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欲張りな自分と世界。

作者: 青空アオイ

昔書いてたメモから、付け足して書きました。

楽しい内容とは言えないかもしれませんが、読んでくださる方の暇つぶしにでもなれば幸いです。

深雪は、高校からの帰り道を歩いていた。少し前までは友だちと歩いていたこの道も、今となっては、同級生が周りでたむろしている、深雪だけ置いていかれた、ひとりの空間だった。


日本の夏は暑い。いつからこんなに暑くなったんだろうと、ぼんやりした頭で考える。それくらいしか考えることが無いのだ。


「喉が乾いた」唐突に、そう思った。もうすぐ歩けば、そこの角を曲がれば、確か自動販売機があったはずだ。オレンジジュースを飲みたい。そう思って、深雪は角を曲がり、自動販売機の前に立った。

ふと、少し前のことを思い出す。

自分が、何もかも思い通りにできると思っていたあの頃。自分は、何もかも持っていると思っていたあの頃。友だちに、ジュースをおごっていた。別に、たかられていた、とかそんなものでは無かった。

しかし、それがあまり友人達に好ましく思われていなかったことを、深雪は後から知った。


深雪は、よく人の悪口を言った。それも、好ましく思われていなかった。


自動販売機を見る。あいにく、オレンジジュースは売り切れていた。かろうじて残っていたのは、甘酒だった。


こんな時期に甘酒なんか飲むものか、と思いながら、よく見ると冷やし甘酒、と書いてあったので、深雪は、自動販売機のボタンを押した。

が、しばらく待っても、出てこない。そういうことは深雪にとってはよくある事だった。


彼女は、ちょっとしたトラブルに巻き込まれやすい。そして、ほんわかとした顔立ちのせいもあり、よく人に道を聞かれる。

以前、駅に設置された自動販売機でも、同じようなことがあった。そのときは、駅員さんを呼び、手伝ってもらった。確か……


「ちょっと叩いてたな」

深雪はひとり小さくつぶやき、小さく自動販売機を叩いた。だが、うんともすんとも言わない。

駅員さんがかなり大きく自動販売機を叩いていたのを、彼女は覚えていなかった。


希望的観測で、自動販売機の出口に、手を突っ込んでみる。


すると、何かに手を掴まれた。いや、腕が抜けなくなった……?


「えっ、もしかして、腕が抜けなくなった!?」

思わず声に出してしまう。

急に大きな声を出した私を、通行していた人たちが物珍しそうに見ていた。


そのことに、恥ずかしさを覚えつつ、えいっと思い切って腕を引くと、そこには、冷やし甘酒の缶では無く、【良いことが起きる缶】と大きく太い黒い文字で書かれた、中身の入っていないような軽い白い缶が、手元に残っていた。


「…なにこれ」


とんでもないものが出てきた。ゴミ箱に捨てようと思って専用のものを探したが、何故か見つからない。


ここでポイ捨てなんてしたら、後で何て言われるか……。

深雪は、仕方なく缶を持ち帰った。



その日の夜。深雪は【良いことが起きる缶】と大きな字で書かれた缶を、自室のベッドの上で眺めていた。


「あーあ。昔みたいに、皆と一緒におしゃべりしたい」


ふと呟く。


すると、手の中にあった缶が、フッと消えた。


深雪は驚きすぎて声も出なかった。


きっと疲れているんだ。そうに違いない。そう思って、その日はそのまま眠りについた。


翌日のこと。高校に向かう通学路で、深雪はミサキに声をかけられた。


以前、深雪がよくジュースをおごっていた、当人だ。


「深雪、おっはよ〜!」


ミサキは何事も無かったかのように、声をかけてくる。


「お、おはよう…!」


「ねぇねぇ、昨日の数学の宿題の問3、分かった〜?私、ぜんっぜん解けなくて…答え、教えてくれない?深雪、数学得意だったよね?」


「う、うん!いいよ…!」


本来なら、答えを教える、なんてしない。

問題は、自分で解いてこそ、意味があると思っているからだ。


だけど、その日の深雪は、久しぶりにミサキに声をかけられた嬉しさで舞い上がり、普段と違う行動をとっていた。



もしかして、あの缶は、ほんとに良いことが起こるのかもしれない。つい、そんなふうに思ってしまう。


帰り道。深雪は、もう一度同じ、冷やし甘酒のボタンを押す。そして昨日と同じ缶が出てきた。


これは大事に使おう。そう思って、ぎゅっと缶を握りしめる。


これは、私の、私だけのもの……。


次の日、深雪は、【皆と一緒にお昼を食べたい】と思った。そうしたら、それが叶った。


その次の日。深雪は、【皆と昼休み一緒に過ごしたい】と思った。叶った。


そのまた次の日。【皆と一緒に買い物をしたい】。叶う。


毎日、あの缶のある自動販売機に寄っては、ひとつ缶を買う。


だけど、人の欲は尽きないものだ。


……ひとつじゃ足りない。


深雪は次第にそう思うようになった。

毎日、買って気づいたのだが、缶の効果は長くは続かないということだ。


一日、二日で、元の素っ気ない関係に戻ってしまう。

今までの楽しい生活を取り戻したい。例え、それが偽物であっても。


深雪は、その日の帰り道、自動販売機にありったけのお小遣いをつぎ込んだ。


しかし、出てきたのは【本物】の冷やし甘酒だった。


あぁ、私の楽しい日々は、ほんとうに終わってしまったんだ。

そう思ったら、深雪は何だか、付き物が落ちたような気持ちになった。


私の思ってた、皆って、本当は誰だったのだろう。


ひとりで居ることは、そんなに怖いことなのか。


人と同じじゃなければ、不幸なのか。


答えは【否】だ。


私は、前に進まなくちゃならないんだ。


そう思って見上げる空は、なんだかいつもより澄み切って見えた。

なんだかんだあっても人間生きていけるという、私の実生活から着想を得ました。


皆さんが幸せになりますように。

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