03. 出会い
『体液から消しゴムを生成するスキル』
なのに世界には鉛筆も消しゴムもなかった。
勇者ヴァルダルからは「なんだこの得体のしれないゴミは」といわれた。
今やローザはヴァルダルの元に走り、パーティーからは追放された。
しかも別のパーティーに追放された誰かを受け止めたせいで後頭部は馬糞まみれである。
女性はルートの胸から頭を起こし、「いたた」と腰をさすりながら立ち上がる。
そして死んだ魚の目で馬糞に頭をめりこませたルートにようやく気が付く。
「えっ、え、ええッ……!?」
ズザザ、と勢いよく後ずさる女性。
「ウンチに頭つっこんでるよ……。やばい人にぶつかっちゃったなあ。……はあ、ほんとサイッアク。
追放されるし有り金も全部奪われたし、結局能力も……。おまけに馬糞好きの変態ときたわ。……ああ喉も乾いてきた……厄日すぎる……神様、刺す」
「馬糞は好きじゃない…」
「うわあああ! 喋った! ウンチ付けたまま!」
さすがに腹に据えかねた青年はようやく立ち上がった。
「こいつ……う、動くの!?」と女性は驚く。
「ロボットアニメ1話の主人公みたいなこと言うな!」とルートは言ったが、まるで通用しないことを思い出して恥ずかしくなった。
「……ってあれ?」
何かに気が付いたように女性がルートの顔をじろじろと見てきた。
彼も初めて相手の顔に意識を向けた。
鮮やかな金髪。陶器のような肌、桜色の唇。
豊かに大小する目と、器用に動くすらっとした眉。口の悪さやクセはあるものの、相当な美人だ。
「な、なんでしょうか……」
思わず敬語になっていた。
「もしかしてあなた、『セブン・ペガサス』のルート!? S級判定受けたあの!」
「あ……そうですね。四十秒前まではペガサスでした」
すると女性は眼をひん剥いて驚いた。
「ええええ!? じゃあ私と同じじゃない!」
「同じって?」
「私はエレーナ。十五秒前まで『バンジョーナイブス』だった、S級判定だけど能力が何も見つからなかった落ちこぼれってわけ」
ずい、と握手の手が出てきた。
ずいぶんと前向きなんだな、と彼は思った。
おずおずと「僕はルート」と言いながらそれに応える。
男の自分とは全く違う、なめらかで柔らかい手に緊張した。
握手を済ませた直後、エレーナは人の頭の形に凹んだ馬糞に目をやった。
「うへえ」
そして心底嫌悪の籠ったうめきを漏らすと、握手した手をハンカチで拭いた。
こいつ……、とルートは思ったが耐えた。
「さて。これも何かの縁ね。よかったら一杯どう? 追放された者同士、愚痴でも言い合おうよ」
ルートもその件についてはたっぷりと話したかった。
とはいえいかんせんお金がなかった。
「でも僕、一文無しなんだ……。気持ちは嬉しいけど。ごめん、また今度に――」
「あ! そういえば私もだ……ん……? ちょっと待って。私たちがクビになったのはほんの数分前よね?」
「え? うん……」
「なら街中に噂が広まるまでには時間がかかる。街はずれの飲み屋街なんて特にね。そこでは私たちはまだ最高峰のオリハルコン級パーティ所属よ。ツケなんていくらでも効くわ」
それはさすがに…と言いかけたが、少し考える。
結論、いいかそれぐらい、となる。
「……いいね」
「ええ! せいぜい迷惑かけて辞めてやりましょ! そうと決まればいますぐ繰り出すわよ、ルゥ!」
「る、ルゥ? 僕のこと?」
「そう、ルートって音を伸ばさないといけないでしょ。短く呼べばタイパいいから。……あ、でも途中で水浴びなさいよ? 脚の生えた馬糞なんてどの店も入れちゃくれないからさ」
彼は肩を落としながら、街はずれへ向かった。
一定距離を絶対に保ってくる同伴者とともに、