第2話
魔方陣が描かれた床に沈んだ後、気づけば私は使い魔本来の姿に戻っていた。
白虎の姿はインパクトがあるし良いかもしれない。
そんなことを考えていたら次は風に呑まれる。
先ほど見た映像でも先輩の魔方陣の周りに風が吹いていたようだし、きっとこのままいけばいいのだろう。
目を閉じて風が収まるのを待った。
風が収まるのを感じて目を開ければ、そこは先ほど映像で見たアカデミーの魔方陣の中だった。
目の前には先輩、もといアルシェさんがいる。
ざわつく大人や他の生徒の声が届いていないのか、アルシェさんは固まっている。
「るい…」
え、今なんて??
今、瑠衣って言った?
私の今の姿は白虎だし、何より前世の姿とは似ても似つかない。
それなのに先輩は瑠衣って…。
色々な疑問が交錯するが、名前を受けないと契約は受理されない。
戸惑いながらもアルシェさんに頭を下げれば思いきり抱き着かれる。
「やっと会えた…」
泣きそうなのを耐えているのか声は震えており、強く抱きしめられる。
困って周りを見れば、大人たちはこちらに向けて帽子を取って頭を下げていた。
その行動の意図が読めないため、抱き着いているアルシェさんに主張すればようやく今の状況に気づいたようだった。
「せ、先生方?」
「白虎様、お会いできるなんて光栄です」
「…ルイ、どういうことだ?」
いや知らないです。
少なくとも神様が持ってきてくれていた本には何も書かれていなかった。
「あぁ、そのオッドアイと純白の毛並み!まさに伝承通りの美しさです」
「…ルイって神様だったのか?」
…なんだか段々イライラしてきた。
こういうことになりたくなかったから努力で力をつけたのに、性別を自由に変えられるようにしただけでこの始末か。
「ちょっと黙ってください」
私が喋ると、周りの空気が凍り付いたのを感じた。
だが、それもどうだっていい。
今までの努力が無にされるような感覚には耐えられない。
「あなたたちがどんな伝承を聞いて育ってきたかは全く知らないし、私には関係ないです。白虎様?私は今、アルシェさんと契約を結んでルイという名前を貰ったのです。だからもう二度とその崇めるような呼び方で呼ばないでください」
そう言い放てば、怯えたようにさらに深く頭を下げられる。
「申し訳ございません」
「すみませんでした」
「分かってくれればいいんです」
恐る恐るといった感じで「あちらのクラスへ」と言われたため向かおうとすれば、アルシェさんが動かない。
「せ、…アルシェさん、行かないんですか?」
先輩、と言いかけた言葉を飲み込む。
ここで先輩なんて言ってしまえば記憶があることが思いきりバレてしまう。
「あ、えっと、人の言葉を話せるのか?」
「はい」
神様は使い魔の魔力とかについて教えてくれたが、別に合わせる気もない。
能ある鷹は爪を隠すとは言うが、隠しすぎて出し方を忘れてはもったいない。
「ほら、行きますよ。次の人が待ってますよ」
先導するように歩けばアルシェさんは慌ててついてきた。
「以上で、使い魔召喚を終える。本日のオリエンテーションはここまでになるため、使い魔と契約を結んだ生徒は本日は使い魔と親睦を深めるように。ルールなども決めておくとよいだろう。また寮は生徒のみが生活をする棟と、生徒と使い魔が一緒に生活をする棟とでは場所が違うため申請を間違わないように。では解散」
先生の話も終わり、使い魔召喚に再挑戦する者や早々に寮がある方へと歩いていく者など様々だった。
アルシェさんと私は皆から少し離れて座って話をすることになった。
「あのさ、ルイだよな?」
「だよな、と言われてもルイという名前をくれたのはアルシェさんでしょう?」
「そうなんだけれど…もしかして、覚えていないのか?」
先輩は覚えているんですか?と聞き返したかったが、ぐっと堪えた。
もしここで聞いてしまったら、復讐してやろうという気持ちが揺らいでしまいそうだった。
「何のことですか?」
「………そっか」
アルシェさんは悲しそうな顔をしていたが、それを隠そうと無理に笑った。
その表情があまりにも痛々しすぎて思わず目を逸らしてしまう。
「……でも、うん。覚えていなくていいよ。ルイにまた会えたならそれでいい」
「…私は、そんなにその人と似ているんですか?」
「うーん、似ているというよりかは直観かな。どんなに容姿が違っても絶対にルイに気づける自信があったから」
「…そうですか」
容姿が違っても気づける。
先輩、その言葉は前世で聞きたかったです。
何も言わない私が怒ったと勘違いしたのか、顔をのぞき込んでくる。
「あ、名前嫌だよな。知らない人の名前つけられて。今ならまだ変えられるから希望があったら言ってくれ」
「…いや、ルイでいいですよ。あなたがくれた名前ならどんな名前でもいいです」
この気持ちに嘘はなかった。
「本当にいいのか?俺は嬉しいけど」
「はい」
嬉しそうなアルシェさんの笑顔を見て、胸がチクリとした気がした。
こんな簡単なことで復讐心が薄らいでしまったらこれから持たないような気がした。
「おーい!アルシェ~」
「ん?」
遠くからアルシェさんを呼ぶ声が聞こえる。
そちらを見れば先ほど映像越しに見た生徒が手を振りながらこちらに歩いてきていた。
隣にはあの黒い毛並みをした狼もいる。
「おー、ジニア」
「僕たち2人とも使い魔召喚成功したから同じクラスだね。その子が噂のアルシェの使い魔だよね。初めまして、ジニア・レヴァンタです」
使い魔である私にまで丁寧に挨拶をしてくれるこの人はジニア・レヴァンタというらしい。
口調から柔らかい印象を受ける彼にこちらも挨拶を返す。
「丁寧にありがとうございます。私はルイです」
「あぁ、やっぱり人間の言葉を習得しているんだね。ランサも習得しているみたいだから仲良くしてやってよ」
そういうと狼のランサが口を開く。
「ジニアさんの使い魔のランサです。よろしくお願いします」
言葉も滑らかなため聞き取りやすい。
一通り挨拶も終わったところで寮に移動しながら話をすることになった。
「そういえば2人はルール決めた?」
「まだだな」
「じゃあ、一緒に考えない?僕1人だと思いつかなくてさ。ランサはそれでいい?」
「構わないですよ」
「ルイもいいか?」
「大丈夫ですよ」
そんなことを話していればいつの間にか寮に着いていた。
使い魔を連れている生徒は使い魔同士の相性もあるため審査を受ける必要があるらしい。
寮の入り口前で審査担当らしい教師に呼び止められた。
「使い魔の属性や強さの確認させてもらってもよろしいか?」
「はーい」
先にジニアとランサの審査が始められた。
「では、この水に手をかざしてもらえるか」
「こうですか?」
そこそこ大きい瓶の底に水が少量入っていた。
ジニアが手をかざすと、淡い光が放たれて水が増えていき零れそうなギリギリのところで止まった。
「問題なし、次は使い魔だ」
ランサが水を見つめると水は氷に変わり瓶を割った。
「これもまた問題なし、これで終わりだ」