16.名家令嬢の労働条件
シェリー・ブルトンの合格が決まり、そのまま大家の居間で会議を行った。
皆で暖炉の熱を感じながら豪勢な料理を囲んだ。ネルデル豚の骨を長時間煮込んだスープ、羽根牛のステーキ、サンライス、常夏ココナツプリン、いずれもこのあたりの貧民街では手に入らない、にぎやかな市場でのみ取引されるようなものばかりだ。
「貴族様に食べてもらうんじゃ下手なものはお出しできないからねえ」とは大家の言葉だった。
とはいえシェリーは最高級慣れしているがゆえにこれらの食材も物珍しかったらしい。興味深そうに眺めては、非の付け所のない手つきで丁寧に口に運んでいく。しきりに「味が濃くておいしい」と感激していた。
一方でエレーナは反対の意味で口にしたことのない食材ばかりであり、一口食べるごとに胸を打たれていた。だがテーブルマナーの方は悲惨の一言に尽き、しょっちゅう手が滑ってはルートの顔にアツアツの肉汁やらフォークを飛ばし悲鳴を上げさせていた。
ルートもルートで飛んできた肉汁に手が触れるとケシカスほどの消しゴムが生成されるという微塵も嬉しくない発見をしていた。
夫妻のやり取りを見てクスクスとシェリーが笑ってくれたので、おかげで場も和んだのだが。
だが「そういえばお給金の方ですが――」とシェリーが口にしたとき、そんな空気が一瞬にして凍り付いた。
そうだ、その問題があった。
ブルトン家は王国内でも屈指の歴史と財を誇る家系だ。そんな家の令嬢が働きに出るとしても王家の世話係やメイドが一般的だ。
だがこちとら貧民街にて設立された従業員二人の会社である。名家のお嬢様が一体どれほどの給料を要求してくるのか、それ次第で話は大きく変わってくる。
募集要項には『週給銀貨3枚を想定(6万円相当)』と書いておいたが到底足りないだろう。
だがシェリーはこう続けた。
「いりません」
「…………えっ?」と夫婦。
「いりません、お給金。タダでいいです……」
シェリー曰く、「毎月父から生活費を金貨50枚分もらっているから」とのことだった。
それを聞いたエレーナは「金貨50枚もあったら焼きたてのパンとチーズが毎日食べられる……」と指折り計算していた。
それから念入りに何度も確認したが、やはり給料は不要だと返された。
「お二人はかのオリハルコンを所持していました。将来性を大きく見込んでいるんです」
令嬢はそう付け加えた。
「僕たちの将来性、ですか?」
「はぃ……どのような手段であれ、“貴族ですらない人間がオリハルコンを手にした”。これって、とんでもないことなんですよ。黄金の屋敷を建てられるほど金を集めてもなお見つからない、そんな鉱石ですから……」
オリハルコンを手にする可能性のある方法、あるいは知識を持っているかもしれない。可能性一つであってもそれに賭けるに値する。シェリーにとってオリハルコンはそれほどの存在なのだ。
しかも彼女はオリハルコンを装飾や金儲けの手段として見ていない。技術革新の源泉として睨んでいる。
この点からも夫妻とのかみ合わせが非常に良かった。
まもなくグルムバッハ夫妻は自分たちの目標を打ち明けた。短期と長期の目標を理解してもらったうえで協力してほしかったのだ。
短期目標:残り19日で金貨2万枚を用意し、冒険者ギルドの管理権をギルドマスターから買い取る。
長期目標:ギルドという経済上の拠点を据えたら地方や別の国をまわり、資産形成をしながらエレーナの妹を探す。
計画を聴いたシェリーの眉間にはかすかなしわが寄った。
世間知らずのバカだと思われたか、とルートが内心焦っていると彼女は言った。
「ギルドの管理権には十分な額かと思いますぅ……。あそこのギルドマスターは金にがめついって有名ですし。飛びつきますよ……たぶん。問題はどう稼ぐか、ですねぇ……」
だがシェリーはソファに腰かけながらジタバタと身もだえする。
「でもぉ~! 金貨2万枚なんてわたくしもお目にかかったことのない額ですよぉ……。ブルトン家だってすぐに動かせる現金は金貨1万がいいところだし……。それにオリハルコンだってもうないですよね? となれば1つのオリハルコンを細かく砕いて製品に混ぜるしかない。でも含有量を薄めてどれだけの効果が期待できるか……」
居てもたってもいられず立ち上がってウロウロし始めたシェリーに、夫妻は自分たちの能力を明かそうと決めた。
給料はタダ、王国最高峰の鍛冶技術、オリハルコンとの向き合い方……。十分すぎるほどだった。
グルムバッハ夫妻はまず彼女を滞在しているホテルへと連れていった。部屋に入るなり三重に施錠をしたが、これから拷問されるんですか、とシェリーが怯えたので仕方なく鍵を1つにした。
そしてようやく落ち着いた新人の目の前で実際にオリハルコンを生成して見せたのである。
シェリーは……白目を向いてその場で卒倒した。




