第7話 武器屋
図書館を出た後、俺はまず詳しく町を散策する事にした。
クラデシュに来てから図書館に直行したから、どういったお店があるのかすら把握できていない。
とりあえず俺は石畳で舗装された道をゆっくりと歩き始めた。
改めて冷静に見てみると、実に色々なお店が並んでいる。
食べ物はもちろん、武器や防具に魔法の杖まで。中には魔導書らしきものを売っているところもあった。
あらかたお店を見て回った俺は、やっぱり「武器屋が一番だな」という結論に至る。
中に入る前に、一旦外から様子を伺う事にした。
武器屋は一階建ての石造りの建物で、外には弓矢らしきものがたくさん陳列されている。
しかし外に出ている物は一部のようで、剣や鎧は中にしか置いてないようだった。
見た感じ、建物の中に客はいない。店員らしき女性が椅子に座って読書に耽っているだけだった。
見たところ二十代後半ぐらいの女性だった。時折カールがかったブロンドヘアを優雅になびかせている。
――この女性が相手なら、少しは話しやすそうだ。
俺は意を決して中に入る事にした。屈強な髭面のオジサンが相手よりは何百倍もマシってものである。
「すみません。小さい刃物って売ってますか?」
俺は武器屋に入るなり、店員に対して欲しい物を告げた。
店員は本から顔を上げると、俺に対してニッコリと微笑む。
「いらっしゃいませ。小さい刃物ですか? ナイフでしたらありますけど」
「えぇそうです。ナイフが欲しいんです。えっと、どこにありますかね」
質問すると、店員は手のひらを広げて指先で俺の後ろを示した。
振り向いて棚を確認する。部屋の隅に、ナイフらしきものを陳列している棚があった。
「あぁ、どうも。ありがとうございます」
頭を下げてからナイフの陳列棚に向かう。
手持ち無沙汰であろう店員は椅子から腰を上げて、予想通り俺に対して接客モードに入っていた。
「どのような用途でお探しですか? それが分かれば、最適なお品物をご案内できますが」
「それは助かります。軽く木とかを削るように、小さくて頑丈なのが欲しいんです。そういうのありますか?」
本当の用途は告げずに、俺は適当に嘘を並べる。
それっぽい事で言い訳するスキルは、客先との打ち合わせで学んだものだ。まさかそのスキルはこんな異世界でも役に立つなんて。
「それでしたら、こちらなんていかがでしょう。頑丈なので、ちょっとやそっとの使い方では壊れたりしませんよ」
女性が手のひらで示してくれたのは、木の柄が付いた小さいナイフだった。
刃渡りは十センチメートルもないだろうが、かなり刃が分厚い。確かに店員が言うように、これなら少しぐらい無茶をしても大丈夫そうである。
ナイフの近くには革製のケースが置かれており、どうやらセットで売られているらしい。
付属品があるだけに他よりも値段が高く、一万ゴールドという値札が貼ってあった。もっとも、それがどれぐらいの価値なのかは分からないけど。
決断した俺は「これにします」と、ナイフを人差し指で示した。
すぐさま棚からナイフを取り出そうとする店員の手を制して、俺は続ける。
「このナイフが欲しいんですけど、生憎お金が足りません。他のことで代用できたりしませんか?」
俺の発案に、店員は難色を示した。眉根を寄せて、俺のことを睨み付けてくる。
まぁ当然といえば当然だ。異国の風貌をした男が、いきなり店にやってきて金銭も出さずに品物を要求してくる。
もし店員が武器を持っていたら、すぐさま叩き切られていただろう。
「どういうことですか? お金のない方にお売りする商品はありません」
さっきまでのにこやかな笑顔を崩して、店員が吐き捨てるように言う。
俺はその叱責をひとまず受け止めてから、店員に笑顔を向けた。
「お金は持っていません。ですが別の対価ならお支払いできます。――失礼ですが、どこかお身体に悪い部分はありませんか?」
俺の言葉に、店員は不思議そうに首を傾げる。
どうやらいきなりの質問で、意図が理解できなかったらしい。
「私は身体の悪いところを治す魔法を使えます。その魔法であなたの不調を治すので、それをお金の代わりにすることはできませんか?」
「悪いところを? それって、本当なのですか?」
俺の話に興味が湧いたらしい店員が、少し前のめりで聞いてくる。俺は「もちろんです」と頷いて見せた。
「全部が全部治せる訳ではありません。ですがお力になれる部分もあるかと。ちなみにどこが悪いですか?」
俺が畳みかけると、店員が少し迷ったように「うーん」と唸り始めた。ここで勝利を確信する。
話を聞いてくれる姿勢を見せてくれた時点で、この店員は身体に不調を感じている。そこを切り口にすれば落とせそうだ。
「……肩と、首がちょっと痛いですね」
――ビンゴだ。俺は内心でグッドポーズを取る。
その二つであれば簡単なストレッチでも症状を良くできる。武器屋の店員で普段から重い物を持っているのであれば、身体のどこかが悪いだろう――という見解が見事当たったのだ。
「それなら私の魔法で治せます。少し落ち着いた場所に行きたいのですが、そういう部屋はありますか?」
言いながら、俺はカウンターの中を見る。隅っこに扉があるから、事務室のような場所があるに違いない、と思った。
しかし店員は少し警戒しているのか、俺への返答に窮している様子だ。
――それもそうか。普通はいきなり男に「落ち着いた場所に行こう」と誘われたら恐怖でしかない。
「ではカウンターの中でも大丈夫です。多分数分で終わると思うので」
俺が言うと、店員は「それなら」と同意してくれた。
二人でカウンターに向かおうとした時、店員が手ぶらなのを見て、俺は足を止める。
「あぁ、すみません。そのナイフも持ってきていいですか? ――終わった後にまたここまで足を運ぶのは、時間が勿体ないので」
俺は棚に向かうと、置かれているナイフを飄々と持ち上げた。