表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/37

28.いつまでも

 

 空腹と貧血気味をルートが訴えたので、エレーナはすぐに何か買ってくる、と部屋を出た。

 ホテルのモーニングは終わっているので、ホテルに併設のパン屋に入り、スクランブルエッグやベーコンが乗ったパンを10個ほど買った。

 膨らんだ紙袋を見たルートは「多っ」と驚いたが、それでもすぐに半分をたいらげた。

 エレーナも傍らに腰かけて、パンの一つを時間をかけて咀嚼していった。


「それにしても」食事を終えたルートは、ベッドから上体を起こしたまま低く言った。「あの女はどこまで僕を追い詰めれば気が済むんだ。エレーナがポーションを買ってきてくれたんだろ? 助かったよ」


「っ、それは……」


 エレーナの意識は懐に仕舞われている、くしゃくしゃの紙切れに向かった。

 ルートへの想いが偽りでなかったこと、今までの行動が本意ではなかったとも取れる、ローザのあの手紙。


(このまま渡さずにいれば、ルゥはあの女を、恨んだままでいてくれる)


 脳裏によぎった考えがじわじわと重みを増していって、いつしか頭の中で支配的になっていく。


(彼女はルゥを、私の夫を殺そうとした。いくらその気が無かったからと言って、だからと言って心臓にナイフを突き立てた……! 許せるはずがない……!)


 因果応報、その言葉を思い浮かべたときだった。

 一つの記憶が投射された。


 ――お主の犯した過ちが、巡り巡ってお主に還ってきたのじゃ。お主はなるべくして、かような姿となった。身に降りかかる罰を受け入れなければならぬ――


(そうだった、私は……。この身に降りかかることは何もかも、受け入れて、善き方向に導かないと――)


 気が付けばくしゃくしゃの紙を、ルートの手に握らせていた。


「これは?」と彼は問う。「手紙、かい?」


 コクリ、と頷くと、それ以上の追及もせずに彼は手紙に見入った。

 夫の顔を見れずに、膝の上で作った両手の拳を見つめていると、「ああ、そんな」との嘆きが聞こえてくる。

 遅れて大きなため息が聴こえた。


 いてもたってもいられなくて、彼の隣から立ち上がる。


「まって」と背後から言われるも、一度逃げ始めた足は止められそうもない。


 だがルートもそう簡単に諦めてはくれなかった。

 毛布から抜け出して、部屋の扉へと進んでいくエレーナの肩に手をかけた。

 しかし、遅れてやってきた立ち眩みに足がもつれ、前のめりに姿勢を崩す。


 結果、二人はもつれ合いながら転んでしまった。ルートが下になる形で転んだ。


「たはは……ちょっと立ち眩みがしちゃって」と額を抑えるルート。「ごめん、怪我はなかった?」


「……怪我人がいうセリフ?」呆れながらエレーナは彼の顔の横に手をついて体を起こす。


「もう治ったし」


「血は戻ってないんだよ」とうなだれるエレーナ。「ほら、早くベッドに戻って。私は大丈夫だから」


「どうしてさっき逃げたんだい」


「逃げてない」


「気に、なるの?」


「なにが」


「僕が、ローザに対してどうおもっているのか」


「別に」彼女は吐き捨てた。「いいんだよ、分かってるから」


「わかってるって?」


「本気で好きだったんでしょ、彼女のこと。なんなら今だって――」


 体を離そうとするエレーナを、ルートはきつく抱き寄せた。


「ひゃっ……!? ちょ、ちょっと……」


「昔はね」


「無理しなくていいよ……! 離してったら!」


「無理なんかしてない」


 彼の腕の力が一層強くなった。

 いつもより力も入りにくいだろうに、力強い抱擁だった。


「離してよ――……」


 エレーナの抵抗が次第に弱まっていく。


「僕には君しかいない」


「ルゥ……」


 彼女の手が彼の腕にそっと這わされた。


「私も」


「……うん」


 木の葉のさざめきが聴こえ、やわらかな風がカーテンを揺らし、二人の肌を撫でた。


「私にも、あなたしかいない……」


 相手の存在を確かめ合うように手と手を、肌と肌を寄り添わせていく。


「エレーナ、僕は――」


「ルゥ、私ね――」


 声が重なったことに気が付くと、すぐに相手に譲り合った。

 再びルートが譲ったので、発言権はエレーナに巡ってきた。


 ルゥ、私ね、と同じことを繰り返す。

 彼女の体重が次第に夫に委ねられ、夫もそれに気が付いた。


「こんな時に言うことじゃないかもしれないけど――体が熱くて……すぐに終わるからじっとしてて」


 彼女の手はするするとルートの服の隙間から中へと入っていった。


「っ、待って、エレーナ」


 だが反対にルートは相手の肩を押し返した。

 瞬間、我に返ったような、それでいて泣き出しそうな表情がエレーナの顔に浮かぶ。


「ご、ごめんなさい私……」


 謝罪の言葉を、ルートは一つの言葉で押し潰した。


「好きだよ」


 この直後から陽が落ちきるまでの時間を、二人はほとんど覚えていなかった。


 後に残ったのは一つの感覚。

 体中の熱を注ぎ合って、相手の体をあたためていたぬくもりが、今自分の持つぬくもりの全てになっているという感覚だけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ