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08. パートナー結成

 薄い木の板がエレーナの部屋の扉がわりだった。

 ノックすると、「ルゥでしょ」と返ってきた。ルートは少し驚いて「そうだよ」と答える。


 扉が開かれて彼女の顔がのぞいた。別れ際よりも疲れて見えた。


「よく僕だと分かったね」


「大家さんはノックしないもの。それに……ルゥなら来そうだなって。ちょっぴり思ってたかも。さっきはほんとごめんね。急に変な態度取っちゃってさ。まあ上がってよ」


 扉をくぐったルートは言葉を失った。

 部屋に明かりはなく、手のひらほどの小窓から差し込む月光も隣接した建物にさえぎられてごくわずか。床はむき出しになった木の端材を寄せ集めたようで、歩くたびにギシギシ鳴った。

 

 片隅には乾草で編まれた寝床が横たわっていた。


「ここでどれくらい……?」


「んー、覚えてないや。でも住めば都よ。泥にうもれて寝なくていいんだもの」


「大家さんから、いろいろ聴いたんだ。勝手に、ごめん」


「フ、まあ、気になっちゃうよね。こんな美人の秘められた過去……ってやつにはさ」


 小窓に寄りかかって、月光に触れながら彼女は髪をかきあげる。

 笑えず、否定もできず。彼は手に持っていた袋を差し出した。


「エレーナ、これ」


「これ、って……」


 エレーナは袋を一瞥して、やはり再び顔を横に振った。


「もらえないよ。言ったでしょ、これはルゥの金貨」


 断られるも、ルートは顔色を変えなかった。

 そして袋を、そのまま床に落とした。


「え……! ちょっ」


 金貨がけたたましく鳴る、とエレーナは身構えたがそうはならなかった。

 袋はささやかに、コト、と静かに床に着いた。


「実は金貨じゃないんだ」


 袋の口からはいくつかの消しゴムがはみ出している。


「あのあと……すぐそこの路地で座り込んでさ、一人で試したんだ。

でも、オリハルコンはどう頑張ってもできなかった……。

やっぱり君がいたから、君に力があったから出来たに違いないよ」


信じられない、といった様子でエレーナは自分の両手を見つめた。


「私に……能力が? ……ううん、やっぱりあり得ないよ。だって、19年よ? 19年もの間、能力の片りんさえなかった。

S級判定を受けて、努力して能力を引き出そうと思ったけどダメで、それで国一番の能力覚醒の教授に診てもらって「見込みなし」って言われたの」


 乾いた笑みが彼女の顔に浮かぶ。


「そこからはあっという間だった。

すぐにチームから追い出されて、結局路頭に迷って……。別に悲観はしてないの。自分で蒔いた種だから……。……でも、妹を探しにいけないことだけは、心残りかな」


「金があれば探しに行ける」


「それは……! そうだけどさ……。でも借りは作れないわ。だって私、返せるほどの何かを持ってもいないし――」


 もじもじとしていた彼女へおもむろに近づいたルートは――その頬を手のひらで左右から挟み込んだ。


「ふにゃっ!?」


「もし君に能力があるなら、誰にも借りを作らなくていい。自分で得たものをどう使うかは君次第だ」


「……ひょっと、いはいはらはなひてふへはい?(ちょっと、痛いから離してくれない?)」


 タコの口をしたまましゃべる彼女に、思わず笑いながら謝り、そっと手を離す。


「エレーナに会ってなかったら僕はまだ路上でうずくまってたはずだ。

君のおかげで救われたんだ。僕こそ大きな借りがある。君と違って借りは作ってしまうかもしれないけ……。借りは必ず返したいんだ」


 彼女の眼が、落ちた袋に向かう。


「……そこまで言われちゃあね」ふう、と大きく息を吐いた。「一度だけ、試してみようかな。ま、罰ゲームもないようだしさ」


 彼女がかがみ、袋の中にある消しゴムに触れたその時だった。

 初めて、この部屋に光が灯った。

 蒼、紫、紅、鮮やかな色たちが虹のように輝いて、袋から漏れ出している。


 光が収まると、袋の中身は10個のオリハルコンになっていた。

 また、エレーナは一度に多量の能力を行使したおかげで、オリハルコンを生んだ力が自分のものだと確信していた。


「私の……力だ……はっきりと分かったわ。まさか私に能力が宿ってたなんて……」


未だ信じられない、といった様子で手をジロジロと眺めるエレーナ。

喜色にあふれる彼女を見ていたルートも思わず笑みがこぼれた。


 せきを切ったようにエレーナの瞳からは涙がスウ、と流れた。


「あれ? あはは……。涙出ちゃった。やるねえ~、うまいこと乗せられたなあ。でも、でも……本当にありがとう。この力があれば妹を探しに行けるかもしれない……! ありがとう、ありがとう……っ!」


 抱き着いてきたエレーナの涙が止まるまで、ルートは優しく彼女の華奢な体を包み込んだ。


 やがて彼女が落ち着くと、その顔を覗き込みながらルートは言った。


「僕らの力を見たろう? 僕が消しゴムを作って、君は消しゴムをオリハルコンにする。君のおかげで僕までも特別になれるんだ」


 目元を袖でぬぐいつつ彼女は答える。


「ルゥ……それは違うよ。私たちはきっと、二人そろって初めて特別になれる。

この力があれば、冒険者をやるだけじゃ決してたどり着けない領域にさえ踏み込んでいける……」


「エレーナ、僕は、君が妹を探すのを手伝いたい」


「っ、ルゥ……! 本気で言ってるの?」


「君が言った通り、力を合わせればきっと妹さんを見つけ出せる。それに僕も、やりたいことを見つけた。誰も僕たちを追放できないくらい、誰にも傷つけられないくらい、大金持ちになってやるんだ。勇者や『セブン・ペガサス』なんか目じゃないくらいにね。

だから、その、よければ一緒に大陸中をまわって――」


「いいわ。乗った」


「返事はすぐじゃなくていい。もちろん心配する気持ちは分かる。でも――なんて?」


「乗ったわ。組みましょう、私たち」


 ほっとルートが表情をやわらげたとき、ただし一つ条件がある、とエレーナが言った。


「もちろんだ。なんでも言ってよ」


「今『なんでも』って言ったよね?」エレーナの端正な顔にキラリと黒いものが宿った。


「ルゥ、私と――」


 ルートは驚いた。おそらく、前世も含めてもっとも驚いた。


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