013 術後一日目
手術が終わった翌日、目を覚ますと口を動かせない。舌を動かしたくないから、ずっと歯を食いしばっている。動かさない分には、痛くないの。そのことに、やっぱりちょっと感動した。
起きてから少しすると、朝ご飯が運ばれて来た。自分の名前を言わなきゃいけないのだけど……しゃべりずらい。朝食を目の前にして驚く。
ご飯が、おかゆだったこと以外はわりと普通のメニューだった。おかずも、とろみを付けた調理法にはなっていたけれどいたって普通のメニュー。
私は、まずお味噌汁をスプーンですくって口に入れる。最初の一口は、少量だったから上手に飲めたしお味噌汁の味もちゃんと感じた。これなら大丈夫か? っと今度は、おかゆをスプーンですくって口に入れる。
数粒のお米を口に入れると、舌の上から移動させられない。そんな馬鹿なと驚く私。お茶を手に取り一口飲んだのだけど、お米が喉に流れていかない。
舌を動かせないから、お米の粒を喉の奥に運べないの。
何てこと……。むしろ、小さく切られた柔らかく煮た野菜とかの方が食べやすい。手術してない逆側の歯でかんでそのまま飲み込めるから。
食事のお盆とにらめっこする私。ここで問題なのが、おかゆが嫌いだってこと。味がないから。
嫌いなものを、めっちゃ苦労して食べないといけない苦痛。そんなーって一気に悲しみに暮れる。それに、野菜がおこめよりも食べられるといっても、やっぱり痛いことには変わりない。一生懸命食べたのだけど、やっぱり本当にちょっとしか食べられなかった……。
朝食を食べ終わると、朝の診察に呼ばれる。せめて歯を磨いてから行かせてよって思いつつ、仕方なく診察に向かう。
途中で、うがいだけさせてもらった。そこで更なる悲劇が……。口の中でゆすぐことはできるんだけど、最後の『ッペ』ができないの。舌が、水を外に押し出していることをここで知る。いつも当たり前にしていたことができない。
舌の役割が凄く大切なことを知った。
何とかうがいを済ませて診察室に向かう。術後、初めての診察で先生に口の中を見てもらう。
「痛みはどうですか?」
「動かさなければ大丈夫です」
「うんうん。できるだけ痛みが出ないように縫ったからね。ご飯は、食べられそう?」
「何とか頑張ります」
「術後の経過が良ければ、週末くらいには退院できるかなって感じだね」
「良かったです」
私は、舌っ足らずになりながらゆっくりとしゃべる。予定の一週間よりも早く退院できそうだと知り嬉しくなる。先生に、お礼を言って診察室を後にした。
その日の担当看護師さんは、若くてとてもクールな女性だった。そして、ちょっと仕事が雑。その日は、シャワーに入れる日だったので「今日どうしますか?」って聞きに来てくれた。
できればもちろん入りたかったのだけど、今日は何となくとかじゃなくて確実に点滴刺している腕が痛かった。
この痛い腕を、引きずりながらシャワー浴びるのかーって躊躇しちゃって、その日は入らなくて大丈夫ですって返事をする。
クールな看護師さんは、点滴している腕を指で触って腫れてないか確認したんだけどそれがめっちゃ痛くて……。
もっと優しく触って欲しかったし、確認も大丈夫認定だった……。でも、もうすぐ点滴終わりそうだったから私も何も言わなかったのよ。
それに、この看護師さんがクールだと感じたのには他にも理由があって……。同じ病室には患者さんが五人いて(入院した時から一人増えた)それぞれにドラマがあったのよ。
聞いちゃいけないのは分かるのだけど、全部聞こえちゃうから仕方ない。
ある患者さんの対応で、何か質問されていたんだけどクールな看護師さんは「それは私では分からないので先生に聞いて下さい!」シャーとカーテン引いて去って行っちゃってて、言い方ーって思わなくもなかった。
そんな感じで、人間観察しつつ持ってきた本をひたすら読んでいた。戦争の本読みながら、もっと明るくてワクワクするやつにするべきだったよなって思いつつ意地で読んでいた。
読んでいると時間だけは過ぎていくから、有難かったのだけど。
そしてようやく点滴が終わったのは、夜勤の看護師さんに交代するタイミングだった。今日の夜勤担当は、昨日の優しいベテラン看護師さんだった。
私は、安心して点滴が終わりそうなのと実は痛いんですと説明する。ベテラン看護師さんが腕を見てくれた。
「確かに腫れているし、血が逆流しちゃっていますね……。ちょっと待ってて下さい」
点滴の器具を色々もって来て、一度チューブを抜いてチューブ上に余っていた薬を注射器で強制的に流す。
「うわわぁぁぁぁぁぁ」
物凄く痛すぎて、叫んでしまう私。
「すみません。今のは痛かったですよね……」
しきりに謝りながら、腕をさすってくれる看護師さん。私、痛すぎて笑っちゃったよ。まじで痛かったんだもん。ここ数年、感じたことのない痛みだった。
「確認したんだけど、針は綺麗に刺さっているし、血液も元に戻ってくれたんだけど……やっぱり痛いですよね?」
悩まし気な看護師さんが私に聞く。
「すみません……。痛いです」
「そうかー。水分って取れてます?」
「はい」
「点滴で残っているのが、抗生剤と水分補給用なんですよね……。水分とれてるなら、抗生剤を薬に変えてもいいか先生に聞いて見ましょう。とりあえず、これは抜きましょうね」
そう言って、抜いてくれた看護師さん。すっごい痛かったから天使に見えた。それに、できれば点滴ももうしたくなかったので嬉しい提案だった。
トイレに行く時とか寝ている時が不自由で嫌だったの。
点滴が外れたので、夕食前に一回トイレに行っておこうとベッドを立つ。廊下に出ると、耳鼻咽喉科の先生たちがこっちに歩いて来ていた。
えっ? もう回診の時間? って思ったけど、きっと他の病室も回るはずだしとペコリと頭を下げてトイレに急ぐ私。
戻ってくると、耳鼻咽喉科の先生五人が私のベッドの前で待っていた。なっ、なんでこんな大人数で? と面食らう。しかも私待ちって申し訳なーい。
担当医の先生が、看護師さんから話を聞いていたらしく点滴の件を確認された。
「点滴、ちゃんと入っていても漏れてたんだって? ちょっと見せてもらってもいい?」
私は、パジャマの袖をめくって先生ズに見せる。袖をめくってギョッとしちゃったんだけど、血がガーゼに染み込んでて真っ赤だったのよ。
「あーそれは痛そうだね。ご飯なんだけど、朝くらいの量だとちょっと難しいんだけど……。頑張って食べられそう?」
先生ズ、みんなで私の腕を見てくれた。みんなちょっと驚いた顔していた。
「大丈夫です。頑張って食べます」
「うん。なら、点滴は終わりにして薬で対処するね」
そう言って、先生ズは去って行った。わりと臨機応変に対応してくれる看護師さんや先生たちに好印象を受ける。点滴終わって良かったって、心からホッとした。
その代わり宣言した通り、その日の夜から頑張って嫌いなおかゆも半分は食べた。
夕飯を食べ終わって、ベテラン看護師さんが夜の血圧を測りに来てくれた。その時に嬉しいアドバイスをくれた。
「ご飯あんまり食べられなくても、特に駄目な食材はないからコンビニで好きな物買って来て補食で食べてもいいですからね。食べたもの先生に申告すれば、ちゃんと食べられているってことになるので」
「わかりました。ありがとうございます」
そして私は、明日の夜は何かコンビニに買いに行こうと心に誓うのだった。
次回、退院で最終回です。




