いつきさえすればの話だが。


「そこにしよう」

「考えなくていいんですか?」

「時間がどれくらいあるか、わからないからな」


 即決して、土地代と家代を引いて自分の口座に振り込んでもらうように頼んだ。そして、馬車に揺られて農村へと向かった。


 安いのには訳がある。そんなことに気づくのは、だいたい、目的地についた後だ。




 馬車に揺られてたどり着いたのは、枯れ果てた土地だった。土は見るからにガチガチに固まっている。岩は転がっているし、植物は、見当たらない。でも、家は、古いなりにキレイに管理されていたのがわかった。


 赤いレンガで組まれた、立派な一軒家。


 前世では手に入れられなかった、マイホームだ!


 老化の呪いをあっさりと受け入れられたのは、前世の記憶があるからかもしれない。一度死んだ人生だ。今がすでに、ロスタイム。あるだけ、マシというものだろう。


 まずは、掃除からと家に入ろうとすれば、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。振り返ると、そこにはメルリア。大きな荷物を肩に背負って、俺に走り寄ってくる。


「ルパートさん! 私は、ルパートさんがいたから、あのパーティーにいたんです。メイドでも、なんでもいいので、置いてください!」


 置いてください、と言われても……こんな辺鄙な土地に、着いてきてしまったからには仕方がない。それに、ここにいると言うことはもうパーティーを抜けてしまってるだろう。


 ただ、突き返すのも、忍びない。


「何もないぞ」

「ルパートさんがいます!」

「俺はこれから、スローライフをするんだ。冒険はしないし、食べる程度の狩りしかしないが……」

「かまいません!」


 うるうると目を潤ませられると、強くは言えない。仕方なく頷けば、ぴょんっと飛び跳ねて、重たい荷物を持ったまま俺に飛びつく。


「ありがとうございます! 死ぬまで介護しますからね!」


 そこまでメルリアに懐かれることをした記憶もない。まぁでも本人がこう言ってるんだから、いいだろう。二人で並んで家に入れば、少し埃っぽいが家具まで揃ってる。


 玄関からすぐにダイニングキッチン。すぐそばに、二階に繋がる階段もある。ざっと見るだけでも、二階には四部屋ほどあるようだ。


 そういえば、ギルド職員が言っていた。「老人が住んでたみたいですが、家族と暮らすために引っ越して行ったので……」と。キッチンも、リビングもそのまま使えそうだ。


 昔は、家族でここに住んでいたのかもしれない。メルリアが住んでも、まだまだ部屋数が余るくらいだ。


「メルリアはどこにする?」

「ルパートさんのお隣で!」


 迷いなく、俺を見つめて答えるから、少し苦笑いになってしまった。階段すぐ近くで良いだろう。階段を登れば、軋む音すらしない。廊下の窓をとりあえず開けて、換気すれば新鮮な空気が家中に広がっていく。


 目の前に広がる壮大な枯れ果てた大地と、少し下った先に見える農村。俺が憧れていたスローライフの、世界だ。左に視線を移せば、山も、湖も見える。あそこの山が鉱山だったら、鉱山ライフも楽しめるだろう。最高だ。


 じーんっと噛み締めていれば、メルリアが個室の扉を開ける。ベッド、机、クローゼットと、必要最低限は揃っていそうだった。


「ルパートさんは、ここにしますか?」

「そうしよう」

「じゃあ、私は隣のお部屋で! まずはお洗濯とお掃除からですねぇ」


 ほこりを見つめて、メルリアがくしゅんっとくしゃみをする。早急に掃除する必要が、ありそうだ。俺も頷いて、荷物を床に置く。


 布団も洗う必要が、ありそうだ。寝袋もテントもあるから、今日中じゃなくても良いかもしれないが。メルリアは布団をまくって、またくしゅんっと小さいくしゃみをしていた。


 一番はほこりを追い出すことから、だな。


 部屋の窓も開け放って、空気を換気してから、一階に戻る。ダイニングキッチン横の扉を開ければ、シャワールーム。キッチンの奥の、外に繋がってそうな扉を開ければ、庭と言う名の枯れ果てた大地が目に入った。


 井戸もあるようだが、こんな土地で、出るんだろうか。庭に出て覗き込んで見ても、底は見えない。

 いつのまにかメルリアは、大きなタライを見つけて来たようで俺の横にズルズルと引っ張って来ていた。


「私、お布団洗いますね! 今日中に乾かなければ、寝袋で寝ましょう」

「あぁそうだな」


 井戸を動かしてみても、出る気配はない。であれば、魔法を使ってしまう方が早いだろう。魔法を使おうとすれば、メルリアの手が俺の手を止めた。


「魔法、使えるんですか?」


 心配そうな顔で、俺を見つめてる。そういえば、使えるかどうかも試してなかった。顎に手を当てて、生えはじめの髭を撫で付ける。

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