第7話
「そういえば、明日から授業が始まるんですよね?使い魔召喚って新入生のオリエンテーションらしいですし」
「そうだな」
「授業の間は私は何をしていればいいですか?」
前世の学校と同じようなスケジュールだとしたらほぼ1日暇だ。
アルシェさんは自室から手帳らしきものを持ってきてページを捲る。
「この学園は授業を自分たちで選んで受けるんだ。いわゆる単位制だな。えーっと…使い魔との実技の授業もあるからその時は予定を空けてほしいが、それ以外は自由にしてもらって構わないぞ」
「実技があるんですね」
「これは使い魔を召喚した生徒は必修だからな。ルイやランサみたいに人間の言葉を話すことができない使い魔が多いからコミュニケーションとかの授業もあるんだ」
「…話せないふりをしておいた方がいいですか?」
アルシェさんが変な注目を浴びたくないなら私もそれに協力したい。
すると困ったように眉を下げられてしまう。
「話せるのに話さないって辛いだろう。そんなこと気にしなくていいさ。…それに、俺もさっきの水の件や学園入試で先生たちにマークされてるから今更だよ」
「学園入試ですか?」
「どうしても会いたい人がいてさ。でもそいつ物凄く努力するタイプだから、この世界で会う時には引けを取らない状態で会いたいって思って生まれてからずっと努力し続けた。そしたら入試で主席になっちゃって。こんなことのために努力したんじゃなかったのにな」
「…まるでこことは違う世界で生きていたみたいな言い方ですね」
「……そうだな」
先輩は私に思い出してほしいからかそれらしきことを言ってくるが、私はそれに乗っかるつもりはない。
寧ろ覚えていないならするであろう質問を意識して、自然な流れで会話を続ける。
「その人には会えたんですか?」
「うーん、どうだろう。俺は会えたと思っているんだけどな」
曖昧な答えに私は思わず黙ってしまった。
アルシェさんは私が何も言わないことを不思議に思ったのか首を傾げている。
「…それは良かったですね」
何とかそれだけ絞り出した。
虎の姿をしているから表情に出なくて助かった。
「ほら、明日から授業が始まるなら今日は早めに休んだ方がいいんじゃないですか?」
無理矢理気味ではあるが、これ以上は私が耐えられそうにもないので話を切り替える。
こんな気持ちになるなら興味本位で掘り下げるんじゃなかった。
「あぁ、そうさせてもらうよ。シャワー浴びてくるな」
リビングを出ていく背中を見送ってから肩の力を抜く。
こんなにも復讐とプライドの為に努力したのにいとも簡単に決意をへし折られた。
まさかこの姿を見てルイという名前を出されるとは思わなかった。
それに私のことを覚えていないというのならまだ救いがあったのかもしれない。
しかし彼は全てを覚えていた。
私にとってはそれが嬉しくもあり、同時に憎らしくもあった。
「…もう考えるのやめよう」
考えすぎによる頭痛のようなものも感じ始めた時、シャワールームからアルシェさんが出てきた。
首にタオルをかけてラフな格好をしたアルシェさんは水も滴るいい男というか普通に格好いい。
「あれ、もう先に寝てたかと思った」
「まだシャワー浴びてないので寝ませんよ」
「…シャワー浴びるのか?」
確かに人間にも変化できることを知らないのなら違和感あるだろう。
「はい。使い魔とはいえ汗はかきますし、汚いままは嫌ですから」
「そうなのか」
アルシェさんは納得したように頷いた。
そのまま入れ違うように脱衣所に向かう。
「覗かないでくださいね」
「分かってる。そもそも入らないし、入るにしても必ずノックして声をかけるから」
その言葉を聞いてから扉を閉める。
一応こちら側の音が聞こえないように壁を張り、鍵も強化しておく。
色々見られるのも嫌だが、人間に変化できることがバレることの方が嫌だった。
獣人化だと尻尾や耳が大変だから魔法で完全に人間化する。
衣服は身に覚えのない白いワンピースのようなものを着ていた。
きっと神様が配慮してくれたのだろう。
「…待って、無性の体ってこうなるの?」
そういえば神様に体の構造を変えてもらった時に目視で確認していなかった。
無性だと何もないから、中性だと両方の生殖器がつくのだろうか。
冷静に分析と考察をしてしまう自分に一種の悲しさを覚える。
「とりあえずシャワー浴びるか」
ワンピースを脱いでシャワールームに入る。
中は思ったよりも広く、窮屈な感じは全くしなかった。
シャワーの温度を調節してから頭にかける。
久しぶりに浴びるシャワーは格別だった。
「ふぅ…」
シャンプーやリンス、ボディーソープまで揃っている。
体を洗いながら自分の姿を鏡で確認する。
人間化しても髪は白く、オッドアイも変わらない。
顔は世間的では分からないが自分の好みの顔だった。
シャワーを十分に堪能してから出て、元々着ていた服を魔法で綺麗にしてから着直す。