表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/37

01. お前、クビ

 

「君はクビだ、ルート」


 勇者ヴァルダルはそう告げた。


「そ、そんな! まだ入って一週間なのに……」


 酒場の客たちは食器の音一つ立てず、「最強」が下す解雇劇に見入っていた。


「私だって残念さ。4年ぶりの『S級判定者』……。だが、君の能力は人を馬鹿にしているよ! 我々『セブン・ペガサス』の品位を損なうだけでなく、王国の名に泥をぬりたくっている! おおかた判定機の故障だったのだろうさ!」


「で……でもみんなは! パーティのみんなは賛成したんですか? ローザにはまだ聴いていないでしょう?」


 青年ルートは恋人になったばかりの歌姫ローザを思い浮かべていた。 王国中の男たちの憧れの的、優しく美しい歌姫ローザ……。


 彼女がこんな横暴を黙っているはずがない。 きっとリーダーであるヴァルダルの独断だと彼は思っていた。


「ローザか……くくっ……ハッハッハッハッハ!」


 しかしリーダーは大声で嘲笑う。


「何がおかしいんです! ローザに何かあったんですか!」


「馬鹿だよなあ君も!」


 ヴァルダルは突如、親友のようにルートの肩に手を回した。 あまりに強い力になすがまま縛り付けられる。


「君をクビにしようと真っ先に言い出したのは誰だと思う? 

――ローザだよ! 君が”役立たず”と分かった夜、彼女がなんて言ったか!

『あれ、ゴミだよ。明日追い出そう』

 って言ったんだ! 俺にまたがりながらなぁ!」


 ルートの顔は真っ青になる。


「信じない、そんなわけあるか!」


 じたばたともがくものの、腕力で鎮圧されてしまう。


「嘘じゃないさ。なあ? ローザ」


 勇者は青年の顎を掴み、ぐるりと栓をひねるように横を向かせた。


 視線の先、二階に続く階段に、ローザがいた。金糸と見まがう、ウェーブがかった金髪、すれ違う人皆振り返る美貌……。


 ローザ、と呼ぼうとするルート。だが下あごは強く掴まれ声は出なかった。


「ヴァルダル!」


 ローザは悲鳴に近い声を上げて、階段を駆け下りて走ってくる。


 やっぱり彼女は僕の味方だ、とルートが思ったのもつかの間。ローザは彼を見て、鼻で嘲笑った。


「あっ…まだ、いたんだ…」


 そして彼を拘束して離さないヴァルダルの体に抱き着くと、舌を絡めた口づけを始めた。


 ルートは「んー!んー!」と声にならない音を上げた。


 手の平になにか生暖かい液体が落ちてきた。

 それはローザとヴァルダルのどちらのとも知れない、口端からもれた唾液だった。


 形をもたない唾液は、哀れな男の手のひらに触れて、白く小さいものに変わった。

 鉛筆のないこの世界において役立たずでしかないもの。


『消しゴム』である。


「ハッ、そんなわけのわからないものが何の役に立つ!」


 キスに満足したヴァルダルはルートを突き飛ばした。よろめきながら酒場の入り口にもたれかかる。ぐわんぐわんと背中にひびく痛みに顔をしかめる。


「……ちくしょう」


 彼らを見る目にはいつしか憎しみが宿っていた。


「改めてはっきりさせておこう!」


 ヴァルダルは酒場中に、王国中に聞こえるほど声を張った。


「ローザは俺のもの! 国中が求め続けた理想のカップルだ!」


 酒場はワッ、と歓声に包まれた。ジョッキが高くかかげられ、黄金の飛沫があちこちで舞う。

 勇者万歳、歌姫万歳の合唱がキンキン鳴る。


「そしてルート! 嘘にまみれた愚か者よ! 国を騙し、我が愛しのローザをも騙した! 貴様に与えた装備や道具の一切を没収する! もちろん、給与として払った金貨10枚もな!

お前は――クビだ!」


 大樹をへし折る豪脚がルートの腹に叩きつけられた。


 放たれた矢のように酒場を飛び出し、石畳の上をゴロゴロと転がって、大通りのど真ん中へと仰向けに大の字になる。


「い……ってえ……」


 快晴で、陽がまぶしかった。


 酒場ではもう誰もルートを覚えていない。盛大な酒盛りが始まっている。


「ちくしょう……ちくしょう……」


 ルートは鼻血を袖でぬぐった。

 かわりに涙が流れそうになる。


 目の前を馬車が通りがかった。

 馬が糞をボトボト、と鼻先に落としていった。


 涙が引っ込んだルートは、馬の糞を頭からかぶらなかっただけマシだ、と思いはじめた。

 捨てる神あれば拾う神ありだ。


 すると、背後が何やらにぎやかだと気が付く。


 さきほどいた酒場の真向かい、もう一軒の大きな酒場『わだち』から聞こえる。

 なにやら揉めているらしい。ガラスが割れ、木材が折れる音がした。


 すると次の瞬間、


「いてっ! 噛みやがったなこのクソアマ! てめえは……クビだ!」


「ちょっ、ウソでしょ待っ…ぎゃああああああああ!」


「クビ仲間が増えた…」とつぶやいたのもつかの間。

 一人の女性がすさまじい勢いで酒場から蹴り出され、ルートのいる方へと転がってきた。


「えっ……ちょっ、来るな来るな来」


 満身創痍の彼に避けられるはずもない。

 女性を受け止め、勢いそのまま後頭部を馬糞へ突っ込んだ。


 ヌッチャ……と両耳が嫌な音とあたたかさに包まれた。


 転生して二週間弱。

 「し、死にてえ~」とルートは思った。




【ルート 資産】

 金貨     0

 銀貨     0

 銅貨     0 






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ