呪いは突然に
身体中に真っ黒なモヤを、浴びた。
あぁ、また死ぬんだ。
倒したと思っていたモンスターが、最後の一撃を喰らわせる。そんなゲームでよくある初見殺しに、ハマってしまった。俺を見る仲間たちの動きがやけに、スローモーションに見える。
せっかく、人生をやり直せるなら。手っ取り早く稼いで、とっととスローライフを送ろうと思っていたのに。
どしんっと地面についてしまった手が、ジンジンと痺れている感覚だけがリアルだ。
「大丈夫か?」
死んだ、はずだった。リースに肩を揺すられて目を開ければ、仲間の様子が目に入る。仲間のメルリアがずっと、呪文を唱えてた。回復魔法で、治るくらいの攻撃だったのか?
それにしては、仲間の顔色が暗い。リーダーのリースは、言いづらそうに口をもごもごと動かしてる。
「とりあえず帰ろう」
手を引っ張られて、起き上がれば身体に異常は無さそうだった。なんらかの、デバフだったんだろうか?
討伐報告のために、ギルドへ来た。ギルド職員は俺を見て、絶望のような表情を浮かべる。ぽかんとしていれば、リースは報告書をギルド職員に渡して何かを耳打ちした。
俺の前に戻ってきたかと思えば、小声で「すまない」と謝られる。あれは誰も悪くない。俺が避けられなかった、だけだ。
首を横に振れば、リースは手を差し出す。生還したことへの労いの握手か? 握り返せば、「ちげーよ!」といつものリースに戻った。
「今はそういうボケの時じゃないだろ」
「リース、ルパートさんを捨てるっていうの!」
メルリアが珍しく、感情を露わにしてる。あぁ、そういうことか。俺、追放されたのか。流行りの異世界もので、そこから始まるストーリーあったな。俺はそんなチートを、持ち得ていなかったけど。
一人で考えていれば、リースとメルリアの言い争いは、激しくなっていく。
「呪いを受けた状態でルパートが、モンスターと戦えるわけないだろ!」
「でも、解く方法だってあるかも」
「そんなの、何百年と探されてるのは、メルリアの方が詳しいだろうが」
耳に響いた言葉に、驚く。呪い、って言ったよな? あれは、呪いを受けてしまったのか。試しに、手をグーパーグーパー動かす。どこも異常は、ないように思えた。
二人を止めるように、シーフのシュミットは間に入る。いつも、そうやっていざこざを収めてくれたのはシュミットだったな。
「はいはい、言い争いはあと! そもそもルパートが事態をわかってねーよ、アレ」
こくんこくんと、頷く。リースは困ったように、また口をモゴモゴと動かしてる。メルリアは、うるうると大きな瞳を潤ませていた。
唯一、まともに教えてくれたのはシュミットだった。
「老化の呪いって、聞いたことくらいは、あるだろ」
老化の呪い。体が早い速度で、老いていく。手のひらを見れば、確かに、十四歳の体にしては大きいかも? 朝見た時より、成長してる気がする。気がするだけで、本当にそうかはわかんないけど。
「冒険に行ってる場合じゃないってこと」
今くらいならまだいいが、四十五十になってたら流石にきつい。どれくらいのスピードで老化が進むかはわからない。
「それもそうだな……」
今までの冒険の度に、貯蓄はしていたが。どれくらい生きるかわからない今、引退をするのは困る。
そんな俺に、リースは気まずそうな顔で、良いことを教えてくれた。
「国からの補償がある。だから、冒険は諦めて、余生を過ごしてくれ」
「そんな言い方って!」
「事実だろ!」
国からの補償が、ある。追放は全然構わない。手っ取り早くお金が稼げて、適性を活かせるのが冒険者だった、だけだ。
「国の補償ってどれくらいなんだ?」
「そこかよ! いや、まぁ、なんかルパートってそういうとこあるよな」
ガクンっと肩を落としてから、シュミットは俺の肩を叩いた。それから、ギルド職員の方を指さす。
「多分説明してくれるんじゃね?」
「まだ話は終わってません! あの時リースが」
「メルリア、いいんだ、別に俺は」
「でも!」
「とりあえず返すよ。リース」
リースの手の意味をやっと理解して、メンバーの証のドックタグを首から取る。遭難した時や、亡くなった時に、誰かを判明させるためのギルドのタグと一緒に紐に通していた。解いてメンバーのタグだけ渡せば、メルリアはイヤイヤと首を横に振ってる。
「今までありがとう」
「そんなあっさり……」
「ルパートさん、私まだ納得してませんから!」
メルリアがどうしてそこまで言ってくれるかはわからない。それよりも、国の補償の方が俺には大切だった。
生きていくのには、お金が掛かる。働かなくていいなら、余生が少し縮まったくらいどうってことない。