プロローグ
新卒の自分が入った会社は本当に良い会社だった。
差別的な目もなければ、新人の自分の実力もちゃんと評価してくれる。
そして何より、自分の教育係についてくれた先輩はとてもいい人だった。
「瑠衣、次のプレゼンの準備は順調か?」
「はい、先輩の方は大丈夫ですか?」
「わざわざ心配してくれてありがとう。頑張ろうな」
新人という立場を終えた後でも2人で動くことが多かった。
どことなく先輩に対して特別視してしまっていた部分があったのかもしれない。
だから先輩から結婚の話を聞いたとき、どうしても戸惑ってしまった。
「結婚…ですか」
「おう。瑠衣には直接伝えておきたいと思ってな」
「…そうですか」
2人きりの休憩室で言われたからか、無駄に響いて仕方ない。
どうしてもぶっきらぼうに返してしまい、気の利けたことが言えない。
そんな私を見かねたのか先輩から会話を始めてくれた。
「瑠衣はさ、結婚願望とかあるか?」
「なんですか急に」
「…俺はさ、結婚なんて全然考えてなかったんだよな」
「えっ? じゃあどうして結婚するんですか」
「相手の女がさ、結婚しようってうるさいんだわ。なんか現在地分かるアプリ入れられてるし。まぁ俺もそろそろかなーと思っての結婚だな」
__そんな結婚ならやめちゃえばいいじゃないですか。
喉まで出かかったその言葉をコーヒーと共に流し込んだ。
「恋愛と結婚は違うからなぁ…」
先輩は遠くを見つめながら呟いた。
その表情からは悲しさよりも諦めに近い感情を感じた気がした。
なんだろうこの気持ち。
今まで感じたことのないモヤモヤとした何かが胸の中に渦巻いているような感覚だ。
「まぁあいつは結婚式はやりたいらしいからその時は来てくれよ」
「分かりました。楽しみにしてますね」
「おう! じゃあ仕事戻るぞー」
先輩はいつも通りに戻ったようだ。
ちゃんと笑えていただろうか。
私は結婚の報告をされた時、どんな顔をしていただろう。
「お疲れ様でした〜」
定時になった瞬間、みんな一斉に帰り支度を始めた。
私はあの後仕事に身が入らなかったため、まだ仕事が残っている。
「あれ、瑠衣。お前が残業なんて珍しいな」
「え、あぁ…。ちょっと終わらなくて」
「あんまり無理すんなよ〜」
そう言いながら仕事の一部を持って行ってくれる。
こんな優しいところがあるから、先輩は色んな人から一目置かれているのだと思う。
彼女さんも幸せだろうな。
「ありがとうございます」
「これくらい気にすんなって」
先輩は照れくさそうにしながら仕事を終わらせてくれた。
「ありがとうございました」
先輩のおかげで仕事も順調に終わり、残業も1時間未満で済んだ。
「いいって。疲れてるならちゃんと睡眠取れよ~」
そのあと仕事が終わってから先輩はわざわざ自宅まで送ってくれた。
しかし、家に着いてからも先輩の結婚な話が頭から離れなかった。