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07.エレーナの謎

 エレーナを追いかけて街を南下していく。

 段々と華やかな建物は消え、老人の腰のようにぐねぐねと曲がった、古い建物が密集する光景に変わる。


 相手の足取りは非常に速かった。焦っているわけでもなく単純に歩くのが早いのだ。

 合わせてもらっていたんだな、と彼は気づいた。


 やがて彼女は怪しい路地に入っていった。

 街の空には夜が染み出し、建物の隙間からたまに見える、遠くの酒場や冒険者ギルドの一帯には灯りがきらめきはじめている。

 だがこの辺りには街灯のひとつもなかった。


 ルートは影のもっとも濃いところに身を潜めつつ、路地の角から慎重に覗き込んだ。

 道の半ばで建物の入り口に彼女はおり、老齢の女性と話していた。

 話し声は小さいが、辺りが静かすぎてはっきりと聞こえる。


「本当にすみません。実はパーティーをクビになってしまって……」


 老女は自分のことのように驚いていた。口元を手で覆い、どこまでも深いため息をつく。


「そんな……エレーナ……そうだったのね。つまり……」


「はい、もうここには住めそうにないんです。本当にごめんなさい。残りの家賃は持ち物を売ってでも払うので」


「そうかい……。来週の頭まで待つから。その間に部屋を空けて、鍵は私に返しとくれ。……あとこれも持っていきな。今晩の残りものだけど」


「……ありがとうございます」


「野暮なこと聞くけどさ、これからどうするんだい?」


「冒険者もダメだったからなぁ。まあ、色街の方にでも行ってみよっかな~って。

 あそこなら若いうちは仕事には困らないでしょうし……あはは……」


 力ない笑いが人通りのない路地に飲み込まれる。

 エレーナは老女におやすみなさい、と告げて脇の階段を上がっていった。


 しばらく待ってからルートは角から出て、扉の前で考え込んでいる老女に話しかけた。

 怪訝な目つきが向けられた。


 だが今日パーティを追い出された者同士意気投合をしていた、と話すと、エレーナについて教えてくれた。


「あの子はねえ。かわいそうな子だよ。両親に先立たれて、人身売買で奴隷として売られてこの街に来たんだ。一人いた妹とも離れ離れになっちまって……。最初はお屋敷で働いていたが、そこが貴族の地位をはく奪されちまってね。数年前にここに流れ着いてきたのさ」


 何も知らなかったルートは絶句した。


「そんな……だって彼女、そんな素振りは一度も……」


「だろうねえ。あの子は、同情されるのが嫌いなんだよ。さっき晩飯の残りをやったが、あれでも抵抗はあったはずなんだ……自分の周りで起こることは、ぜんぶ『自分のせいだ』って言い続ける。そんな子さね」


 老女は路地のずっと奥を見る。

 夜の口が街を飲み込みながら、近づいてきているようだった。


「だけど能力判定でS級になって、有名なパーティに入れて、そりゃあもう喜んでたよ。

『私も幸せになっていいってことなのかな』って。生き別れの妹も探しに行けるって。

 唯一の家族と田舎の小さなレンガの家で暮らすのは、私には欲深いなんて思えないんだ。

 でも……残酷だね。神様ってやつは」


 いつのまにかルートは拳を握りしめていた。

 扉を閉めて奥へと引っ込む直前、老女はこう言った。


「だからあんたも、下手な同情ならよしとくれ。あの子に必要なのは同情でも優しさでもないんだよ。

『金』だけがあの子を救ってくれるんだ」




 彼は路地を離れ、いまだ暗い通りに戻った。

 月明りが差して足元や建物の輪郭がかすかにわかった。


 縁石にこしかけた。街にあって当たり前だと思っていた香りが、ここには何もない。

 香ばしい調味料、肉のしたたる脂、洗濯に使われた石鹸、なめした革、インクや紙……。


 冷たい風がびゅうびゅう言って、枯れ葉と鼠が道をはい回っている。

 ルートは膝を抱えて、ただじっとしていた。


「なあ、あんちゃん」


 気が付かないうちにそばに誰かが来ていた。

 見上げると、金貨100枚をあげたあの物乞いの老人だった。

 風にあおられそうな、頼りない立ち姿でルートを見つめている。


「ごめんおじいさん、もうお金は残ってないんだ……」


 そうルートが頭を下ろした直後、彼の隣にジャリ、ドサ、と2つの袋が置かれた。

 金貨でパンパンになった袋だった。

 ふたたび老人を見ると、彼はその手に金貨を1枚だけつまんでいる。


「これで十分すぎるよ。ワシには」


 老人はどこかへふらふらと去っていった。

 99枚の金貨を持ちあげてみる。

 前の何倍も重く感じた。




【ルート 資産】

 金貨    99

  内訳【道端の老人からもらう +99】

 銀貨     0

 銅貨     0 

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