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15.2万枚の光明

 オリハルコンを見たシェリーは――椅子からもんどりうって転げ落ちた。


「それは――ふんお!? ひぃぃいいいええええええ!? お、オリハルコンですかぁ!? それぇ!!」


 しかしすぐさま飛び起きて二人に駆け寄ると、ルートの手ごと握り締めて、鼻先ほどの距離でその最強の金属をトロンとした表情で眺め始めた。

 髪と併せて蒼天色の長い睫毛がパチパチと嬉しそうに瞬きしている。


「なっ……ちょっと! ……ちょ、ちょっとシェリー様、お手を……」


 思わず非難するような姿勢を見せたエレーナだが、すぐにしおらしくなって細い声で令嬢に言う。

 だが小さな声を聴きとれるほどシェリー・ブルトンは冷静ではなかった。


「まぎれもなくこれはオリハルコン!

はわわわわわ、じいやを2年間溶鉱炉のそばで脅してやっと粒ひとつしか手に入らなかったオリハルコン……ああなんて麗しくそれでいて優しい輝き……」


 ひっぐ、えぐ、ぐひいいと号泣しだすシェリー。


「ブルトンさん。質問に答えてください。あなたはこのオリハルコンの価値をどう上げますか?」


 再度あの石をルートに差し出された瞬間、シェリーの涙はとまった。


「――わたくしならこれをどんな形にでも加工できます。

宝飾品なんて見てくれだけのゴミとは違います。あなたたちの役に立つものに」


 ルートは涙の痕を残し、淡々と語る彼女の眼に吸い込まれそうな深さを見た。

 その眼を見ていると隣から包丁でも飛んできそうである。

 オリハルコンをシェリーに渡すと、目を反らし、席に戻るように言った。


「役に立つもの、とは具体的になんでしょう?」


 彼の問いにシェリーはよどみなく答える。


「募集内容に書かれてましたですよね。世界に羽ばたく会社を作るって。あの宣伝文句はバカみたいですけど、でもこのご時世にそんな志を持てているのは賞賛に値すると考えました、はぃ……」


「バ……バカみたいって……夜通しで考えたのに」


「だから私はやめた方が良いって言ったじゃない」


「最後には君だって『世界に羽ばたくって素敵ね』とか言ってたじゃないか!」


「ごめん、あの時すごく眠くって」


 ブツブツと話す夫婦に構わずシェリーは続ける。


「げ……現在ブルトン家では新型溶鉱炉の開発が進んでいます。絶対に絶対表には出ませんが、設計を先導しているのはわたくしでして……。その設計理念には『オリハルコンの溶解達成』を掲げました。

オリハルコンの強度は有名ですが、あらゆる魔法、熱や寒さにも耐えます。

『セブン・ペガサス』の魔法使い、勇者、戦士が全力で一つのオリハルコンを攻撃し――小さな傷一つ付けられなかったくらいですから。そんな最強の鉱石を加工できれば、最高のものが出来上がるに違いないです。はぃ……」


「あいつらが、傷一つ……? 低級なドラゴンなら単独で殺せてしまうあの『セブン・ペガサス』が?」


 ルートが驚くのも無理はなかった。


『セブン・ペガサス』の実力は疑う余地のないものだ。

 彼が所属していた二週間の間にも、ドラゴンの群れを薙ぎ払い、巨人を頭から真っ二つに叩き割った勇者ヴァルダルの雄姿を見た。


 勝てるわけがない、そう思い知らされた。


 そんなヴァルダルに匹敵する能力を持った連中がゴロゴロといるのが『セブン・ペガサス』なのだ。

 ただルートがハズレだったというだけで……。


「とにかく」


 シェリーが言った。


「わ、わたくしを採用してくれた暁にはですね、最新鋭の強度を誇る装備を生産することができます。もし叶うなら、このオリハルコンを少しずつ分ければ……効果はかなり落ちますがそれでも強力なオリハルコン装備が作れます!」


 これはグルムバッハ夫妻にとってかなりの好条件だった。

 シェリーがどれほど太い実家の金脈を充てに出来るかどうかは分からないものの、鍛冶関係に関してはかなり融通が利いているようでもある。

 新開発の溶鉱炉が使え、それを用いてオリハルコン装備を作成するというのも魅力的だ。


 もしオリハルコンを微かに含んだだけの装備たちが、既存の純鉄や銅の装備よりも優位であると証明できたなら、それは市場において唯一無二の価値を持つ。

 一気にギルド買収に必要な金貨2万枚への光明になるだろう。


 ルートはエレーナを見た。

 彼女も同じ考えのようだった。


「シェリーさん……採用です」


 彼が告げると、シェリーは一転、わんわんと泣き出した。


「よ、よがったでずぅ~! これでボンクラから抜け出せるかもしれません……本当にありがとうございま“す……っ!」


 よかったよかった、とその場の全員が朗らかな雰囲気になった時、エレーナが思い出したように言った。


「そういえば今回の採用って能力持ちの方限定で募集をしていたのですが、シェリー様は能力はお持ちなのですか?」


 するとシェリーは恥ずかしそうに頭を抱えてうつむいた。


「い、いやあ~実は持ってるんですけど、ほんと何の役にも立たない能力でして……。そのせいもあって家族からはボンクラボンクラーなんて言われちゃってんですけどね」


「いいですよ。もう採用は決まったようなもんですし。どんな能力でも気にしません」


 そのルートの言葉を聞いて、「それなら」とシェリーは言った。


「わたくしの能力……いくらでも泣けるんです。水を飲まなくても無限に、泣けば泣くだけ涙が出ます。……ね? 呆れて声も出ないですよね? ほんっと使えない能力で~」


 衝撃で固まっていた夫婦はやがて互いの顔を見合わせた。

 エレーナが言う。


「涙って体液よね?」



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