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04. 消しゴムオリハルコン


 酒場への道中、井戸を見つけたルートはすぐさま飛びついた。


「頭のそれ、中に落とさないようにね」とエレーナの忠告が飛んでくるのを聞き流しながら、頭の上でずっしり重いバケツをひっくり返す。


「ぷはーーー! 生き返る~~!」


「だいぶマシになったじゃない。それならバーにも入れそ――う――」


 急に歯切れが悪くなったのを訝しんで、ルートは彼女の方を見た。

 目と目が合う。

 彼女の目は大きく開き、頬は赤く染まっていた。


「どうした、エレーナ?」


「あ、いやどうしたもこうしたも、あなたってそういう顔してるんだー! へー! って思っててというか……! いいんじゃない! あ、いや! な、なんでもないの! ほら行きましょう!」 


 あいやあいや言って足早に進み始めた彼女を不思議に思いつつ、ルートは犬みたいに首を振って水気を切って後に続いた。 




 街はずれのバーは昼すぎだからか客はルートとエレーナだけだった。

 奥まった席に座り、二人して『セブン・ペガサス』と『バンジョーナイブス』所属を名乗る。

 2人の採用を知っていたバーのマスターは喜んでツケを認めてくれたので、二人も遠慮なく最高級の酒を注文できた。

 

「んぐ、んぐ、ぷはー。これが一番高いワインか~。味よくわかんないけど」


 よほど喉が渇いていたのか、エレーナはあっという間にグラスを空にした。

 テーブルの上には見事な細工を施されたボトルがいくつも並んでいる。

 彼女が今雑に飲み干したワインはグラスで金貨1枚の値が付いていた。転生して間もないルートだが、ある程度の貨幣の相場は知っている。金貨1枚は20万円くらいの価値だ。


「……で、ルゥはどんな目に遭ったの?」


「僕は……」


 ルートはウイスキーの琥珀色のゆらめきを見ていた。

 自分が転生者だと打ち明けるべきか、考えた。


 だが、別に隠したところで不都合があるわけでもないと結論づけた。

 その上自分たちは何かと境遇が似ている。


 今はとにかく、話を聴いてくれる人が欲しかった。


「実は僕――」


 転生のことから、この世界にはまだ二週間程度しかいないこと、


 エレーナはうんうん、と相槌を打ちながら、なんと一度も疑うことなく話を聞いてくれた。

 そして、


「……なるほど。まあ、信じるわ。噂じゃ何人かあなたみたいなのが昔はいたらしいし」


「信じてくれるのか……!?」


「こう見ても人を視る目は確かなのよ私。それにしても神様も酷なことをするわホント。『水をケシゴム……?に変える能力』ねえ。 確かにそんな能力じゃどこも雇ってくれないわね。

そもそもケシゴムってなに?って感じだし」


「そうなんだよ……。 僕のいた世界だとまだ使い道はあったんだけど。この世界はインクしか使ってない。字一つ消せない消しゴムになんの価値もないんだよ」


「ふぅん……」


「…………」


「………………」


 二人の間に葬式のような沈黙が流れる。無言でむやみやたらに高い酒を流し込む時間が続いた。


 喉に熱さを感じながら、ルートは日雇いの仕事でも探して、住み込みで働かせてくれるのに賭けるしかないか、と考えていた。

 だが同時に、なぜかは分からないが、飢えて死ぬよりも、貧しい暮らしで生きていくことへの恐怖を感じてもいた。


 ルートは深いため息をついた。


「……そういえばさ!」


 急に声を弾ませるエレーナ。彼女なりの気遣いなのだろう。


「さっき水を飲んだじゃない? 

 コップにも水滴はついていたけど、ケシゴムってやつはできなかった。

 雨の日なんてどうするの?」


「うぐ」


 恥ずかしさから言葉を濁して伝えていたのだが、そこを突かれてしまった。

 観念して、声を低くしながら、ルートは身を乗り出した。


「その、さっきはああいったけど。……水じゃないんだ。

 実は……手で触れた『体液』を消しゴムに変える力で」


「た、体液ぃ!?」


 親密さを増していた距離が、一瞬で十年分は離れた気がした。

 だがしばらくすると喉をごくり、と鳴らして、エレーナは下がった椅子を引きずるように近づいてきた。

 ひそひそ声で話しかけてくる。


「体液ってつまり……汗とか涙とか。ああいうものよね?」


「そう、だね」


「現物はあるの?」


「あ、うん。ちょっと待って」


 そういってルートは自分の手のひらに唾を――エレーナには見えないようにして――垂らした。

 次の瞬間、液体だったそれは青一色のスリーブに包まれた、未使用の綺麗な消しゴムに変わってしまった。


「うわぁ。絵面としてはサイアクね」


「素直な感想どうも。触る?」


「イヤよ! あなたのよだれでしょそれ!」


「いや大丈夫! まったく別の物質に変わってるんだから」


「絶対やだ! なにが悲しくて失職した直後に人のよだれを撫でまわさなきゃなんないの?

 いや失職してなくてもお断りよ!」


「ほれ」


「きゃああ! あんた投げたわね!? ふざけ――」


 放り投げた消しゴムがエレーナの手に渡った瞬間――それは起きた。

 青白い光がぼう、と輝き、消しゴムは……紺碧色に光る鉱石へと姿を変えたのである。


「え? え?」とルート。


 一方でエレーナは吸い込まれるように手のひらで輝くそれに見とれている。


「……ウソ……これって……そんなわけ…………でも、この輝きは……!」


 そして世界で最も高価な金属の名前を呟いた。


「――オリハルコン?」





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