転生 第1話
随分長い間寝ていた気がする。
寝すぎて頭が痛いなんて社会人になってからは初めてだった。
いつも近くに置いてあるスマホを手探りで探すも見つからない。
それどころか、今寝ている場所もいつものベッドとは違った。
「え、ここどこ?」
ようやく目を開けて周囲を確認してみれば全く見覚えのない場所だった。
大理石の床に、ステンドグラスのような天井や壁。
どこかの教会のような雰囲気もあるが、中心に象徴ともいえる十字架がない。
「おはようございます!」
突然後ろから声をかけられ、驚きながら振り返るとそこには1人の少女がいた。
年は中学生くらいだろうか。
ふわりとした白いワンピースに身を包んだ美少女だ。
「……誰ですか」
警戒しながら尋ねると、その子は笑顔で自己紹介を始めた。
「はじめまして、下っ端の神様です」
「は?」
この子、頭大丈夫かな。
顔は可愛いけれど、不思議ちゃんキャラを目指してるならもう少し方向性を統一した方がいいと思う。
「あの…大丈夫ですか?」
「あぁ、気にしないでください。私は正気ですよ」
いや絶対おかしいって。
自称下っ端の神様は私の向かいまで来て椅子に座った。
いつの間にか私も椅子に座っていた。
「あの、ここはどこなんでしょうか」
「死後の世界です。殺されたことに気づいてなかったんですか?」
「あれで死んだんですか」
確かに何度もお腹を刺されまくっていたら死ぬだろう。
それにしても、自分が死んだことを実感するとなんだかもやもやする。
「それで、神様が何の用ですか」
「あなたには転生していただいて、また別の世界で生きていただきたいのです」
「あー、異世界転生ですか」
「はい、その通りです。理解がありますね」
「帰ります」
「うぇ!?何でですか!!」
下っ端の神様は勢いよく立ち上がる。
そんなに驚かなくてもいいじゃないか。
「異世界転生ですよ!?あの!有名な!!」
「残念ながらチート能力とかその類に興味ないので」
「そ、そんな……」
「そもそも、どうして私なんです?」
「それはですね、山本咲翔さんのご指名です」
予想していない名前が出てきて今度は私が驚いてしまう。
「先輩が?どうして」
「そもそもこの転生は山本咲翔さんが選ばれたんですよ」
下っ端の神様はどこからか本を取り出してページをめくっていく。
「ご存じの通り、異世界転生って何かしらの特典があるんです」
「小説で読んだことあるやつだ」
「あまりにも薄い感想やめてください。特別感がなくなると下っ端の私が怒られます」
「神様界隈が思ったよりも理不尽で笑うんだけど」
「笑い事じゃないですよ!まぁ、その特典っていうのは色々あるんですけど、基本的に転生者に決めてもらうんですよ」
「なるほど、先輩はその特典を使って私を選んだと」
「その通りです!」
私が知っている異世界転生とあまりにも違うし、なんなら先輩が私を選んだ理由が分からない。
選ぶならあのやばい彼女さん選べよ。
何だか無性に腹が立ってきた。
「そんなのアリなんですか?」
「前例は1件しか無いですけれど、ちょうどあなたが殺されたのでいいかなって」
「私の命と来世があまりにも軽く扱われている件については言及していいんですかね」
「というわけで、あなたは転生するにあたってどんな特典を希望しますか?」
「スルーしやがった」
しかし、ここで断ると損しかしない気がするので真面目に考える。
どうせ転生するなら先輩に一泡吹かせたい。
今の私は先輩に対して尊敬の念なんてない。
なんなら先輩のせいで刺し殺されたんだし。
「ちなみに拒否権は?」
「ないです」
「ないんかい」
「だってもう転生してもらうことは決まってますし」
「じゃあ、ちょっと考えるので待ってもらえます?ちなみに転生先は魔法とかある世界なんですか?」
「時間は無限なのでごゆっくりどうぞ。魔法どころか、ほぼなんでもありな世界です」
神様もこう言ってくれたし、ゆっくり考えることにするか。
きっと先輩が願ったならいつかは異世界で会わないといけないのだろう。
でも兄妹とかは嫌だし、親子はもっと嫌だ。
あの女に復讐したい気持ちはあるけれど、先輩にも報復をしないと気が済まない。
「あ、すみません。ちょっといいですか?」
熟考していると神様が話しかけてきた。
さっきまでの可愛らしい笑顔とは違い、少し真剣そうな表情をしている。
「なんでしょう?」
「えっと、その、あなたの性別って…」
「女ですよ」
「あぁ、身体的なことじゃなくて自認している性別は?」
「性自認は中性というか、無性というか…まぁ体は女なので別にこだわりないですね」
「そうなんですね。だから今の体は無性だと」
「へ?」
神様に言われて体を確認してみると色々無かった。
うん、具体的には見ないけれど感覚的に色々ない。
「マジで?」
「はい、マジです」
「これって男になったりとかできます?」
「できますよ。ただその場合は少し容姿が変わりますが」
「便利すぎ」
正直、これは引き継ぎたい。
前の世界で苦労していた悩みがこんな感じで解消されるなんて思ってもみなかった。
「じゃあ特典も決まったので伝えてもいいですか?」
「はい!」
「まずこの性別自在な体と~」
「はい」
「それから、前世の記憶を消さないでください」
「構わないんですが、理由聞いてもいいですか?」
「私を刺したあの女を一生許すつもりはないです。必ず見つけ出して後悔させてやるつもりです。あと先輩もぶっ飛ばしたいので」
「…結構怖いこと言いますね」
「まぁ、あの2人にはそれだけのことされたので。あと、先輩には私が転生すること言わないでください」
「え?」
神様はきょとんとした顔で首を傾げた。
その反応は予想の範囲内だし、私は気にすることなく続ける。
「私はちゃんと異世界に転生しますが、先輩の前では前世の記憶を持っていないふりをします。先輩には『瑠衣はまだ死んでいないから転生に連れていけない』とでも言っておいてください。特典も他のを適当にあげちゃってください」
「なんでですか?」
「単純にその方が面白そうだからです」
「性格悪いですね」
「どうも」
神様はドン引きした顔で私を見ているが、これぐらい序の口だ。
さらに畳みかけるように1番の願いを伝える。
「あと、私は大嫌いな先輩の使い魔として異世界転生します」
「は!?」
神様が椅子から転げ落ちそうになるくらい驚いている。
まぁ、当然の反応だと思う。
「何のためにそんなことするんですか!?」
「何のため?決まってるじゃないですか!先輩への嫌がらせですよ!私に気づいていない先輩を酒の肴にします」
「あなた復讐心強過ぎませんか!?」
「訳分かんない私怨で殺された私の立場考えてくださいよ!これぐらいやってもお釣り出ますよ!?」
「うぅ……」
正論を言われた神様は涙目になっている。
だが、私の意見を変える気は一切ないので話を続ける。
「でもチート能力とか入らないんで。どうせ転移じゃなくて転生なら、先輩が生まれてからある程度成長まで時間があると思うのでその間ここで勉強させてください。魔法の存在があるなら魔導書とかあるでしょう?」
「ありますけど、それならチートでよくないですか?」
「自分で努力してなんぼなんですよ」
「あなたがそれでいいならいいですよ…」
「なら決まりですね」
こうして、私は先輩に復讐するため、異世界転生することになった。