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9.確率論

お久しぶりです。私事にかまけていましたらついつい日が空いてしまいました。定期更新される他の筆者の方々の熱意には頭の下がる思いです。頑張らねば。


葉一の働くBAR柳は【完全紹介制】


基本的にオーナーの柳会長からの紹介が無ければ、店内に立ち入る事すらできない。


外に漏れる心配がない機密性の高いBARでどのような話が繰り広げられるのか

「僕はね、日本の少年漫画が大好きだったんだ。」

そう語り始める山崎教授は会長と旧知の仲らしい。


「だからイギリスに留学していた時は本屋を探し回ったもんだよ。ただ、やっぱりフランスとかに比べて充実していなくて苦労したんだよね。」


そんな教授が注文したのはティフィンのウーロン茶割り。

ティフィンとは紅茶のリキュールでありウーロン茶で割るとまさにアルコール入り紅茶といった飲み口になる。

もう少しお酒感が欲しい場合は炭酸で割るがその場合優しいハイボールといった飲み口になる。

何にせよ元が安くて汎用性も高い人気のあるリキュールだ。


マドラーで仕上げる葉一の手元を眺めながら教授が尋ねる。

「君は漫画を読むのかい?」

「まぁ人並みには。」

葉一も人並みな学生生活を送っており、それなりに買ったり借りたりしながら読んでいた。

お堅そうな職業でも読むのかと思いつつ混ぜ終わった酒をコースターの上にそっと置く。


「そんな中でもとりわけ好きな情景があってね。」

少年漫画と言っても友情、仲間、熱血から時代劇や恋愛までジャンルは広い。

自分なら何だろうと考える葉一


「食パンを咥えながら『遅刻!遅刻!』と走ってくる女子学生と曲がり角でぶつかるシーンなんだよ。」


・・・なんですと?


「しかも、『どこみてんだよ』と罵声を受けつつ走り去られクラスに行ったら『あ!さっきの!』的なやつ」


確かによくある展開ではある。が。


微妙な表情の葉一に気づかず教授は続ける。

「ぜひそういうシチュエーションになりたい。なってみたいのだよ。」


分からなくはない。共感もできなくはない。だが何だろうこの微妙に引く感覚。

バーテンとして絶妙な切り返しをしたい。だが全く浮かばない葉一には「はぁ。なるほど。」としかいいようがない。まだまだ若僧だ。


何より真っ先に頭に浮かぶのは、”そんなやついないだろ”だ。


そんな反応はこれまで何回も経験しているのだろう。教授は気にせず語り続ける。

「君は、地球と同じ星があると思うかい?」

えらく話が大きくなった。

「例えば砂場で一粒の砂を選んだとする。きっといろんな組成の組み合わせだろう。同じ組み合わせを探したとしたら砂場全部探したらきっとあるだろう。では二粒選んだとする。その砂場になくても違う砂場にはあるかもしれない。つまりいくら組み合わせが複雑でも範囲を広げれば存在する可能性はあるということだ。」


なるほど。


「それを踏まえて考えると、まず、遅刻しそうな女子はいるか。これは結構いる。むしろ遅刻する学生なんて毎日いる。では朝食をとりながら登校する学生はいるか。これも経験上バスの中や友達と歩きながら食べている人を見たことがある。」


確かに葉一も公共交通機関でお菓子を食べている人を見たことがあるし、葉一自身食べたこともある。


「そうなればあとは確率論だ。」


「私は大学内の私の部屋から教室までのブラインドになっている曲がり角を全て数えた。一日におおよそ100回。年間に学校に行く日を約200日だとして年間2万回曲がり角を曲がっている。学内だけでだ。」


「つまり食パンを咥えながら『遅刻!遅刻!』と走ってくる女子学生が2万人に1人なら年間1回はぶつかることになる。」


ツッコミどころは満載なのだが、なんとなーくな説得力も感じる。もしかしてという気にもなる。

これが教育者というものなのか。


「もちろん私自身の努力も欠かしていない。なるべく曲がり角は内側を回るように心がけている。」


葉一は本日何回目か分からなくなるほどの「はぁ。なるほど。」を繰り返す。

同じ相槌を繰り返すなどバーテンの風上にもおけない。

だがそれしか出てこない。

もしかしているのか?食パン娘。


「だから今日にも出会うかも知れないと毎日ワクワクしながら生きている。なんて人生は素晴らしいのだろう。じゃあそろそろ帰るよ。」


語り終え満足し飲み終えた教授が席を立つ。


どうしようもない無力感につつまれた葉一が見送りながら、振り絞るように語り掛ける。

「ありがとうございました。ある日教授がぶつかって恋の花が咲くことをお祈りしておきますね。」


教授が立ち止まり毅然とした態度で言った。

「私は大学から給料を頂いて学生達に学問を教えている。学生をそういう対象で考えたことは一度たりともないし今後もありえない。」


葉一は深く頭を下げ詫びた。

「大変失礼致しました。」


敗北感につつまれスライムのようにカウンターでつっぷしている姿の葉一が椿に発見されたのは、それから一時間後のことであった。

「どうしたの?」


「バーテンとしての無能さに反省しているところです。」


椿は持参したビニール袋からごそごそと何かを取り出していた。

「反省は成長のチャンスよ。どんどん反省なさい。」

ビニール袋からフレンチトーストを取り出しながら椿は続ける。

「この後、会長と合流するんだけど今日忙しすぎて夕飯とる時間なくて、葉一君も一枚食べる?」

「大丈夫です。コーヒー淹れますね。」

「すぐ出るからいいわよ。お水一杯ちょうだい。」

椿は4分の1ほどになったトーストを咥えたまま席から立ち、出口に移動しながら水で流し込むように飲み込みコップをカウンターの端に置きつつ「ごめんねー。」と小走りに出て行った。


慌ただしく閉められた扉を見つめつつ葉一はつぶやいた。

「おしい。」


もしかしたらいるかもしれない。食パン娘。

会長( ´・ω・)ノ 教授きたろ?食パン娘の話してなかったか?

葉一( ̄▽ ̄;)されてました。かなりの熱量とともに…

会長( ´Д`)y━・~~ちなみにあいつ30年前からそれ言ってるから

葉一( ̄▽ ̄;)つまり食パン娘は60万人に1人以下ってことですね。

会長( ´Д`)y━・~~60億人に1人くらいならいるかもな。

葉一( ̄▽ ̄;)九州男じゃあるまいし。

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