第6話 世界の歴史
思った通り、クラデシュはエドレンシスよりも少し大きい町だった。
道の両端に建っている家は外装が色付いていてオシャレだし、高い建物も多い。道を歩く人々も、心なしか明るく見えた。
「図書館はこっちにありますけど、先に武器を買いますか?」
通りがかりに武器屋らしき建物があったからか、フィオナが聞いてくる。
俺は「今買うと荷物になるし」と、それっぽい言い訳で買い物を回避した。
とりあえず、フィオナに話をするかどうかは、図書館でこの世界の歴史を学んでからと決めていたのだ。
それからフィオナに連れられて、図書館に着く。
図書館は他の建物よりも大きめで、四階ぐらいの高さがあった。レンガ造りなようで、外装は全体的に茶色い。
「それじゃあ入りましょうか。――図書館では、大きな声は禁止ですよ?」
フィオナは自分の口元に人差し指を当てながら、可愛らしく俺のことを諭した。
「……分かってるよ」
図書館では大きな声を出してはいけない。
どうやらそれは、異世界であっても普遍的なルールらしかった。
大きな入口をくぐって、図書館の中に入る。
中に足を踏み入れるなり、途端に図書館特有の紙の匂いが鼻をくすぐった。
――この匂いも共通か。何だか、異世界って気がしないな。
そう思いながら、俺は図書館の中を見渡した。
広々としたスペースにいくつもの棚が並んで、分厚い本がギッシリと詰まっている。
俺は近くにある棚に歩み寄ってから、分厚い本に手を伸ばした。
この図書館には、いわゆる「文庫本」や「新書」といった、小さくて薄い本はない。すべてがファンタジーに出てくる「魔導書」みたいな形をしていた。
そんな分厚い本をパラパラと捲って、適当なページを読む。
そこに書かれている文字は、明らかに日本語ではなかった。英語でもない。見たことがない言語だ。
しかし本の内容がすんなりと頭に入ってくる。どうやら今の俺は、この世界の言語ですら自由に扱えるらしい。
ひょっとしたらフィオナたちと話しているのも、日本語ではなくってこの世界の言語かも知れない。俺が自覚していないだけで。
「……歴史の本って、どこにあるか知ってる?」
俺は隣に立っているフィオナの耳に顔を近づけると、囁くように聞いた。
この図書館の棚には案内が何も書いてないから、どこに歴史の本があるのか分からなかったのだ。
「歴史ですか? それなら四階ですよ」
フィオナは小声で答えると、上を指差した。
天井を見上げる。どうやらこの図書館は四階まで吹き抜けになっているようだ。だから一階のこの場所からも、四階の様子がザックリとだが見える。
「ありがとう。ちょっと行ってくるよ」
「分かりました。私は一階の魔導書のところにいるので、終わったら声をかけてください」
そう言葉を交わしてからフィオナと別れると、俺は一階の隅にある螺旋階段に向かった。
――世界は違っても、文明レベルはある程度同じになるんだなぁ。
螺旋階段を登りながら、そんな事を考える。
同じような世界なのに、俺がいた世界ではない。そう思うと、不思議な気持ちになった。
四階に着くと、とりあえず近くにある棚から分厚い本を取り出す。背表紙に本のタイトルが書いてないから、手当り次第読んでみるしかなさそうだった。
本をパラパラと捲る。食べ物の絵と一緒に、レシピが書かれていた。どうやらこの世界の料理本らしい。
歴史の本ではなかったのですぐに本を閉じたが、思い直してまた開き始めた。
この世界の住人がどういった料理を食べるのか興味が湧いたのだ。
鳥の丸焼き、パンプキンスープ、サンドイッチ――。
その本に書かれていた料理は、見事に俺がいた世界のものと似通っている。
どうやらあまり風俗も変わりないらしい。
というかこの世界、鳥がいるのか。化け物みたいな見た目をしていないといいんだけど。
料理本の内容に満足すると、隣の棚に移ってまた本を開く。
たまたま手に取った本の目次には、年号と主要な出来事が書かれていた。これは間違いなく歴史本である。
――ビンゴだ。
俺は内心で舌なめずりをしつつ、その本を持ったまま座れる場所を探す。
隅の方に木製の横長テーブルがいくつか並んでいたので、そこに座って腰を落ち着ける。
あえて周囲に人がいない席を選んだ。妙な格好をしているからって、絡まれるのは御免だった。
少し背筋を伸ばしてから、本腰を入れて本を読み始める。
まず目次の主要な出来事に目を通した。
――紀元元年、勇者イグニアが魔王を討伐。
――イグニア歴十五年、勇者イグニアが逝去。
――イグニア歴五十年、魔王復活。
――イグニア歴百十三年、ルサダイン・ダムが魔王により占領。
目次にはひたすら、歴史上の出来事が列挙されている。
この世界の住人でない俺は、そこに書いてある事の半分も理解ができなかった。
どうやら年号の「イグニア」とは、魔王を討伐した勇者のことらしい。
だが、そもそも魔王とはなんなのか。どうして倒したものが復活しているのか。ルサダイン・ダムとはなんなのか。
その真相を知りたくて、俺はさらにページを読み進めた。
しかしページを占める大量の文字量に圧倒されて、思わず目頭を押さえてしまう。
当たり前だ。仮に紀元元年からの歴史がすべて記載されているとすれば、それは五百年分にも及ぶ筈だ。
それだけの量の歴史を、たった数時間で網羅できる訳がない。絶対に途中で閉館時間が来るだろう。
――だったら、話してみるか? フィオナに。もはやここが異世界である事は疑いようがない。
この世界の住人であるフィオナなら、これまでの歴史をかいつまんで話してくれるだろう。
そしてもし俺みたいに異世界から来た人の前例があれば、そこから帰るヒントを見つけられるかも知れない。
とはいえフィオナに話すのはリスクでもあった。
俺みたいな存在を歓迎してくれるとは限らないし、下手したらその場で魔法を使われてジ・エンドの可能性だってある。
「……いや、策はあるか」
俺は本を開いたまま、小さく呟いた。
思わず口から言葉が出てしまって、慌てて周囲を見回す。しかし俺の近くには人がいない。やはりこの席を選んで正解だった。
――よし。そうと決まったら、行動開始だ。まずは外でブツを調達しないとな。
俺は考えをまとめると、本を片付けて、こっそりと一人で図書館の外に出た。